06話.[動く必要がある]

 一月一日。

 今日は珍しく両親も家にいた。

 予約して購入したお節を食べて嬉しそうにしていたな。


「千尋、ちょっといい?」

「うん? どうしたの?」


 寒いからどこにも行かずに部屋にこもっていたら母がやって来た。

 なにを言われるのかがまるで分からなかったからとにかく待機。


「夏希ちゃんのことなんだけど」

「うん、それでどうしたの?」

「今年は来ないの? ほら、去年は来ていたから」

「来ないでしょ、連絡とかもきてないしね」


 来るなら来るで連絡すらしてこない子だからいまのも合ってないけど。

 終わらせたから今年は、いや、これからは二度と来ない。

 これでいいんだ、気に入っていた母には悪いけどね。


「そっか、じゃあお母さんは挨拶に行ってくるね」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

「うん、ありがとう」


 母が家でゆっくりしているって考えると驚きだ。

 朝早くに家から出ていって夜遅くに帰ってくるのが普通だから違和感しかない。

 でも、嫌じゃない、たまには両親とゆっくり過ごしたかった。


「って、行っちゃったんだけど」


 じっとしておくことが仕事の関係でできないのかもしれない。

 父はと探してみたらこちらは爆睡していたけども。

 早めに掃除もしてしまったから絶望的にやることがない。

 不味いな、このままだとお爺さんよりお爺さんみたいな生活になってしまう。

 ほのぼの生活もいいけどなにかがあってほしかった。


「ただいまー」

「おかえ――え?」


 母の後ろに誰かが立っていると思ったら夏希だった。

 母はなにを勘違いしたのか「約束してたんじゃん」とか言ってきている。


「千尋?」

「あ、飲み物を出すよ」

「うん、お願いね」


 最高に気まずいな。

 母はなにも知らないから無邪気な状態でも無理はないんだけど……。


「ここ、置いておくから」

「ありがとう」


 もう昔とは違うんだ。

 だからここから逃げたりはしない。

 しょうもないことで母に迷惑をかけたくないというのもある。

 でも、こうも静かだと疑われる可能性もあるから……、


「夏希、寒くなかった?」


 いまはとにかくいつも通りですよって感じを出していくしかない。

 四日からまた激務だからそれまではゆっくり休んでほしいのだ。

 いまは自分や夏希のことじゃなくてそちらを優先してほしいとそう考えている。


「……えっ? あ、うん、慣れてるから」

「そっか、それならいいんだけどさ」


 会話終了……。

 いつもであれば彼女がひとりでいっぱい喋ってくれるんだけどいまは駄目だ。

 その理由を作ったのが僕――いやでも彼女にとってメリットでしかないのになにを引きずっているのかという話だろう。

 ああ、別にそのことについては片付けられているけど、母によって無理やりここに行くことになってしまったからかと理解して片付ける。


「なんか暗くない?」

「そう? もしそう感じたのだとしたらお正月だからじゃないかな、しんみりとした気持ちになっているんだよ」


 四月になれば僕も三年生になる。

 早すぎる、一、二年生の間は本当になにもなかったのに。

 それもまた自己責任論で片付けられてしまうことだからなんだか寂しい。


「……千尋がもう会うのをやめようって言ってきたんです」

「えっ? なんでそんなことを言ったのっ」

「おかしいですよね」

「うん、おかしい」


 そうか、彼女はいまの僕にとって最強のカードを切れるわけか。

 事実だからいちいち慌てたりしない。

 これを聞いた際に母が夏希の味方をすることも分かっているから余計になにも言わないようにした。


「なんでそんなことを言ったの?」

「僕は夏希のことが好きだったから一緒にいたんだよ。でも、彼氏ができたからもういらないって思った」


 恨まれたくないからだ。

 もうどうにもならない彼女のことで問題が起きたら面倒くさいから避けたかった。

 自分勝手だと言われても事実だからそれでいい。

 それでいいから違うところでのんびり仲良くやってほしかったのだ。


「……そんなこと言ったら友達とすらいられなくなるじゃん」

「僕には彼女なんかできたことがないからね」


 その際のことなんて想像でしか言えないから意味がない。

 モテる人間の考えていることなんて考えたところで分からないけどそこだけは分かる。

 同じ男として彼女に該当する人に、裏でこそこそと違う男子に会ってほしくないと。

 彼女の場合は堂々とだから尚更駄目なんだ。


「だからこっちに来るとしてももうここには来ないでほしい」


 いくらでも違うところに行って懐かしさを感じてくれればいい。

 それでも何度も重ねればここに来る理由もなくなるだろう。

 そうすればお金もあまり使わなくて済むし、長く歩かなくて済むしで最高だ。


「最低」

「それでもいいよ」

「あれだけお世話してあげたのに」

「僕に話しかけたのが間違いだったね」


 母の前だろうがこっちを叩いて出ていった。

 母は固まってしまっていたから注いだ飲み物を飲んで部屋に戻って。

 例え喧嘩別れになっても終わらせるって決めたんだからこれでいい。

 ただ、結果的に敵を作ったのと一緒だからいい気持ちにはなれなかったけどね……。




「よう」

「あ、こんにちは」


 冬休みも終わって一週間が経過した頃、先輩が放課後の教室にやって来た。

 大学を志望するということは共通テストがもう目の前にあるわけで。

 それでもある程度の余裕があることが伝わってくるのはすごいと思った。


「楓は……もう帰ったのか」

「最近はすぐに教室から出ていきますね」


 こっちの方が早く出るときもあるけどまあ帰っているだけだろう。

 寄り道をしていたからって関係ないわけだしね。


「もう本格的に始まるからさ、楓でも誘って飲食店にでも行こうと思ったんだけど」

「いまから誘ったらどうです? 距離も近いんですし」

「んー、改めてスマホを使って誘うのもな……」


 受験が近いということは卒業も近いことと同じだ。

 卒業したら学校では会えなくなるし、外でも会える可能性は低くなる。

 一緒にいたいなら積極的に行動しておくべきだ。


「もう時間もないじゃないですか、一緒に行きたいなら行くべきですよ」

「そう……だな、誘ってみるか」

「はい、行くときや帰るときは気をつけてくださいね」


 こちらはまだ完全下校時刻まで余裕があるから居残っているつもりでいる。

 理由は特にない、強いて挙げるとすればひとりで寂しいからかな。

 両親が家にいてくれたあの三日感が強く影響していた。


「服部も行こう」

「え? いや、僕がいると分かったから楓は来ませんよ」

「はは、服部も結構自意識過剰だな、そういうところは楓によく似てるよ」


 あー、腕をがっちり掴まれていて逃げられない感じだ。

 楓相手にこれぐらい積極的に行動すればいいのに……。


「お、服部のことを言ったけど来てくれるだってよ」

「それはありがたいですね」


 そうなると話すのはクリスマス前ぶりということになるのか。

 あ、それかもしくは先輩の方にしか意識を向けない可能性がある。

 まあそれならそれでいい、勘違いしないためにも必要な距離感だ。


「先輩」

「悪いな、来てもらって」

「いえ。あの、ちょっといいですか?」

「分かった、先に入っておくぞ」


 おーいおい、別にいてくれればいいのに。

 どうせ夏希絡みのことでちくりと言葉で刺したいだけなんだろうし……。


「服部、私は服部と過ごしたいからな?」

「え? あ、そうなの?」


 まさかそんなことを言われるとは。

 彼女はやっぱり表面だけでは理解できない子だ。


「く、クリスマスは勇気が出なくて無理だったけどそれ以外ではな」

「その割には話しかけてきてくれなかったけど……」


 席替えがあって離れ離れになったとかではない。

 僕らは確かに隣同士だったはずなのに挨拶すらしてなかったことになるけど。


「と、とりあえず入るか」

「そうだね、寒いし先輩も待っているし」


 どうやらドリンクバーを注文してくれていたみたいだから飲み物を注いで戻ってきた。

 楓が先輩の横に座ってくれてよかったと思う。


「実はさ、秋山から服部を見ておけって連絡がきたんだよ」

「あ、だから来てくれているんですね」

「ああ」


 まったく、受験の人を巻き込んでなにをしているのか。

 見ておけって変なことはなにもしないし、できないし。


「先輩は勉強に集中してくださいよ」

「ははっ、楓にそんなことを言われるとはなっ」

「い、いいじゃないですか、正論ですよね?」


 やっているだろうけど放課後とかに僕らのことで時間を消費している場合じゃない。

 先輩からすれば楓と同じく不安になるような人間ということなのかな?

 もっとしっかりしていれば極端なことをしなくて済むんだけど……。


「いやでもあの楓がなあ、誰とも一緒にいないでつまらないって言い続けていた楓がこうなるとは思わなかったよ」

「わ、私のことをよく知っているみたいな言い方ですね」

「俺は楓のことをよく知ってるぞ」


 よしよし、いい雰囲気だ。

 もっといい雰囲気になれば三人分のお金を置いて出るところだけど果たして。


「でも不安になるよ、もう少ししたら見てやれなくなるからな」

「大丈夫です、服部がいてくれますから」

「なるほど、確かにそれならあまり不安にならなくて済むな」


 ちょいちょい、僕はなにかをしてあげられるわけじゃないぞ。

 下手くそで無能だからこそ散々お世話になった夏希をあのような感じで解放させることしかできなかったんだから。


「服部、マジで頼むぜ」

「そんなに気になるならもっと一緒にいればいいじゃないですか」


 まだ時間はある。

 一緒にいるときだって勉強をするという形にすればお互いに無駄にならない。

 目の前に集中しなければならないことがあるときに他のことにも意識を回せ、と言う方が駄目なのかもしれないが……。


「恋感情があるわけじゃない、それに楓も俺なんかそういう目で見ないしな」

「分からないじゃないですか、ほら、本人がここにいますよ?」

「はは、それは見れば分かるだろ」


 なんなら横に座ってそれを全部間近で聞いているわけだ。

 ただまあ、本人は呑気にジュースをストローでちゅうちゅう飲んでいるわけで。

 あれは強がりとかじゃなかったんだな……。


「先輩はあくまでお世話になった人だからな」

「俺は同じ部活だったし、いつも言っているように心配だったから一緒にいたんだ」

「そんな言い方をされたら気になるじゃないですか」


 昔に夏希からそう言われておけば自ら離れることを選んだ。

 でも、そうじゃなかったうえに、なんならいっぱい来るという不思議なムーブをかましてくれたからこそいまの僕がいる。

 だから夏希の間違いを正すためにも必要なことだったんだ。

 誰だって自分のことで時間を無駄にしてほしくないと考えるものだろう。


「楓はそんなこと気にしないよ、細かいことを気にするのは服部だろ?」

「うっ」

「クリスマスのときだってあれは強がりだったよな」

「い、いや、強がりではなく楓とは仲良くなかったから――」

「無理って断言されちゃったもんな、あの後で一緒に過ごしたかったとか言えないよな」


 どちらにしろ僕には一緒に過ごそうなんて言えなかった。

 夏希相手にもそうだったんだから楓相手に言えるわけがない。

 もし言えたら絶対に雨が降っていた。

 僕中心で回っているわけじゃないから意味のない話だけど。


「今度は断言されても強がらないようにな」

「はい……」


 もういいよそれで。

 確かに強がりみたいな感じの反応になってたし、少し早口だったし、クリスマスは意地でも普通に過ごしてやろうってチキンとか食べなかったし、その影響で夏希にああ言ったところもあるのかもしれないし。

 完全に僕が情けなかったということで片付けられてしまうことだった。


「悪い、俺はそろそろ帰るわ」

「え? なんでそんなことをするんですか」

「楓や服部のことで安心したら今度は自分のことで心配になってきたんだよ」


 先輩はこちらと楓の頭を撫でて「ここに金は置いておくから」と言って出ていった。


「行っちゃったな」

「うん、まあでもいまが本当に大変な時期だからね」


 こっちは授業を受けることに集中しておけばいいけど先輩はそうはいかない。

 でも、わざわざ楓を誘ったってことはなにかがあったと思うんだよ。

 今回のこれで空気の読めなささというのが露呈してしまったかもしれない。


「服部、夏希と仲直りしろよ?」

「名前で呼ぶようにしたんだ?」

「あれから結構会っててな、向こうに行ったりもしたんだ」

「そうなんだ?」

「ああ、来てもらうばかりじゃ申し訳なかったからな」


 来てもらうばかりだった人間がここにいる。

 なにもかも受け身で自分から行動できたことなんてなかった。

 支えられるばかりで支えてあげることができなかった。

 だからこそ時間を無駄にしてほしくなくてああいう極端な行動に出たわけだけど……。


「ああいう形になったのは申し訳ないと思っているよ。でも、夏希にこれ以上時間を無駄にしてほしくなかったんだ。僕のところに来るぐらいならそれこそ彼氏さんと過ごしたり、楓や大切な友達と過ごしてほしいからさ」


 やっと面倒くさい人間を完全に切ることができたんだ。

 間違いなくいいことだとしか言いようがない。

 寧ろここで仲直りしてしまう方があの頃みたいに失敗だと言える。


「大切な子だからこそもっといいことに時間を使ってほしいと思うのはおかしいかな?」

「おかしくはない、おかしくはないけどさ、夏希は服部といたいと思っているんだぞ?」

「それはさっきの先輩と同じだよ、見ていて不安になるような人間だからでしかないんだよ」


 冷静になってみれば分かる。

 昔の僕はやりたいと思っていても言えなくて夏希に代弁してもらっていた。

 いまは昔と違ってなよなよしてないし、ちゃんと自分の気持ちをぶつけることができる。

 僕も一応高校二年生になって成長しているわけだ。


「僕は嬉しいぐらいだよ、やっと夏希を自由にさせてあげられるんだから」


 出会わなかったときの状態に戻れるわけだ。

 自分がしたいことだけを優先して行動することができる。

 ここに来た際もあまり移動しなくていいようになる。

 まあ、元はと言えば僕の家の近くに住んでいたからその点は微妙かもしれないけどさ。


「それに楓がいてくれるんでしょ?」

「ん? あ、ああ」

「それで十分だよ、学校で話せる子がひとりだけでもいればそれでね」


 小中時代では夏希がそれだった。

 完全に依存していたと言ってもいい。

 なにか困ったことがあってもあの子がいれば大丈夫とすら思ったぐらいだ。

 けど、次はそういう風にならないようにしたかった。

 僕がいれば大丈夫って言ってもらえるぐらいの人間になりたかった。


「それより楓はクリスマス、どういう風に過ごしたの?」

「家族とだな、なんだかんだであれが一番気楽で楽しいかもしれない」

「はは、そうだよね、そうやって過ごせたら楽しいよね」

「は、服部は?」

「僕はひとりで普通にご飯を作って食べて寝たよ、ケーキとかチキンとか意地でも食べてやらないぞって強がりみたいな行動してたな」


 終わってみるとそうでもないことに気づく。

 でも、次は誰かと過ごせる方がいいな、というのが正直な感想だった。


「でも、次は誰かと一緒に過ごしたいな」

「そ、……うなのか?」

「うん、やっぱりひとりは寂しいからさ」


 まだまだかなり先のことだ。

 僕の場合上手く会社に就職できなかったらそれどころじゃないんだけど。


「ち、千尋」

「うん?」

「ジュース、……注ぎに行こうぜ」

「そうだね、どうせなら飲んでおかないともったいないしね」


 雰囲気がアレだったから助かった。

 それにしても家族と夏希以外の子から名前で呼ばれるのは新鮮だ。

 嫌な感じがしないのは彼女だからなのだろうか?


「今度楓の家に行ってもいい?」

「えっ?」

「無理なら無理でもいいよ」


 積極的に動く必要がある気がする。

 なにもできずに見ていることだけしかできない状態はごめんだった。

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