04話.[もうやばいかも]

「ということを言っちゃったんだけどさ……」


 十二月。

 夏希が会いたいと言ってきたから色々と相談に乗ってもらうことにした。

 今日は僕の家だから駅まで送らなければならないけどまあそこは我慢しよう。


「楓ちゃんといると楽しいから一緒にいさせてもらってる、ねえ」

「でも、嘘じゃないんだ、本当にそう思っていることだからあんまり後悔もしていないんだよ」


 けど、気になるものは気になるから経験者である彼女に相談、ということになる。


「向こうがどう思っているかは分からないよ? でも、僕は楽しいから」

「栗田先輩と仲良くさせようとしておいて?」

「そ、それは考えただけだよ、実際に行動に移したわけじゃないから……」


 必要以上に好かれる必要もないけど必要以上に嫌われる必要もない。

 大田さんにとって必要ないことをやらせようとしてしまったら駄目になってしまう。

 どうやら先輩とは一定の距離感でいたいみたいだしね。


「まあでも、下心があって近づいて来ているとは思われたくないもんね」

「うん、僕は普通に仲良くしたいだけなんだ」


 もちろん仲良くした先で気持ちが変わるときはくることだろう。

 そうなったらそうなったでそのときの自分に任せるしかないわけで。

 とりあえずいまはそういう面倒くさいこと全てを後回しにして大田さんとの時間を重ねたいという気持ちだけははっきりしている。


「それを言ったんでしょ? じゃあ恥ずかしがらなくていいじゃん」

「いやー……結構大胆なことを言っていることと変わらないからね」

「告白したわけでもないんだからいいでしょ、私なんてもっと抱きしめてとか抱きしめたいとか平気で言っているからね?」


 それはまあ恋人同士なんだから当然の要求、欲求ではないだろうか。

 僕らはとにかく友達……? というところだから気をつけなければならないのだ。

 距離感を見誤った発言をすると引かれるどころか離れられかねない。

 あの後だって大田さんは黙っちゃったしなあ……もうやばいかも。


「でもさ、なんかそういう気持ちはないの?」

「それこそ大田さんの近くには先輩がいるし、クラスにはもっと魅力的な子がいるからね」


 まあそういう言い訳をして自分が選ばれなかったときの保険をかけているのかもしれない。

 自分だけが好きになって、頑張って空回りして振られる。

 それって最高に惨めな気持ちになるだけだろうから、見ているだけの方が気楽だから。


「そんなの関係なくない? そんなこと言ったら私の彼氏にはもっと相応しい子がいることになるんだけど」

「勘違いしないように行動しているところもあるんだよ、僕なんて非モテだからその気になったらあっという間だよ? そうしたら引かれるか気持ち悪がられるだけだよね?」

「そういうものかなあ、千尋は悪く考えるところがあるからなー」


 僕にある程度の経験があればこんな慎重にはならないのかもしれない。

 でも、言ったところで変わらないことだからやはりどうしようもないことだ。


「よし、それなら名前で呼んでみよう」

「楓さんって? 仲良くなれているのかな……」

「はい出たその拘りー」


 こちらはともかく相手の方は親しくない人間から名前で呼ばれたくないと思うんだけど……。

 そこは男女差、個人差が大きいということなのかな?

 生憎と夏希とぐらいしかいなかったからそれも分からないんだ。


「千尋のそういうところがよくない、私のときも頑なに名前で呼ばなかったし」


 それは彼女のことが好きだったからだ。

 仲良くなれている自信があった、彼女から来てくれることも多かった。

 だけど気恥ずかしかったし、なにより彼女の側には特定の男の人がいたんだ。

 もちろんいい関係の状態でね。

 だからその状態で呼べるわけがないでしょうが――と言いたいところだけど、結局何度も言われてこちらが折れた形になる。

 一週間話さないことで気持ちを捨て、そのときの取った行動によって一ヶ月話すことができずに過ごし、仲直りしてからそうなったことになったと言う方が正しいか。


「その固定観念をなんとかしよう」

「わ、分かったよ」

「言ったからね? えっと……よし、はい、電話」


 連絡先とか交換していたのか。

 ……いきなり直接よりはまだマシだから気にしなくていいか。


「秋山? もしもーし?」

「楓さん」

「うぇっ!?」


 そりゃまあ誰だって驚く。

 かけてきた本人ではなく違う男の声がするんだからね。

 しかしまあ……可愛い反応をしてくれるものだ。


「は、服部……?」

「うん、いま僕の家なんだけど夏希もいてね」

「い、いいのか? 彼氏がいるのに」

「夏希的にはそれとこれとは別みたい、わざわざ来てくれるんだから優しいよね」


 学校側の駅で降りてくるから遠いだろうにね。

 そこはあれらしい、お金を少しでも浮かせたいんだと。

 地味にかかるから分からなくはない――電車に乗らないから分からないや。

 単純に距離のことを考えれば僕の家の近くの駅で降りるのが一番だからね。


「それよりいま……」

「うん? 特になにもしていないけど」

「そ、そうじゃなくて……」


 なにが言いたいかなんて分かっている。

 だけどその触れ方だけはやめてほしいんだ。

 普通に流すかやめろって言ってほしい。


「ああもう焦れったいっ、千尋が楓ちゃんともっと仲良くしたいんだってっ」


 事実その通りだから「夏希っ」とか言ったりしないけど声が大きすぎる。

 耳に当てている状態だったらきーんとなっていてもおかしくはないレベルだ。

 そのため、胸の内ではあったけど謝っておいた。


「だからいまから来てっ」

「「えっ」」

「千尋を迎えに行かせるから来てっ、じゃあねっ」


 家は知っているから問題はない。

 それでもいきなりそんなことを言われても困ってしまうのが人間だろう。


「GO」

「……分かったよ」


 夏希に逆らっていい流れになったことは一度もない。

 昔の僕は気に入られたくてなんでもかんでも受け入れていただけだけど。

 歩いている途中、帰りもこうしなければならないことを考えて微妙な気持ちに。

 学校に通わなければならないから行く、というそれとは違うんだ。


「着いた――って、外にいたら冷えちゃうでしょ?」

「……中にいても落ち着かなかったからな」

「ごめん、夏希には逆らえないから付き合ってよ」


 そもそも自分がここまで来てひとりで帰りたくなかった。

 結局夏希を送らなければならない以上、ひとりになろうがふたりになろうが変わらない。

 歩かなければならないことは確定しているんだからこうなったら彼女も巻き込んでやろうとしている悪い自分がいるんだ。


「そういう気持ちがなかったら外にはいないだろ? ここまで来てもらってから断るようなクソな人間ではないからな」

「うん、ありがとう、楓さんがそうじゃないって分かっていたけどさ」

「待て」


 足を止めたら一気に詰め寄ってきた。

 もしナイフとか凶器を持っていたら僕の命はいまので散ったことになる。

 まあそんなことはないんだけど、無言で来られると怖いね。


「さ、さっきから名前で呼んでないか?」

「うん、夏希に変えてみたらどうかって言われてさ」


 嫌ならやめるとちゃんと言っておいた。

 なんか違和感しかないから僕的にもその方がいい。

 誰かに言われて簡単に自分の決めたことを変えたからだと思う。


「……どうせなら秋山に言われたからじゃなくて服部自身の意思でそうしてほしい」

「そうだよね、誰かに言われたから変えられても困るよね」

「でも、嫌じゃないことは分かってほしい、あとは……呼び捨ての方がいいな」


 自分が決めて行動すると自分で責任を取らなければならないから逃げていたのかもしれない。

 普通に仲良くできている自信があったのに夏希のときも全く変えなかったからなあ……と思い出していた。


「じゃあ楓って呼ばせてもらうよ」

「ああ」

「じゃあ行こうか、早くしないと夏希に怒られるからね」


 ただまあ、夏希はそこまで会いたがっているわけではないと思う。

 焦れったいからなんとかしようとしただけ。

 何年も一緒にいるんだからそれぐらいのことは分かるのだ。


「ただいまー――って、寝てるな……」


 無理もないのかもしれない。

 寒い中、向こうからやって来てくれたんだからね。

 それにここでやれることってないと言っても過言ではないし……。


「本当に大丈夫なのか? 服部が怒られたりとかしないのか?」

「多分……大丈夫だよ」


 昔からこういう無防備なところはあるけどガードは固い女の子だった。

 その固いそれを上手く柔らかくしたのがいまの彼氏さんだ。

 変な言い方になったな、つまり好きになれるぐらいの魅力があったということになる。


「こうやって来られると気持ちがまた出てきたりとかしないのか?」

「それはしないかな、だって彼氏さんがいるって分かっているんだから」

「昔もそうだったんだろ? でも、好きだという気持ちを抱えたままだったんだよな?」

「それは……なんだかんだでこっちに来てくれるからって期待していた自分がいたからだよ」


 現実はそうではなかったということになる。

 当たり前だ、好きになったら結ばれることができるようなシステムではないからだ。


「ん……うるさい――あ、帰ってきたんだ」

「うん、ちゃんと楓も連れてきたよ」

「そっか、じゃあゆっくりしてよ、私は客間で寝てくるから」


 もう駄目だ、慣れすぎていて自宅のように過ごしていらっしゃる。

 変に緊張されるよりはいいのかもしれないけど……。


「あ、オレンジジュースがあるけど飲む?」

「く、くれるなら」

「分かった、いま持ってくるね」


 彼女の家まで歩いてすぐに自宅に向かって歩くという行為をしたから喉が乾いていた。

 だから本当にいまの僕には効いた。

 冬だろうとこういう飲み物は美味しい。


「いまさらだけど予定とかなかった?」

「はは、本当にいまさらだな、予定があったらここには来てないよ」

「そうだよね、よかった、なにもなくて」


 夏希が寝てしまったいま相手をしてもらえるのはありがたい。

 ただ、問題がまた発生したことになる。

 こちらの事情で振り回してしまったからまた返さなければならなくなったことだ。


「お腹へってない?」

「さっき食べたんだ」

「そ、そっか」


 うーむ、どうしたものか。

 なかなか他者と一対一で一緒にいることがないからこういうときに困ってしまう。


「なんか焦ってないか?」

「うん、せっかく来てもらったのになにもしてあげられないからさ」

「別に気にしなくていい、私が自分の意思でここに来たんだから」


 そう言ってもらえるのはありがたいけどそれでもじゃあいいかとはなれない。

 夏希が起きていてくれればまだなんとかなるんだけど……。


「焦れったい、やっぱり千尋は駄目だね」

「起きていたのは知ってるよ」

「当たり前でしょ、少し試していたんだよ」


 夏希は「駄目だったけどね」と再度ぶつけてきた。

 夏希以外の子を家に招くなんてこれまでなかったからこうなることは確定していた。

 それでも言うことを聞いた点だけは評価してほしかった。

 いまとなっては無理やり折れる必要なんてないけど癖になってしまっていたみたいだ。


「だけど呼び捨てになっているところだけは評価してあげる」

「それはありがとう」

「で、楓ちゃんも千尋のことを名前で呼んでいるんだよね?」


 まあそりゃこうなるよね。

 僕が変われば満足するという女の子じゃない。

 色々な人を気にせずに巻き込んでしまうのが夏希という女の子だった。


「いや……呼んではいないな」

「嫌なら嫌でいいけどさー」


 こうなるから誰かに言われて変えると微妙なんだ。

 こちらはよくても相手がよくないなんてことも多いから。


「まあこの話は終わりにしようよ、楓のペースっていうのがあるんだから」

「確かにそれは事実だね、仕方がない、終わりにしよう」


 聞き分けがいいからずっと友達でいられているんだ。

 振り回すだけ振り回して聞く耳を持たない人間だったら好きになってはいないし、一緒にいようとは思えない。

 もしそうだったら離れられたことで喜んでいたことだろう。


「栗田先輩とは休日に集まったりしないの?」

「受験勉強で忙しいみたいだからね、気軽には誘えないよ」


 連絡先も家も知らないからどうしようもない。

 ちなみに何気に彼女の連絡先も知らないけど……まあ問題もないかな。


「楓ちゃんが恥ずかしがっているところを見たかったのにー」

「か、勘弁してくれ」

「でも、栗田先輩といるときは楓ちゃん、すっごく楽しそうだからさ」

「……まあ、明るい人だから嫌な気持ちになることは少ないな」


 部活で一緒だったということは彼女が一年生の頃から一緒にいるということになる。

 卒業して片方が高校生、片方が中学生という形でも依然としていい関係が続いたということを考えると相性は凄くいいんだと思う。

 とにかく受験で忙しいからと遠慮している彼女ではあるわけだけど、それがなかったらいまよりも積極的に行っていたりとかしていたのだろうか?


「逆に千尋といるときは落ち着かなさそうだよね、それは千尋も不安定だから悪いよね」

「いつでも堂々としていられる強さがないからね」

「そういうのって意外と相手に影響を与えるものなんだよ」


 そう言われてもこればかりは経験が少ないから仕方がない。

 そんな人間にいい対応を望む方が間違いというものではないだろうか?

 ……というのはできないことが当たり前だと正当化したいだけなのかもしれないけど……。


「私は服部といられると楽しいから好きだぞ」

「じゃあその落ち着きのなさはなんなの?」

「そ、それは単純にあまり一緒に過ごしたことがない服部とふたりきりになることが多いからだな、本当に情けない話ではあるけど……」


 こちらも落ち着かないときがあるから似たようなものだ。

 というか普通はこうなるのが自然であり、夏希みたいなコミュニケーション能力が最強すぎる人達が僕からすれば異常なのだ。


「へー、意識しているからとかそういうのは――」

「そ、そんなのあるわけがないだろっ、まだ話し始めたばっかりなんだぞ!」

「お、落ち着いて、ないことは分かったから」


 そんなに必死に否定する必要ある? という悲しい気持ちと、確かに話し始めたばかりなんだからそんなことはありえないという気持ちと。

 綯い交ぜになって複雑だったから口を挟んだりはしなかった。


「はぁ、服部といい秋山といい似ているな」

「私が千尋と似ている?」

「ああ、異性といればすぐにそういうつもりで見ていると考えるところがな」


 うぐっ、申し訳ない。

 でもね、凄くお似合いだと思ったんだ。

 心配だからという理由ではあるけどずっと来てくれているらしい先輩なんだからさ。


「女の子ならそうかなーって、私は恋に生きる人間だったからさ」

「私だって恋……とかに興味はある、でも、誰だっていいわけじゃないんだ」

「分かった、もう言わないから」


 誰に聞いたってそう答えるだろう。

 誰でもいい人なんて多分いないと言っても過言ではないと思う。

 それなりに拘りというものはあるだろうからとやかく言うべきじゃないんだろう。


「秋山はいまの彼氏とそういう関係になるまでにどれぐらいかかったんだ?」

「三年かな、中学一、二、三年丸々使って仲を深めたよ」

「年上なんだよな? ということは三年のときに高校一年生だったことになるけどよく一緒にいられたな」


 それはあなたもそうだ。

 その一年間というのは結構影響を受けるものだ。

 全く会っていない場合には駄目になると言っても過言ではない。


「小学生のときからずっといたからね」

「あれ? でも、秋山は隣の市に移動しているわけだよな? 彼氏とは会えるのか?」

「うん、あっちでひとり暮らしを始めてくれたから」


 それぐらいの覚悟が必要だったのかなあ……。

 ま、一度もそういう目で見られたことがないから意味のない考えだった。

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