第79話 パレードに参加します
魔王封印から1ヶ月近くが経った。ちょうど学年末ということもあり、そのまま貴族学院は休みに入っている。
そして今日、無事シュメリー王国の学院を卒業したメルシアお姉さまが花嫁修業のため、我が家にやって来た。1年間、公爵夫人になる為の勉強を行った後、エイドリアンの卒業と同時に結婚する予定になっている。
「エイリーン、久しぶりね。元気そうで何よりだわ。あなたが魔力を使い果たして命を落としそうになったと聞いて、心臓が止まるかと思ったのよ!そうだ、コレ!あなたが食べたがっていた魚の加工食品よ。後、あなたが欲しがっていた調味料も持ってきたわ」
相変わらず元気なメルシアお姉さま。
「メルシアお姉さま、ありがとう!これは干した魚?おいしそうね」
メルシアお姉さまが持ってきた魚の加工品は、どうやら前世で言う“干物”だ。焼いて食べると美味しいのよね。そして私が頼んだ調味料は、もちろんシュメリー王国で刺身の様なものを食べたときに付いていた調味料だ。この調味料、醤油によく似ている。醤油があれば、日本食も作れるわ!
前世の記憶をカルロ様達に話してから、たまに日本食を披露している。この前は“天ぷら”を作った。皆から大好評だったのだ!
「それにしても、明日の魔王討伐のお祝いパレードに間に合ってよかったわ。エイドリアンとエイリーンの晴れ姿、しっかりこの目に焼き付けないとね」
そう、明日はいよいよ魔王討伐のお祝いパレードが行われる。私たちは街中を天井のない馬車で回るらしい。パレードの後は、王宮で祝賀会も行われるとのこと。なんだか緊張するわね。
「それにしても聞いたわよエイリーン。あなた今回の件で、民から女神として崇められているんですってね!エイリーンとカルロ殿下をモデルとした、魔王討伐の演劇まで行われるらしいじゃない。それも今をときめく人気俳優たちが演じるとのことで、今からかなり話題になっているんですって!そうそうこれを見て」
メルシアお姉さまから1枚のパンフレットを受けとった。なんじゃこれは!!
「今話した演劇のパンフレットよ。さっき街で配っていたの!それにしても素敵ね、命を懸けて王太子を守った婚約者と、瀕死の婚約者の命を取り留めるため、残り少ない魔力を供給し続けた王太子ですって!公開はまだまだ先みたいだけれど、私絶対見に行くわ!そうそう、あなた達の話はシュメリー王国でも話題になっているのよ。凄いわね、エイリーン!」
嬉しそうに話すメルシアお姉さま。それにしても、私の知らない間にこんな大事になっているなんて!どういうことなの?
「ねえ、メルシアお姉さま、その演劇って中止に出来ないのかしら?」
私とカルロ様をモデルにした演劇なんて、恥ずかしすぎる!!何とかして止めてもらいたいわ。
「さぁ、私に言われてもね」
確かにメルシアお姉さまに言っても仕方がないわね。そう言えば、最近リリーがニヤニヤしていたのは、まさかこのことを知っていたから?
「エイリーン、国王陛下や王妃様から許可が出ているらしいから、中止は無理だよ」
その声は、エイドリアン。
「あなた演劇の事知っていたの?」
「もちろん、エイリーンに言うと中止にしろって騒ぎそうだから黙っていたんだけれど。まさかメルシアが教えてしまうなんてね。こんなものまで貰ってきて」
私から奪ったパンフレットを見ながら呆れるエイドリアン。
「そんなこと言われたって、てっきり私はエイリーンも知っているものかと思っていたもの」
慌てるメルシアお姉さま。
「あなた達、いつまでそんなところで立ち話をしているの。さあ、中に入って。メルシアちゃんも疲れたでしょう」
間に入ってきたのはお母様だ。うちのお母様、メルシアお姉さまをとても気に入っている。メルシアお姉さまもお母様に懐いているし、この分だと嫁姑問題は心配なさそうね。
ちなみに、結婚するまではメルシアお姉さまも含め、今まで通りみんなで生活する予定だ。結婚後は新しく隣の敷地に家を建てて、新婚の2人はそちらに移ることになっている。まあ、敷地内同居みたいなものね。
その日は、メルシアお姉さまが我が家にやって来た事をお祝いして、ささやかな宴が行われた。ただ、明日のこともあり、早めに切り上げることになった。
正直明日のパレード、不安しかない。自分の知らないところで、いつの間にか女神扱いされていたのだ。私、どうやって振舞えばいいのかしら…
不安な気持ちを抱えたまま、眠りについた。
翌日、私は魔王討伐の時と同じ、女騎士の衣装に身を包む。なぜなら、魔王討伐時と同じ格好でパレードに参加するのがルールだからだ。
あの日、泣きながら私の髪を結んでくれたアンナ、今日は上機嫌で鼻歌を歌いながら私の髪を結んでいる。
「お嬢様、出来ましたよ!」
「ありがとう。アンナ」
私は皆が待っている玄関へと向かう。
「エイリーン、その衣装、とっても素敵ね!本当の騎士みたいよ」
「ありがとう。メルシアお姉さま」
「私たちも後で見に行くわ。気を付けて行ってらっしゃい」
お母様とメルシアお姉さまに見送られ、馬車に乗り込む。今回のパレードは総騎士団長でもあるお父様も参加する。
「エイリーン、緊張しているのかい?」
私が固まっていることに気づいたエイドリアンが、頬っぺたをつついて来る。
「やめてよエイドリアン。別に緊張なんてしていないわ!」
エイドリアンの手を振り払ってそっぽを向いた。
お父様とエイドリアンが笑っている声が聞こえてくるのが、妙に癇に触るわ。そもそも何で私が女神になっているのよ。そんな変な噂さえなければ、私も楽しくパレードに参加できたのに…
気が重いまま、王宮に着いた。案内された広間に向かうと、既に皆揃っていた。毎回待たせてしまって申し訳ないわね。
早速大臣により、今回のパレードの内容やコースが伝えられる。先頭はお父様とエイドリアン、騎士団を間に挟んでリリーとフェルナンド殿下が乗る馬車、再び騎士団を挟んで私とカルロ様が乗る馬車、最後に副騎士団長のカロイド様という順で街を回るらしい。
今回は魔王を封印した聖女が主役ということで、リリーたちが前。とにかく笑顔で手を振っていればいいと言われた。それなら王妃教育で何度もさせられたから得意よ。何とかなりそうね!
「エイリーン様、パレード楽しみですね。私上手に手を振れるかしら」
リリーが私に話しかけてきた。今日も聖女らしく白い服を着ている。そうだわ!
「リリー、あなた私とカルロ様がモデルの演劇がある事、知っていたの?」
私の言葉に、目が泳ぐリリー。
「えっ、まあ…。でも素敵じゃない!エイリーン様をモデルにした演劇だなんて!私公開日に絶対見に行きますわ!」
「リリー、恥ずかしいから止めて…お願いだから」
「エイリーン、恥ずかしがることはないよ。僕たちの絆を世に広める良い機会だ!公開初日は僕も絶対見に行くよ。エイリーンも行こうね」
カルロ様まで何を言い出すの!私は絶対見に行かないんだから。
「お取込み中失礼します。そろそろパレードが始まりますので、馬車まで移動して頂けますでしょうか」
もうそんな時間なのね。
「エイリーン、行こうか」
カルロ様のエスコートで、馬車へと向かった。目の前に現れたのは、金を基調にしたそれは見事な馬車だ。こんな立派なものは初めて見る。
「エイリーン、さあ乗り込もう」
カルロ様に手を引かれ、乗り込んだものの、中もやっぱり豪華ね。馬車を引く馬まで金色の装飾を付けているわ!
そしていよいよ馬車が動き出す。門を出て街中に向かうと、大歓声が聞こえてきた。沿道には沢山の人が溢れており、皆手を振っている。それにしても凄い人ね。
私達の乗った馬車が沿道へと差し掛かったので、私もカルロ様も笑顔で手を振り始めた。と、その時
「「「エイリーン様~~」」」」「「「「カルロ殿下」」」」」
あちこちで私たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。その声は凄まじく、耳が痛くなるくらいだ。
「僕達凄い人気だね」
カルロ様が耳元でささやく。それをみた沿道の人たちが
「きゃ~~素敵!!!」と叫ぶ。何なんだこの茶番劇は…
お母様やメルシアお姉さまが言っていた通り、どうやら私達は民たちからかなり人気があるようだ。このあり得ないほど大きな声援を聞いて納得した。
もうどこへ行っても私たちの名前を呼ぶことが鳴り響く。中には“エイリーン様、補填ありがとう“と掲げた横断幕を持っている人たちもいる。順調に補填が行われているようで、その点は安心した。
約1時間、ずっと笑顔で手を振り続け、何とかパレードが終わった。パレード後は、王宮で祝賀会が行われた。ここでも色々な人に声をかけられまくられ、本当に疲れた。長かった祝賀会も無事終わり、今はカルロ様・リリー・フェルナンド殿下・私の4人でゆっくりティータイムだ。
「エイリーン様、今日は本当に疲れました。笑顔の作りすぎで顔は痛いし、手も振りすぎで疲れたわ。もう帰って寝たい」
「情けないね!ニッチェル嬢。この程度で疲れただなんて」
「何よ、私はエイリーン様に話しているのよ、何でカルロ殿下が話しに入っているの?図々しいわね」
「図々しいのは君だろう!僕は図々しくない」
「いい加減にしろよ!皆疲れているんだ。変なことで喧嘩するな!」
「「はい、すみません」」
この3人のやり取り、相変わらずね。きっとこのやり取りは今後も続くのだろう。私はふと、今までの出来事を思い返す。7歳で前世の記憶が戻ってから、楽しいこと、嬉しい事、悲しい事、大変だった事、本当に色々な事があった。
物語通りに進まず、焦ったり不安になったこともあった。でももうその物語も魔王を封印した今、フェルナンド殿下とリリーの結婚式は置いておいて、とりあえず終わりを迎えた。
これからは、私たち自身が独自のストーリーを作ってく。その中には、辛いこと悲しいこともあるかもしれない。けれど、皆がいればきっと乗り越えられる。3人を見ていると、なんだかそんな気がした。
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