05話.[終わりかねない]
「あれ、また楓はどこかに行っているのか」
栗田先輩が来ると彼女がいない日が多くなっていた。
休み時間になると教室を出ていってしまうと説明したら「すぐには変わらないよな」と先輩は言って苦笑していた。
「そういえば服部はクリスマス、どうするんだ?」
「僕はひとりですね、夏希も彼氏さんと過ごすでしょうし」
「家族は?」
「帰りが毎日決まった時間というわけじゃないんですよね」
頑張ってくれているからわがままを言うわけにもいかない。
それにひとりに慣れてしまったからいきなり集まっても上手く話せないと思う。
「先輩こそどうするんですか?」
「俺は家族とかな」
「それこそ楓を誘ってみたらどうです? 誘ってもらえたら嬉しいと思いますけど」
「うーん、それはどうかなー」
このことはもちろん楓には言わない。
また怒られても嫌だからねえ、嫌な部類に入る話みたいだし。
「というか、呼び捨てにしているんだな」
「やめろって言うならやめますよ?」
「はは、なんでだよ、楓本人が許可しているならいいだろ」
先輩に対してはもっと気をつけなければならない。
全く親しくないからちょっとしたことで終わりかねない。
それだけならともかくとして、楓も離れていくかもしれないし……。
「また来てるんですか」
「おいおい、嫌そうな顔をするなよ」
確かに嫌そうな顔をしている。
自分の席に親しい異性が座っているから、というのもあるのかもしれない。
先輩も気にせずによく座れるものだよなあというのが正直な感想だった。
「それよりいまはどんな会話を?」
「クリスマスの話だな、楓はどうするんだ?」
「私は予定がないので……」
まあ誰かと過ごすことができる人ばかりではないということだ。
ちなみに小学校五年生のときからひとりで過ごしていることになる。
前にも言ったように僕が夏希といられているように彼氏さんも夏希といられていたわけだから当然そっちを選ぶよねという話で。
それでも一応可哀相だと思ってくれたのか四年生までは一緒にいてくれたことを考えると、ありがたいという気持ちしか出てこなかった。
あと、中学三年生のクリスマスに誘ってくれたもの、申し訳ない気持ちしかなかったから断ったことになる。
これでも考えて行動できるんだ。
そのまま鵜呑みにして行動したりなんかしないんだ。
「服部なんか家族もいなくてひとりみたいだから一緒に過ごしてみたらどうだ?」
「く、クリスマスにふたりきりで過ごせ……と?」
「嫌なら嫌でいい、ただ、予定がないならどうだって言っているだけだよ」
拒絶する権利がある。
でも、一回ごとに彼女は的確に僕にダメージを与えていくんだ。
そういう疑問も裏で先輩と話してほしい。
そりゃ仲良くもない男とクリスマスに一緒に過ごすことを考えたら不安にもなるだろうけど、流石にそこはちょっと考えてほしかった。
「無理ですっ、……話し始めたばかりですし」
「分かったよ、これ以上は言わないからそれ以上はやめてやってくれ」
彼女はこちらを見てきたけど問題ないという風に振る舞っておいた。
どっちにしろ集まったところで気まずくなるだけならひとりの方がいい。
寒いから送り迎えというのもあんまりしたくないしね。
うん、だから別に必死に否定されたって傷ついたりはしないさ。
「ちょっとトイレに行ってきます」
「おう、行ってこい」
元々そんなことは望んではいなかった。
夏希からしたら「千尋らしいね」と言いたくなる件だと思う。
遊びに誘うのでもあんな感じなのにクリスマスなんかに誘えるわけがないだろう。
楓を誘うよりも空気を読まずに夏希を誘う方ができるというものだ。
「はぁ……」
過ごす過ごさないは勝手だけど本当に気をつけてほしい。
期待したわけではなくてもこれだから期待した状態であれだったとしたら……怖いね。
テスト勉強になんか微塵も集中できなかったに違いない。
まあ、好きな人ができても上手くいかないと分かっている以上、勘違いしないようにはっきりとした態度を望んでいる以上、あれでよかったんだけど。
いま賑やかな空間に戻るとそれこそ嘲笑されている気分になるから適当に歩いておくことに。
いいさ、ひとりだからってつまらないというわけじゃない。
別になにかクリスマスらしい料理を食べなくたってクリスマスに生きていることには変わらないんだから気にする必要はない。
――と、考えれば考えるほど惨めさが出てくるわけだけど口にしているわけではないから許してほしかった。
妬んだりはしないからひとりで過ごすことしかできない人間を笑わないでほしい。
なんて、仲間とか恋人にしか意識がいっていないだろうから笑うどころか認識すらされていないんだろうけども。
「は、服部っ」
「ん? おお、よく分かったね」
「探してたんだ、見つかってよかった」
それはまた申し訳ないことをしてしまった。
でも、いちいち歩いてくるなんて言う必要はないだろう。
そんなことを聞かされても「はあ」としか言いようがないし。
「あ、さっきのことなら気にしなくていいからね?」
「……悪い」
「いいって、普通だよ普通」
こっちだって仲良くない人とは過ごそうとしない。
何度も言うけど誰でもいいわけじゃないんだ。
気まずくなるぐらいならやっぱりひとりの方がいい。
「僕だってさっきみたいに聞かれたら同じことを言うよ」
「あ……」
「安心してよ、一緒に過ごしたいとかそういう下心はないから」
自暴自棄になっているわけではないし、強がりで言っているわけじゃない。
「この話はそれで終わりね、そこから発展しようがないし」
固まってしまったから顔の前で手を振ったら「教室に戻る」と言って歩いていった。
僕はまだ戻る気がなかったからそのまま歩き続けたのだった。
無駄な抵抗をしないと決めてクリスマスを終わらせた。
終わってみればただの平日だったことが強く分かる。
そして二十六日からは一気に年末感が漂ってくるわけだ。
今日も今日とて両親がいないから掃除をしていた。
常日頃から掃除をしているからそこまで苦労することはなかった。
ちなみに夏希からはやたらと楽しかったというメッセージが送られてくるから一瞬通知をオフにしようかと考えたぐらいだった。
「おは――」
扉を開けたら変なのがいたからすぐに閉じた。
もちろん連続インターホン鳴らしの前に敗北したけど。
「やれやれ、閉めるのは酷いんじゃない?」
「ごめん、なんか知らない人がいたからさ」
「私が知らない人だったら楓ちゃんとか栗田先輩はどうなるのって話ですよ」
確かにそうか。
でも、長く一緒にいる彼女のことだって結構分かっていないから一緒かもしれない。
「それで? いつもみたいにひとりで過ごしたの?」
「うん、僕にとってはそれが普通だからね」
家族が無理なら夏希と、夏希とが無理ならひとりでいい。
それぐらい夏希の存在は僕の中で大きいわけだ。
「にしてもよく来てくれるものだね、こんなに遠いのに」
「こっちでずっと過ごしていたからさ、なんか物寂しくなるときがあるんだよ」
「そうだよね、離れることになったら僕でも戻りたいってなると思うよ」
両親は激務だから引っ越すことになるようなこともゼロではない。
頼られているみたいだから◯◯県の方を支えてきてとかそういうのもありそうだ。
知識がないからどうなるのかなんて分からないけど。
頼りになる人間だったらその場に留めておきたいという気持ちもあるかと片付けた。
「楓ちゃんとそういう話はなかったの?」
「またそこに戻るんだ。あったよ? だけど楓が嫌だって言うから僕も誘う気はないから安心してよって言って終わらせたんだ」
あそこで無理ですと断言できた楓は強い。
僕が同じことを聞かれても濁したような言い方になっただろうから。
ああいう態度を貫けておけばそういう関連のことでトラブルに巻き込まれることはないはず。
中途半端な態度でいると僕みたいな人間に勘違いされてしまうからね。
「ばかっ、なんで強がりでそんなことを言っちゃうのっ」
「僕だって誰だっていいわけじゃないんだ、夏希と過ごせないんだったらひとりの方がマシだって考えて行動しただけだよ」
「って、どんだけ私と過ごしたいのさー」
結局、捨てきれていないんだろう。
物じゃないけど手に入らないと分かってから酷くなった気がする。
だけど別にそれを出しているわけじゃないから許してほしい。
自分がダメージを負うだけだからね。
「とにかくもう終わった話だからいいよ」
「ばか、あほ、強がり男、情けない男っ」
掃除も終わったから冬休みが終わるまで暇だ。
彼女がいてくれればいいけどそんなことはないだろう。
頻度が高まると彼氏さんに恨まれかねない。
残念ながら僕の存在は知られているし、僕も知ってしまっているし、うーむ。
「夏希は掃除とかやったの?」
「はい? あ、うん、まあそこそこにだけど」
「やっぱり綺麗な方がいいもんね」
「それはそうだね、部屋が汚いと落ち着かないし」
潔癖症ってわけじゃなくてもそうだよなあと。
間違いなく綺麗な方がいい。
汚い状態でいい方向に繋がることは全くないと思う。
「ちょっとお散歩しよ」
「いいよ、やることもないから一緒に行動させてもらおうかな」
「うん、どうせ来たなら見て回りたくてね」
やっぱり夏希が相手だと基本的に頼みを受け入れたい気持ちになる。
寒さとかどうでもよくなるのはいいけどだいぶ気持ちが悪い人間だ。
「楓ちゃんって喋り方は男の子みたいだけど可愛いよね」
「えっ? なんでいきなり?」
「反応も冷たい感じじゃなくてオーバーリアクションだったりするときもあるからさ」
「それはそうだね、意外だったかな」
つまらないと感じている人間の反応ではなかった。
完全につまらないのであればもっと可愛げのない、そういう行動、言動をしているからそうなるんでしょって言いたくなるような感じになるけどそうじゃなかった。
なんであんな喋り方をしているのかを聞いてみたいところだ。
「ああいう子が実は一番魅力的だったりするんだよねー」
「凄く気に入ってるね、中学のときなんて同性がうざいってよく言っていたのに」
「うざ絡みをされることが多かったからね、私の彼氏ーは人気者でしたから」
人気者で女の子が常に周りにいたけどその中から夏希を選んだと。
魅力的なのは確かだからなんで? とはならないものの、同じぐらい魅力的な子達が周りにいたんだ。
そこはあれかな? やっぱり一緒にいた時間の多さか。
でも、
見た目もそうだし中身もちゃんと確認してその中で彼女だと決めたんだよね。
「ねえ」
「ん?」
「もしかして千尋って私のことが好きだった?」
足を止めたら彼女も少し先で足を止めた。
さて、ここで好きだったと言うべきかどうか、どうしようか。
もう言っても仕方がないことだからいやと躱すことはできる。
けど、無理なんだって今度こそ自分に分からせるためにこれは必要な行為なのかもしれない。
「好きだったよ、ずっと前から」
「そうなんだ、その割にはなにもアピールとかしてこなかったけど」
そりゃそうだろう。
彼女は明らかに彼氏さんのことを意識していたからだ。
一緒に過ごせないことも増えていて、それなのにアピールするなんて無理だ。
それでも積極的に行動できる性格ならこうはなってはいない。
「最後に誘ったときも断ってきたけど」
「当たり前でしょ、夏希はもう付き合っていたんだから」
空気を読めない人間なんかではないんだ。
あそこで馬鹿みたいに信じて一緒に過ごしていたら駄目になっていた。
夏希が悪く言われるかもしれないし、こっちが悪く言われるかもしれないしということで。
まあ、そこまで影響力というのはないから一回ぐらい許してやるかって対応をされていたのかもしれないけど。
「でも、残念ながら応えられないよ」
「あの一週間で捨てたから大丈夫だよ」
はずなんだけど……まあ捨てきれていなかったんだろう。
いまでも彼女の要求を受け入れてしまうのはそこに繋がっている。
癖になってしまっているだけなのかもしれないけどね。
「あ、そのためにだったんだ、全く反応もしないでなんだこの可愛げのないやつは! ってなったからね」
「はは、だから一ヶ月の間は喧嘩状態だったでしょ?」
「当たり前だよ、無視されるとか意味分かんないし」
とまあこんな感じで、好きになってしまったことが間違いだったのだ。
それで無視とか訳が分からないよね。
全てこちらが悪いということで片付けられてしまう問題だ。
「あれで完全にあの人に意識が向いたからね」
「情けない人間だったからね、解放できてよかったよ」
先輩が楓といる理由と似ている。
別に僕だったからじゃないんだ。
ひとりだと押しつぶされそうな弱い人間だったから、でしかない。
あとは彼女の優しさだけかな。
それなのに勘違いして好きになってしまうとかアホすぎる。
「なんであのとき戻ってきたの?」
「なんでって……千尋が普通だったからだよ」
「普通でなにが悪いの?」
普通なら周りに無自覚で迷惑をかけることもない。
寧ろ嫌な空気を出して迷惑をかける人間じゃなくていいだろう。
「喧嘩した状態だったんだよ? そんなときに全く気にしていませんよって態度でいられたらむかつくでしょ?」
「そうかな? 夏希はあのときに完全に離れておけばよかったと思うけどね」
むかつくなら尚更のことだ。
そんな人間と一緒にいたっていいことはなにもない。
そもそも最初から僕といたところでいいことはなにもなかったわけだ。
それはこれまでの自分に起きたことを思い出してもらえば一目瞭然で。
「どうして夏希は僕といてくれたの? 同情?」
「はい? 同情心だけでずっと一緒にいられるわけがないじゃん」
「そうなの? じゃあなんで?」
僕に話しかけたのが間違いだったんだ。
そのせいで十六歳になってもまだ関わりが続いてしまっている。
「……なんだいなんだい、今日はやけにマイナス思考じゃないか」
「いや、気になっただけだよ」
このタイミングでもう来るのはやめた方がいいとか言ったら本格的に終わる。
距離も遠いし彼女的には間違いなくメリットしかないわけだけど……。
「夏希が言ってくれたでしょ? 僕はそういう人間なんだよ」
「もうちょっと明るい子じゃなかったっけ」
「まあ馬鹿だったんだよ過去の自分は」
それでも一緒にいてくれたからなんで? と聞いているわけだ。
が、それを答えてくれるつもりはないらしい。
「みんなに対して優しかっただけなのに来てくれるからって勘違いして好きになってしまったんだからね、僕らの間にはなにもなかったのにさ」
「なにもなかったって……それは言いすぎでしょ」
「そう? なにもないでしょ、夏希の時間を無駄に奪っただけだったんだよ」
って、いつまで留まりながら話しているのかという話だ。
特になにも言わずに歩きだしたら腕を掴まれて引っ張られた。
「それは自分を守るため? それとも私のことを考えて言ってくれてるの?」
「どっちもかな、まあでも無駄だったことは確定しているわけだからね」
甘えすぎてしまったことになる。
だから喧嘩別れになってもいいから終わらせたかった。
慣れ親しんだ土地だから来ているという気持ちもあるだろうけどやっぱり僕がいるから――と考えるのは自意識過剰だろうか。
「今日で終わらせよう」
「はあ?」
「いままでありがとう、彼氏さん的にも不安になるだろうからね」
一度全部リセットしたかった。
新しい年からはとりあえずゼロの状態で始めたかったのだ。
「じゃあね」
掴むのをやめてくれていたからひとりどこかに向かって歩き始めた。
もちろん他人といるのをやめたわけじゃない。
ただ弱いから夏希と会う度に駄目になってしまうのだ。
だからそこを絶った、期待すらできないようにした。
それが間違いなくいまの僕には必要なことだった。
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