第8話 俺の妹~エイドリアン視点~
俺の名前はエイドリアン・フィーサー。
公爵家の嫡男として生まれ、物心ついたころから何不自由ない生活を送っていた。そんな俺は、我が儘で自分勝手でヒステリックな双子の妹が大っ嫌いだ!
そしてそんな妹を、これでもかというほど甘やかす両親にも嫌気がさしている。とにかく妹は気に入らないと癇癪を起し怒鳴り散らす。それも些細なことでだ。例えば紅茶が少しぬるい、今日着るドレスが気に入らないなど。
妹のせいで、今まで何人の使用人たちが首になったか…
そして妹はキレイなもの、美しいものにしか興味がない。しょっちゅうデザイナーや宝石商を呼びつけ、ドレスや宝石を買いあさっている。
一度に大量に買い込むため、使わないドレスや宝石は山のようにあるのに、また買いあさっている。
そんな妹を両親は溺愛し「エイリーンが欲しいものは何でも買っていいんだよ」なんて言っている。
普段は厳格な父も、妹には激甘だ。
ちなみに妹は俺に全く興味がない。もうかれこれ1年くらい、ろくに話をしていない気がする。でも俺はそれでいい、もう妹の顔を見るだけで虫唾が走る。出来るだけ関わりたくない。
そう思っていたのに…
ある日を境に、妹が変わった。嫌いな野菜を残さず食べるようになり、癇癪を起さなくなった。あれだけ大好きだったドレスと宝石の新調もほとんどしなくなったし、勉強も熱心に取り組んでいる。使用人との関係もだいぶ改善されたようだ。
使用人の話によると、どうやら妹は今までの行いを素直に謝ったそうだ。そして何やらプレゼント攻撃をして、使用人の心を掴んでいるみたいだ…
なにより俺を一番驚かせたのは妹の口から「ありがとう」「ごめんなさい」という言葉が出た時だ。
自分を神だと思っている妹が、まさか人を気遣う言葉を口にするなんて!
そしてなぜか俺にやたら絡んでくる。今まで大っ嫌いだった妹だ。俺はどう接していいのかわからない。その結果、無視するという形になってしまっているのだが…
俺に無視された妹が悲しそうな顔をしている姿を見ると、何だが胸の奥がチクチク痛む
何なんだろう、この感情は…
「お嬢様は本当に良い方向に変わられた」
屋敷のあちこちからこんな声が聞こえてくる。
本当に妹は変わったのだろうか…
妹との関係に悩んでいたある日、オリエンダル侯爵家のお茶会に兄妹で誘われた。
正直行きたくない。
妹との関係が微妙なのもあるけど、何よりあそこの息子、ダニエルがあまり好きではない。
同じ騎士団に所属しているけれど、ことあるごとに自分より身分の低いものを見下している。逆に自分より身分の高いものにはゴマをする。
いつも自分より身分の低い3人の貴族男子を引き連れていて、3人を顎で使っている。まるで以前までの妹のようだ。
そんな憂鬱な気持ちを抑え、妹とオリエンダル侯爵家のお茶会に参加したんだけれど…そこで事件が起きた。
俺が庭を散歩していると、ダニエルと取り巻き3人が話しているのが聞こえてきた。どうやら今度行われる騎士団の大会の選手に選ばれなかったことが不満なようで、俺の悪口を言っている。
まあ、あいつらにどう言われようが関係ない…関係ないけれど…
あそこまで言われると、さすがに凹む。俺だって頑張っているのに!悲しみが込み上げてきたその時
「ちょっと~~さっきから黙ってきてれば、随分エイドリアンのことひどく言ってくれるじゃない」
真っ赤な顔をしたエイリーンが4人の前に現れ、怒鳴っていた。
えっ、なんでエイリーンがこんなところにいるんだ!
エイリーンのあまりの迫力にたじろぐ4人!
「違う」「これは…」と何か言い訳をしているようだ。
「何が違うのよ、大体選手を決めたのは先生でしょ!先生があんたよりエイドリアンの方が実力があると認めたからエイドリアンが選ばれたんでしょ。それをグチグチグチグチと男のくせにみっともない」
完全に我を忘れ怒鳴り散らしているエイリーンをさすがに止めなければ。
俺は「やめろ」と叫び、5人ところへ慌てて向かった。
興奮しているエイリーンは、俺の声など聞こえていないかのように怒鳴り続ける。
「大体エイドリアンは誰よりも努力家なの、朝も早くから練習しているし、夜も遅くまで稽古しているのよ、それにエイドリアンは曲がったことが大っ嫌いで誰よりも正義感が強いの!だからお父様にお願いして選手にしてもらうなんて、ぜっっっったいしないんだから~~~」
俺は慌ててエイリーンの腕をつかむと、エイリーンはハッとしたように黙った。
その瞬間を見逃さなかった4人は、慌てて逃げていった。
ヘタレな奴らめ…
エイリーンは我に返ったのか、泣きながら俺に何度も謝ってきた。
どうやら自分の行いのせいで、俺の騎士団での立場が悪くなるのではないかと考えたようだ。
イヤ、あんなヘタレたちにどう思われたところで、俺としては痛くも痒くもない。むしろ“ざまあみろ”と言ったところだ。
泣きながら謝る妹、あれ?こいつこんなに可愛かったっけ。とにかく落ち着かせないと!
そう思い妹の頭を撫でながら、エイリーンが怒ってくれて嬉しかった旨を伝える。
その瞬間、顔を上げたエイリーンと目が合った。
急に恥ずかしくなり、そっぽを向いてしまった。多分俺の顔は真っ赤だろう。とりあえず今日はもう帰ろう。エイリーンの手を取り、お茶会会場に戻ることにした俺たち。
戻る途中もエイリーンは4人のことを思い出しては、鼻息を荒くして怒っている。その姿が面白くて可愛くて、俺は声を上げて笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、またエイリーンの手を掴み会場へと向かう。久しぶりに繋いだエイリーンの手は温かくて柔らかい。その後侯爵に挨拶を済ませて、帰りの馬車に乗り込んだ。
エイリーンは疲れたのか、俺の肩にもたれかかって眠っている。
本当にエイリーンは変わった!少し前まで名前を呼ぶのも嫌だったのに、今は心地いい。それに俺が毎日朝と夜稽古をしていたことも、エイリーンはしっかり見ていたんだな。自分のことしか興味ないと思っていたのに…
そう思うと心の奥が温かくなった。俺の世界でたった一人の双子の妹エイリーン。俺のために怒ってくれる優しい妹。俺はエイリーンの為に、一体何が出来るのだろうか…
もしエイリーンが困ったり悩んだりしたら、寄り添い助けられるような兄になりたい。そのためにも、もっと勉強して稽古にも励もう。
俺のたった1人の妹を守れるように…
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