07話.[初めてだからね]
「朝か」
今日は土曜だからこんなに早く起きる必要もないのに起きてしまった。
地味に癖というかそれが当たり前のようになっているから面白い。
とにかく顔を洗いに一階へ移動したときのことだった。
「な、夏希っ?」
なんでここに、寝ぼけているだけ? と困惑して目を擦ってみるけど彼女は確かにいる。
ソファに寝転んですやすや寝ていらっしゃる。
布団はちゃんとかけているから問題もないけど……。
「起きて」
「ん……あ……」
どうしてこんなことに。
昨日の夜なんかに来たわけではないんだけどな。
どう考えても早く起きる母が開けて入れたとしか思えないけど……。
「……おはよ」
「うん、おはよう」
彼女は体を起こして目を擦っていた。
何時に来たのかは分からないけどそりゃ眠いと思う。
だってまだ五時だしね、もっと寝ていてもいいぐらいだ。
「紅茶とコーヒーと牛乳を温めたやつ、どれがいい?」
「……それなら牛乳を温めたやつで」
「分かった、夏希は顔でも洗ってきなよ」
「うん……」
自分にも同じやつを用意して待っていた。
なんで来てしまったのか。
ここら辺りに用があったからとかそういうのではないだろう。
もしそうなら楓の家とかに行くだろうし、そもそも時間が早すぎる。
「ち、千尋」
「はい、温かいよ」
「ありがとう」
とりあえずソファに座らせて僕は椅子に座る。
気まずい……のもあるし、なんのためにと理由を聞きたいのもあるし。
「何時に来たの?」
「……一時」
「は? 危ないでしょ」
昔からこういうところがあるから困る。
なんか過信しているんだよね。
襲われても対処できるとか言っているけど実際そんなことはない。
複数になったらもう話にならないレベルになってしまう。
「こっちには十七時には来て楓ちゃんと一緒にいたんだよ」
「あ、まあ電車は遅い時間には動いてないからね」
電車とかほとんど乗ったことがないから分からない。
それでも遅い時間に動いていないことぐらいは分かる。
「それでなんのために来たの?」
「……やっぱり千尋といられないと嫌だから」
「なんで? 好きな人が近くにいるんだよ?」
というか……高校ってどうなっているのかな?
途中で変えたわけではないだろうから……わざわざこっちに通っているのかな?
「それとこれとは別だから、小学生の頃から一緒にいるのになんで離れなきゃいけないの?」
「それは夏希のためにだよ、一緒にいたって時間が無駄になるだけだからだよ」
「勝手に決めないでよ、時間の無駄になると分かっててわざわざ来ないでしょ」
「それなら彼氏さんのためってことにしよう、彼女が他の男子と仲良くしていたら嫌でしょ」
男だからこそもし自分の彼女がそうだったら、というときのことを考えてしまうのだ。
ある程度ならともかく必要以上に仲良くしていたら気になるもの。
夏希だって彼氏さんが他の女の子と凄く仲良くしていたら嫌だろう。
それが幼馴染的な存在であれば尚更なこと。
「やだ、絶対にやだっ」
「夏希にメリットがないでしょ?」
「あるよっ、千尋といられるだけで楽しいもんっ」
「そうなの? まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」
早朝から僕らはなにをしているのか。
そうか、でもなあ、これは夏希のために考えて行動したことだから……。
「夏希……」
「やだ、駄目、絶対に受け入れらない」
「わ、分かったよ」
寧ろしつこく来られる方が困るから仕方がない。
……なんて言い聞かせているだけなんだろうな。
結局、夏希といられて楽しい、嬉しいという気持ちは残ったままなんだ。
「よし、これは解決したから楓ちゃんとのことを話そう」
「楓のこと?」
「最近、いい雰囲気だって聞きましたけど?」
「ああ、確かにそうかもね」
僕がいるからって言ってくれた。
しかも僕といたいって言ってくれたし。
「千尋の中でなにか変わったこととかあるの?」
「もっと仲良くしたいかな」
「おお、いいね」
そう、僕にとってはいいことだ。
一年生と二年生の最近までは無駄にしてしまったから。
修学旅行も大して仲良くない子と行って気を使いながらのそれだったからなあ……。
「夏希以外の子がいてくれているのは初めてだからね」
「む、もしかして私のせいか……?」
「違うよ、そんなこと考えたことはないよ」
自分の意思で彼女といることを選んで行動していたんだから僕に原因がある。
「後悔はしてないよ、残念な気持ちはあるけど」
「うっ、ど、どういう感じで聞けばいいの?」
「そのまま聞いてくれればいいよ、それにあの人の方が夏希に相応しいから」
楓には先輩の方が絶対にいい。
先輩も受験があるからと逆に遠慮している気がするんだよな。
あのとき先に帰ったのも怪しいとしか言いようがない。
楓が中学一年生のときからいままで見ていることもそういうのがありそうなんだけど。
「夏希は先輩のことどう思う? 楓についてなんだけど」
「あくまで先輩後輩の仲ってだけでしょ?」
「そうかなあ……」
「まあいいじゃん、楓ちゃんが栗田先輩に取られちゃったら困るでしょ?」
「別にそれは自由だし……」
一方通行じゃどうにもならないことを僕は人並みに知っているわけで。
とにかくいまは楓との時間を増やすことだけが僕にできることだった。
「まだ帰らないのか?」
「うん、最近はなんかこうしているのが好きになっちゃったんだよね」
急いで帰ったところで両親はいないし、早くなるわけでもないし。
どうせ真っ暗だからどっちでも構わない。
時間がかかるのは一年生のときからそうなんだから気にする必要がないのだ。
「楓は早く帰らないと危ないよ」
「今日は千尋の家に行く」
「え、送るの大変なんだけど……」
「泊まろうと思ってな」
「えっ?」
どうやら夏希に教えてもらったお店にまた行きたいみたいだった。
明日は休日だけどわざわざ移動するのは大変だから、ということらしい。
あと、何気に夏希も来るみたいで……。
「それなら駅に行こう、夏希をひとりで歩かせるのは危ないし」
「そうだな、夏希は心配になるからなあ」
「それは楓も同じだよ」
「私は夏希より強いからな」
どこからその自信が出てくるのか。
こういうところが心配だったのかもしれない。
「おー、わざわざ待っていてくれたんだ」
「当たり前でしょ、夏希はひとりでうろちょろするから危ないんだよ」
「……それぐらい過去に積極的になってくれればよかったのに」
「言っても仕方がないことだよ、行こう」
いい加減寒いからさっさと帰りたい。
あと、地味に楓とふたりきりじゃなくてよかったと思う。
ふたりきりだったらどんな空気になっていたことか、考えるだけで震えてくる。
「楓ちゃんの手をぎゅー」
「はは、温かいな」
「うん、私は結構体温高いって彼氏から言われるから」
「……惚気けたいなら千尋相手にしてくれ」
「いや……千尋相手にしたら可哀相でしょ」
「そういえばそうだったな……」
いや、そういう話を目の前でされる方が傷つくというもので。
触れるとそれだけでダメージを負いそうだったから黙っておいた。
残念な点は家までの距離がとにかく長いこと長いこと。
そういうのもあって夏はよく不安になることも多かった。
歩いているだけで汗をかくし、作ったお弁当の劣化だって気になる。
「千尋ー、なにか言ってよー」
「ん? ああ、ご飯どうしようかなって」
「食材はあるの?」
「うーん、あるけどふたりが気に入るような感じではないかも」
もやしとかはあるけどどうせなら温かい感じに仕上げたい。
「スーパーに行こうか」
「荷物持ちぐらいなら手伝えるぞ」
「ありがとう、夏希はどうせ家にいるんだろうけど」
「私は正直休みたいから……」
「いいよ、楓とふたりで行ってくるから」
よし、それなら楓が食べたいものにしよう。
そこは働いた者が優先されて当然というわけで。
「ごめんよぉ、何気に移動距離が長くて疲れるんだよぉ」
「気にしなくていいよ」
電車にだって乗らなければならないから余計に体力も消費するだろうしね。
この時間は座れない可能性もあるから大変そうだ。
「そのかわりに私が作るからっ」
「え、夏希が作ったご飯を食べられるとか嬉しいな」
最後に食べたのは……あ、小学四年生のクリスマスか。
ケーキとかチキンとかは両親がくれたお金で買ってきたけどその他は一生懸命作ってくれたことを思い出せる。
あの頃から普通に女子力が高かったから楽しいクリスマスだったんだ。
彼氏さんではなくこちらを優先してくれたからというのも強く影響していた。
「む、私も作れるんだが?」
「無理しなくていいよ、楓は手伝ってくれるんでしょ?」
ひとりで行かなくて済んで助かったぐらいだ。
買い物にも行かなければならない人間だけどできれば誰かと一緒がいいから。
「楓はなにが食べたい? 楓が食べたいものにしよう」
「えっ? あ、じゃあ……シチューかな」
「よし、それにしよう、早く帰らないと夏希が寝ちゃうから――ん?」
腕を掴んでくるとか普段全くしないから気になった。
表情は怒りではなく不安そうな感じで。
「……そんなに急がなくてもいいだろ、明日と明後日は休日なんだから」
「あ、でも、あんまり暗いときに楓をというか女の子を歩かせたくないんだよ」
こういうのは気持ち悪いかもしれないけど母から何度も言われたことだから仕方がない。
それに事実そうした方がいいと思うんだ。
なにかがあっても僕みたいな非力な人間だとなにもしてあげられないかもしれないし。
「とにかく会計を済ませてくるよ」
「……あ、ああ」
こんなお店の中でゆっくりされても従業員の人からしたら迷惑だろう。
休むなら完全に落ち着ける家がやはりいい。
「持つ――」
「当たっちゃったね、ごめん」
何気に楓の手も凄く温かった。
腕を掴まれたときは服越しだったから分からなかったしね。
いま一瞬触れただけでそれなんだから完全に掴まれたら暖房とかいらなさそう。
「い、いや」
「それより持つのはしなくていいよ、これぐらいで持たせていたら夏希に怒られちゃうし」
話し相手になってくれただけでも十分役に立ってくれている。
そもそも一緒にいてくれているだけで常に僕のためになにかをしてくれているのと同じことだから改めてしようと考えなくていいんだ。
「千尋――っくしゅっ!」
「大丈夫?」
「……もしかしたら風邪を引いてしまうかもしれないから手を繋いでいてくれ」
「分かった」
手よりもっと冷えてそうな足があるけど流石にそこはね……。
とにかく早く帰ってしまおう。
せっかく来てくれたのに熱が出てしまったらなにも楽しめない。
「ただいま――あー……」
「寝てしまっているな、代わりに私が作るから休んでいてくれ」
「僕も手伝うよ」
「そうか? じゃあ一緒に作ろう」
難しい料理というわけではないから全く時間をかけずに作り終えることができた。
ソファで爆睡してくれていた夏希を起こして、三人で食べて。
「先にお風呂に入っていい……? もう眠くて眠くて」
「うん、いいよ」
「あーい、ありがとー……」
お風呂で沈まないか心配だけど行くわけにもいかない。
「楓、洗面所にいてくれないかな」
「確かにあれは不安になるな、分かった」
「ありがとう」
こちらはその間に洗い物や取り込んだ洗濯物を畳んでしまうことにする。
主婦はこれ以上に大変なんだろうけど自分も似たようなことをしている気がした。
それで夏希が出たら楓に入ってもらって、その後に僕も入って。
大体、二十時半前には寝られる準備が整ったことになる。
「夏希は寝てしまったぞ」
「そっか」
意味もなくリビングから冬の夜の空を見ていた。
楓も隣に座ってきて「綺麗だな」と。
風が強いのが影響しているのか、雲はなくて星が瞬いていて確かにそうだと思った。
「少し照明を消してみないか?」
「いいね、してみようか」
どうせ話すことぐらいしかできないから省エネにもなる。
夏冬はどうしても電気代が高くなりがちだから気をつけなければならない。
「なんかいいな、なにもしない時間というのも」
「うん、だから最近は教室によく残っているんだよ」
「でも、千尋は早く帰った方がいいだろ、遠すぎるからな」
「でも、残っていたら楓とか先輩とかと過ごせるかもしれないからね」
すぐに帰ってしまったらひとりの時間が多くなる。
強がったところで誰かといたい気持ちがあるから駄目になってしまう。
その点、いまも言ったように残っておけば可能性があるからいいわけで。
「なあ」
「うん?」
「……夏希の名前ばかり出さないでくれよ」
え? あ、確かに夏希夏希夏希ってよく口にしていたか。
仲直りしてしまったからあっという間に少し前までの状態に戻ってしまっている。
「悪い、なにを言っているのかって話だよな」
「いや、事実そうだったからね、いやでも癖って怖いね」
いま近くにいてくれているのは夏希ではなくこの楓だ。
いい加減昔みたいな状態でいるのはやめなければならない。
夏希が彼氏さんとそういう関係になって前に進んでいるように、僕もそろそろ前に進まなければならないときだ。
正直に言えば夏希が無理だから、彼女が来てくれるからという理由が強い。
強いけど、別にそれをしっかりしたものにしてしまえばいいわけで。
「……寄りかかってもいいか?」
「うん、いいよ」
身長は同じぐらいだから倒れないようにしようとしたら全くもって問題なかった。
寧ろふわりとしすぎてしまっていてもっと体重をかけてもらいたいぐらいだった。
「先輩は大丈夫……だよな?」
「うん、しっかりしているから大丈夫だよ」
「自分のことじゃないのに不安になるんだよな……」
それなら連絡してあげればいいと思う。
間違いなく先輩の力になれるはずだから。
ただ、先輩のも楓の連絡先も未だに知らないからきっかけを作れない。
「いや、私よりも遥かにしっかりしているんだから大丈夫だろ、寧ろ私に心配される方が心外というものだよな」
「そんなことないよ、楓はしっかりしているよ?」
学力も運動能力も僕よりレベルが高い。
そういう意味では心配する必要はないのかもしれない。
けど、やっぱり本気を出されたら抵抗すらできずに~ってなりそうだからな……。
そういうわけでこれからも口うるさく言っていこうと決めた。
「……そ、そう言ってほしくて言ったわけではないです」
「はははっ、なんで敬語なのさっ」
「い、いいからっ、触れてくれるなよっ」
「分かった」
こうして触れ合っているのにそこには触れてくれるなって面白い話だけど。
いやでも夏希はやっぱり夏希という感じだ。
集まりたがりなくせにすぐに寝てしまう。
気まずい感じにならなくて幸いだけどもしなっていたと考えると……。
「ふぅ、飯も食べて入浴も済ませると眠くなってくるな」
「それなら客間に布団を敷くよ」
「だ、駄目だっ、夏希の寝顔を見ることは許さないぞっ」
これまで何度もそんなの見てきているんだけど……。
一緒に寝たことだってあるし、一緒にお風呂に入ったことだって何度もある。
って、小さい頃の僕はなにを考えていたんだろうな……。
両親もそれは駄目だって止めてほしいよね。
「じゃあ押入れから出してよ」
「千尋の部屋の床で寝る」
「ちょちょ、本来なら泊まることだって――」
「連れてきておいて言うのか? じゃあいまから帰れと?」
「……違うよ、客間で夏希と一緒に寝た方がいいよ」
床でなんか寝たら例え布団をかけていたとしても寒いはずだ。
本格的に風邪を引きかねない。
が、何度そう言ってみても彼女が認めることはなく……。
「一階で寝た方がいいと思うけどね」
「別にいいだろ、なにか問題があるわけでもない」
問題は大アリだった。
でも、言っても無駄だから自由にさせておくことにした。
布団は彼女が自分で持ってきたからなにも気にしない。
こっちは柔らかいベッドで転べるからなにも問題もなかった。
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