第71話 最後の夜は家族で過ごします

「では、今回魔王討伐に参加するのは、聖女のリリー、カルロ・フェルナンド・エイドリアン率いる第2騎士団、そしてエイリーンだ。厳しい戦いになると思うが、よろしく頼む。


出発は明日だ。ささやかながら、皆で見送りを行うことになっている。エイリーン、急だが大丈夫か?」



「もちろんです」


そう答えたものの、明日出発するのね。でも大丈夫。前世の記憶が戻った時から、覚悟は出来ているわ。



「では明日に備え、皆今日はゆっくり休むがいい」



陛下の言葉で、私たちは一旦家に帰ることになった。もちろん、お父様やエイドリアンも一緒にだ。



「エイリーン、どういうつもりだ。魔王討伐はとても危険なんだよ!今からでも遅くない!父上に魔王討伐への参加は辞退すると言いに行こう」



部屋を出たとたん、カルロ様に捕まった。



「カルロ様、私はこの日の為に、ずっと魔力量アップの訓練を積んできたのです。たとえカルロ様であっても、私を止めることはできません」




カルロ様の目を見てはっきり言い切った。


フェルナンド殿下が「この日の為?」とつぶやいたが、そこはスルーしておこう。



一瞬驚いたカルロ様だったが



「…わかったよ。でも、絶対無理はしないで。後、僕から離れないで!これだけ約束してほしい」



「…わかったわ、約束する」


もしかしたら無理をしないと言う約束は守れないかもしれないけれど、とりあえず努力はするわ。と、都合の悪いことは心の中でつぶやく。



「君って人は本当に!とにかく今日はもう家に帰るといい。きっと夫人も心配しているだろうし」



カルロ様に軽く抱きしめられ、公爵家の馬車へと向かう。



「お母様、私が討伐に参加するって言ったら、なんて言うかしら」



私のつぶやきに、無言になるお父様とエイドリアン。



「とにかくもう決まったことだ、真実を話すしかない…」




馬車の中は、重苦しい空気が流れていた。そして家に着くと、お母様が飛んできた。



「おかえりなさい、随分早かったわね。エイドリアン、やっと戻ったのね。元気そうでよかったわ!」



エイドリアンに抱き着くお母様。



「母さん、大事な話があるんだ。エイドリアンもエイリーンも、王宮から戻ったばかりで悪いが、私の書斎に来てくれるか?」



書斎に着くと、お父様とお母様、向かいに私とエイドリアンが座る。不安そうな顔をしているお母様。



「母さん実は…」



「お父様待って、この件は私からお母様に話すわ」


私はお父様の話を遮った。こんな辛い話、お父様にさせたくない。私が責任をもって、お母様に伝えるべきだと思ったからだ。



「お母様、魔王討伐のメンバーに、私も加わることになったの。今日国王陛下から、正式に許可を頂いたわ」



「なんですって…エイリーン、あなたは令嬢なのよ!!エイドリアンは騎士団長だから仕方がないと諦めていたけれど、あなたまで魔王討伐に行くですって!冗談じゃないわ!お母様は絶対にそんなこと許しませんからね!!」



「お母様、ごめんなさい。でももう私決めたの。明日、出発するわ」



「明日ですって。そんなに急に…」



ソファーに倒れこむお母様。あまりのショックに気絶してしまったようだ。



お父様がお母様を抱え、寝室へと運ぶ。



「私がお母様を見ているわ」



私のせいで倒れたお母様。せめて目覚めるまで、側に付いていようと思った。そう言えば、お母様がベッドで眠っている姿って見たことなかったわね。お母様って本当に奇麗な顔をしているわ。私たち双子の髪と瞳はお父様に似たけれど、顔はお母様そっくりね。



そんなことを考えていると



「う~ん…」


どうやらお母様が目覚めた様だ。



「お母様、大丈夫?」



私はすぐにメイドにお母様が目覚めたことを伝えた。



「エイリーン、ずっと側に居てくれたの?」


ゆっくり私の方を見るお母様。



「ええ」


お母様はしばらく遠くを見つけてから、話し始めた。



「エイリーン、私ね。魔王が復活したって聞いてから、エイリーンも討伐に参加するって言いだすのではないかって、ずっと不安だったのよ。だってあなた、カルロ殿下やリリーちゃんの為なら、何でもするでしょ。


だから、きっと自分も行くって言うと思っていたの…頭では分っているわ。あなたは言い出したら聞かないところがあるもの。でもね、心が付いていかないの。あなたにもしものことがあったらと考えると、私…」




言葉に詰まり、泣き出してしまったお母様。私本当に親不孝ね。


「でも、送り出してあげないといけないのよね。わかっているのよ、弱いお母様でごめんさない…」




私はお母様に抱き付いた。




「私こそ親不孝な娘でごめんなさい、お父様やお母様が悲しむと解っていても、どうしても討伐に参加したいの。皆を守りたいの!こんな娘でごめんなさい!!」




「エイリーン」


2人で抱き合ってワーワー泣いた。お父様やエイドリアンが入っていたことも気づかず。




「エイリーン、あなたは私の最高の娘よ!お願い、必ず生きて戻ってきて!」




「ありがとうお母様、私にとってもお父様とお母様は世界で一番素敵なお父様とお母様よ」




2人でそう言って笑った。




「さあ、いつまでもそんなところにいないで、今日は家族で過ごす最後の夜だ。シェフに2人の好物をたくさん作るように言っておいたから。エイドリアン&エイリーン出発前夜祭をしよう」




「あなた、最後の夜なんて縁起の悪いこと言わないでください!」




お母様に怒られてシュンとするお父様。




その日の夜は、家族4人+使用人たちでたくさん食べて飲んだ。そして昔話をたくさんした。そう、別れを惜しむかの様に…




明日に備える為、パーティーは早めにお開きとなり、私は部屋に戻ることにした。



「エイリーン、ちょっと俺の部屋にきてくれないかな?」



エイドリアンに呼ばれ、部屋へと向かう。エイドリアンの部屋に入るなんて、子供の頃以来ね。




“エイリーン、こっちよ”


この声は


私が声の方を振り向くと、通信型魔道具の液晶部分に映る、メルシアお姉さまが目に入った。



「メルシアお姉さま、久しぶりね。どうしたの?」



“エイリーンが明日の討伐に参加すると聞いて、エイドリアンに頼んで通信を繋いでもらったの”



メルシアお姉さま…



“ライリーとエマもいるのよ”



ひょこっと画面越しに顔を出したのは、少し大きくなったライリー様とエマ様だ。




“エイリーンお姉ちゃん、私とライリーね、婚約することになったのよ!私たちの式には絶対出てね。約束よ!だから、魔王討伐で死んだりしたら許さないんだからね!”



エマ様…



“エイリーン、僕たちもシュメリー王国でエイリーンとエイドリアンの無事を祈っているよ。だから…絶対生きて戻ってきてね”




ライリー様とエマ様は、そう言うと泣き出してしまった。私も涙が溢れる。




“エイリーン、本当は今すぐアレクサンドル王国に行きたい。そして2人を見送りたい。でも、それは出来ない。私には祈る事しか出来ないのが悔しいわ…”




「メルシアお姉さま、ライリー様、エマ様、ありがとう。あなた達の顔を見たら、なんだか勇気が出て来たわ。私、絶対負けないわ。必ず帰ってくるから、その時はまたシュメリー王国の美味しい魚ご馳走してくれる?」




“”“もちろん”“”


「ありがとう」





メルシアお姉さまたちとの通信を終え、部屋に戻った私。今度は私の魔道具がヴーヴー言い出した。



“エイリーン、やっと繋がったわ。明日討伐に出発するようね。参加できそう?”



やはりフィーリップ様だ。



「ええ、何とかね!」



“そう、それは良かったわ。明日は貴族や平民たちが討伐メンバーを見送りに行くらしいから、私も行くわ!だってエイドリアン様の凛々しい姿、見たいもの”



「…うん、ぜひ来て…」



さすが、どんな時でもブレないフィーリップ様。なんだかこの感じ、ものすごく落ち着くわ。




“エイリーンも気を付けてね。まあ、漫画ではカルロ殿下1人で魔族と戦っていたぐらいだし、今回カルロ殿下とあなたがいるから、まあ大丈夫でしょ”




確かにフィーリップ様の言う通りね。そこまで心配する必要もないのかも…




“それじゃあ、明日頑張ってね”


そう言うと、フィーリップ様は通信を切ってしまった。本当に、あの人としゃべっていると、不安も吹き飛ぶわね。




さあ、明日はいよいよ魔王討伐。きっとうまくいく、大丈夫よ。そう思いながら眠りについた、エイリーンであった。





~あとがき~

ー魔王討伐前夜のフィーサー夫婦の会話ー


「やっぱりエイリーンは討伐に参加するのね。予想はしていたけれど…」


「ああ、私も昨日話を聞いたとき、やっぱりか…と思ったよ」


「本当にあの子は、言い出したら聞かない子だものね。一体誰に似たのかしら?」


「そりゃ母さんだろう?」


「何を言っているの?あなたでしょう?私が王宮魔術師になる為、結婚は出来ないと言ったのに、諦めずにずっと言い寄ってきたくせに」


「それはどうしても君と結婚したかったからね!」


「懐かしいわね。あれからもうずいぶん経つのね。それにしても、甘えん坊で我が儘だったエイリーンが、いつの間にか婚約者や友達の為に、命を懸けて戦うと言い出すなんてね。」


「本当だな。きっとエイリーンもエイドリアンも大丈夫だよ。だって私たちの子供だ。そう簡単に死なないよ」


「そうね、そう信じて明日は笑顔で送り出しましょう」

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