03話.[後輩思いですね]

「わ、悪いっ、遅れたっ」

「大丈夫だよ、さっき来たところだから」


 夏希に対するそれも駄目だけど彼女相手に遅れるのはもっといけないと思って三十分前にはここに来ていたことになる。

 そうでなくてもおかしな奴とか怖いとか言われている状態だから気をつけなければならないとそう思ったのだ。


「……さっきっていつ?」

「ん? あ、五分前だよ、ゆっくり歩いてきたから気にしなくて大丈夫」

「悪い……」

「いいよ、行こう」


 何度も通ったというわけではないけどいつものあそこへ。

 入店したら早速とばかりにドリンクバーを注文して飲み物を注いだ。


「晴れてよかったね、寒さもそんなに酷くないし」

「ああ、そうだな」

「栗田先輩も呼べばよかったね、だっていないとちゃんとできているのか分からないわけだし」


 雰囲気的にも全くそのような感じではないから先輩がいても変わらないからね。

 寧ろ先輩と楽しくやっていてくれた方が一緒にいやすいぐらいだ。


「私は服部とふたりでいいけどな」

「そう? そう言ってもらえるのは嬉しいよ」


 でも、このままだとどうしようもないというのが現状で。

 進行役である誰かがいてくれないと無理やり喋って終わるだけだ。

 こういうときに上手く話せるような人間ではないし……。


「服部は兄弟とかいるのか?」

「いないよ、大田さんは?」

「私もそうだな、だから少しだけ先輩が羨ましくもあるんだよな」

「妹さんがいるって言っていたよね、ちなみに夏希にもお兄さんがいるんだよね」

「いたらトラブルなんかも起きたかもしれないけど少し羨ましいな」


 もしひとりじゃなかったら仲良くできていたかな。

 夏希でもお兄さんと喧嘩したことは多いみたいだから喧嘩ばかりになりそう。

 なるべく不快にさせないようにって行動しているけど難しそうだ。


「服部は弟や妹がいるからこそ柔らかい態度なのかと思ったんだけどな」

「それがいないんだよね、親戚にも二十歳以下はいないんだよ」


 だからそういう点でも寂しかったりする。

 それでも話すことが好きだから悪くはない時間を過ごせるんだけど。


「そういえば部活ってなにをやってたの?」

「実は野球なんだよな」

「そうなのっ?」

「きっかけはキャッチボールをするのが好きだったからなんだ」


 そういえば僕の学校にも野球部に女の先輩が入っていたか。

 小学生の頃からやっていたみたいだったからそういう人は入部を選ぶのかも。

 僕は卓球部でよく外を走っていたからグラウンドの方を見る機会も多かったからね。


「珍しいからなのか気に入ってくれた……のかもしれないな」

「うん、珍しいと思うよ」

「大体はバレーとかテニス部とかに入るからな」


 バスケ部とか吹奏楽部とか候補は色々ある。

 なにかしらの部活に強制入部というのが普通だったから逆にそれがよかったのかもしれない。

 そうでもなければ大して運動もせずに過ごすことになるから。

 まあ高校生になってから入部していないからどっこいどっこいという感じだけど……。


「でも、高校に入ってからも部活をやりたいとは思えなかったな」

「僕もそうだよ、あくまで強制力があったから入部しただけでね」

「だからってその空いた時間をなにかに活かせているわけではないけどな」

「そういうものじゃない? 難しく考えすぎても駄目になるだけだよ」


 悔いのない毎日を過ごせているかと問われればいいえとしか言いようがない。

 だけどまだまだこの先は長いんだ。

 いちいち細かいことで引っかかっていたら精神疲労してしまう。

 開き直るみたいであれだけど、大雑把な感じでいいと考えていた。


「大田さん的にはやっぱりまだつまらない?」

「教室にはなるべくいたくないな、被害妄想だけどひとりでいる自分が笑われているみたいな気持ちになるから」

「そっか、そこは人それぞれだから難しいね」


 馬鹿にされているとは思わないけど寂しいと感じるときはある。

 問題な点は変わりたい、変えたいと思っているのに行動しようとしないことだ。

 それではずっと変わらないよねとしか言いようがない状態で。


「それにあんまり先輩にも来てほしくないんだ」

「なんで?」

「だって迷惑をかけるだけだしな」


 本人じゃないし違うと思うなんて言えなかった。

 何故なら来ないときは連続して来ないからだ。

 忙しい時期だから仕方がないことでもある。


「それに服部がいてくれるんだろ?」

「うん、僕でよければいるけど」

「それだけでいいんだ」


 おお、なんか気に入ってくれてる……のかな?

 まあ悪く言われるよりはよっぽどいいことだから喜んでおこう。

 

「服部はどんなおかずが好きなんだ?」

「えっ? あ、卵焼きとかかな、ウインナーも好きだけど」


 人のことを言えないけどまた急な話題転換だ。

 なので、お弁当と言えばという王道な感じのところを挙げておいた。


「分かった、今度作ってくるから食べてほしい」

「な、なんで?」

「世話になったからだ、返しておかないと気持ちが悪いんだよ」


 そうかと返してこの話は終わらせる。

 そうか、女の子の手作りお弁当を食べられるのかと地味にテンションが上っていたのだった。




「あれ、またいないのか?」

「はい、お弁当をくれたらすぐに出ていってしまいました」


 理由は聞かなくても分かる。

 誰かに作ったものを食べてもらうという行為は緊張するものだ。

 僕だって多分教室から逃げるからお礼だけ言っておいた。

 貰ったからにはということで早速開封して食べさせてもらっていたんだけど、


「……ちょっと行ってきますね」

「ん? おう」


 気になることがあるから退出。

 廊下に出てみたら壁に張り付いている大田さんを発見した。


「美味しいよ」

「そ、そうか」

「だから戻ってきてよ」


 強烈な視線は彼女からのものだったのだ。

 そりゃそうだ、僕なんかそういう理由でもなければ見られない。

 再度先輩もいるからと付け加えて説得を試みる。


「弁当を作って渡して、だけど気恥ずかしいから逃げるなんて乙女だな」

「だ、黙っててくださいよ」

「はははっ、楓も可愛いところがあるなっ」


 あー、そういうことを言っちゃ駄目なのに。

 あれ、だけど当たり前のように可愛いとか言われているからいいのかな?

 焦っているような感じだけど嬉しそうにも見えるし……。

 まあいいや、こちらはとりあえずお弁当を食べさせてもらうことにしよう。


「それで土曜はどうだったんだ?」

「普通に楽しかったですけど」

「へえ、やっぱり相性は悪くないのか」

「どうなんですかね、服部といるのは嫌いじゃないですけど」


 延々と会話をしていただけだったけど普通に楽しかった。

 もう一回家まで挑戦するとか帰り際に言われたときは勘弁してくれと思ったけど。


「そもそもあの楓が他人と一緒にいる時点でな」

「あの、さすがにそこまで酷くないんですけど」

「そうか? 中学のときだってほぼひとりだっただろ?」

「普通にコミュニケーションを取ることができていましたからね」


 うーむ、こう言ってはなんだけど敬語だと調子が狂うな。

 先輩相手にならタメ口でもいいと思うんだけど……。


「そういえば先輩って大学志望なんですか?」

「ん? おう、そうだな、だから結構頑張ってるんだぜ?」

「そうですよね、それでも来てくれるなんて後輩思いですね」

「心配になるからな、でも、服部がいてくれてるから少し安心できるよ」


 ……一緒にいてもお喋りぐらいしかできなくて申し訳ない。

 大田さんのためにできたことなんて結局のところ最初のあれだけだ。

 愚痴だって聞いたわけではないし……本当に曖昧な関係だと思う。


「ごちそうさまでした、作ってくれてありがとう」

「……約束だったからな」


 高校二年生の冬ということでこんなことはもうないかもしれない。

 だから気持ちが悪いかもしれないけど凄く感謝しておくことにしよう。


「さてと、そろそろ戻るかな」

「まだいてあげてくださいよ」

「ちょっと眠たくてな、また来るからそのときに相手をしてくれ」


 難点があるとすればすぐに帰ってしまうことか。

 まあ先輩には先輩のやりたいことがあるから仕方がないんだけど……。


「そういえば大田さんは食べなくていいの?」

「……実は集中して作っていたら時間がなくなってしまってな」

「そうなのっ? あ、じゃあ分ければよかったね」

「いいんだっ、それは服部のために作ったんだから」


 食べ終えたわけだから少し歩こうと提案した。

 教室にはあまりいたくないみたいだし、うん、悪くはないはずだ。

 結果、頷いてくれたから歩くことに。


「容器は洗ってくるから明日まで待ってて」

「別に返してくれれば……」

「うーん、あ、それなら今度は僕が作ってくるよ、それで明日渡せば容器も返したことになるからさ」


 そもそも僕からしたら一緒にいてくれているだけで十分だから。

 今回のこれで僕はほとんどなにもできていないのになにかをしてもらったということになる。

 こちらだってそのままなのは嫌だからそれならと同じ行為で返そうとしているわけだ。


「つ、作れるのか?」

「うん、普通程度だったらね」


 たまにはやらないとその最低限レベルでもなくなってしまうから丁度いい。


「……私より上手く作らないでくれよ?」

「大丈夫、本当に普通だから」


 途中で足を止めて窓の外を見る。

 相変わらずいい天気で綺麗な空だ。

 冬は空が澄んでいるから見ていて気持ちがいい。


「先輩に可愛いって言われてよかったね」

「あれは可愛いところもあると言われただけだろ」

「同じだよ、それはつまり大田さんには可愛いところがあるということなんだから」


 女の子はそう言ってもらえる確率が高くて羨ましいな。

 それが本心からであれ適当に出したものであれ、悪く言われるよりはよっぽどマシだ。

 格好いい~なんて言われても信じられないからね……。


「……この前から勘違いしやがって」

「僕はこの目で見て、この耳で聞いたことで判断しているからね」


 まず自分の目で見ない限りはあまり信じたりしない。

 最初のそれが正にそうだ。

 だからこそ事実だと分かってからは謝罪もしたわけなんだし。


「違うからな」

「分かったよ」


 またこの前みたいになっても嫌だからね。

 どうせなら普通のままでいたい。

 勘違いしないようにするためにわざわざ嫌われる必要はないんだ。


「服部こそ……まだ秋山への気持ちがあるんじゃないのか?」

「捨てたよ、三年生の秋頃に完全にね」

「捨てられるものなんだな」

「滅茶苦茶頑張ったけどね、だって本人は呑気にこっちに来るんだからさ」


 もう付き合っていたとはいえいつも通りの、自分の好きになった相手のまま近づかれたら捨てるものも捨てにくくなる。

 それでもこのままだと勉強に集中できないということで一週間話もしないでいた結果、無事に捨てることができたというわけだ。

 まあ、そのときに喧嘩になってしまって一ヶ月ぐらい話せないことになったけど、うん。


「先輩みたいな明るい人が一緒にいてくれると楽しくなるよね」

「そうだな、散々お世話になったわけだからな」

「言われなくてもするだろうけど、大切にした方がいいよ」


 高校を卒業をしたら会うことすら難しくなる。

 一ヶ月に一度会えればいいぐらいかな?

 あ、でもあれか、どちらかにその気があれば増やすことも可能か。

 なんなら先輩がひとり暮らしを始めたりしてそこに彼女を~みたいな展開もあるかも。


「服部は大学志望か?」

「ううん、卒業したらすぐに働きたいかな」


 給料に差が出ることは分かっているけどそれでも僕は高卒でいい。

 結局のところは自分の人生なんだから自由にやればいいのだ。

 羨ましく思うときだってあるかもしれないけど、それもまた自分の責任だから誰かにとやかく言われる謂れはない。


「夢とか学びたいこととかもないからそれぐらいでいいんだよ」

「確かに漠然としたものしかないよな」

「うん、そうだね」


 結婚とかも限りなく可能性が低いから頑張れる人だけが報われればいいんだ。

 こちらはある程度でいい。

 それしかできないだろと言われればそれまでだけどね。




「朝か……」


 今日はふたり分を作るということで早起きをしていた。

 そもそも登校に時間がかかるからそこまで差というのはないけども。


「おはよー……」

「おはよう、今日も早いんだね」

「うん……私が早く行かないと駄目だからねー」


 こっちは別の意味で早く行かないと駄目だった。

 いい点は夏場じゃないから暑くなくて汗をかかなくて済むし、お弁当の品質の心配をしなくていいのはいい。

 あ、別に母に意地悪をしているわけではなくて社食食堂があるから必要ないだけだ。

 なので、僕は最初に決めた通り自分の分と大田さんの分を作っていくだけだった。


「できた」


 母は既にいないから制服に着替えてしっかり持って、更に忘れ物がないかを確認してから鍵をしっかり閉めて歩き始めた。

 あくまで僕レベルだけど美味しいって言ってもらえたら嬉しいなとまで考えて、


「え、なんでここにいるの?」

「お、おはよう」

「うん、おはよう」


 何故かまだまだ自宅近くのそんな場所で彼女と出会った。

 何故と疑問は尽きなかったけどお弁当袋を渡しておく。

 そもそもこの容器は彼女の物なんだからこの方がいい。


「大田さんの家のところで待っていてくれればよかったのに」

「服部に世話になってばかりだからな」

「でも、流石に遠すぎるでしょ」


 僕がこの時間に出ていなかったら相当待つことになったんだ。

 それか出てくる時間が遅ければすれ違いになっていた可能性もある。

 いつも何時に出るかと聞かれて教えたことがあるからそんなことはないのかもだけど。

 とにかく朝のそれ以外は特に問題もなかった。

 お昼は彼女が違うところで食べようと提案してきたから移動した。


「おお、なんか人に作ってもらえるって嬉しいな」

「そうだね、簡単な感じに仕上げるとしても作業はしないといけないわけだからね」


 お、美味しくできているだろうか?

 自分のを食べた感じ僕好みの味になっているからそれが他者である大田さんにも該当するかどうかは分からないという不安がある。


「美味しいぞ」

「そっかっ」

「……でも、これで結局服部のためになにもできていないことになるよな」

「そんなことないよ、大田さんがいてくれているだけで十分だからね」


 そう考えているのと言うのとでは訳が変わってくる。

 これは僕にとっては結構勇気のいる行為だった。

 彼女が黙ってしまったから余計にここから去りたくなって、昨日の彼女の気持ちが強く分かってしまったことになるわけだけどそれでもまだなにも言ってくれず。


「ご、ごちそうさまでした」


 とにかく外でも見て落ち着こう。

 幸い窓だけはいっぱいあるからそういう時間のつぶし方ができる。


「……服部はどうしてそうなんだ?」

「えっ?」

「気に入られたいのか?」


 そりゃまあそうだ。

 嫌われるよりも気に入られた方がいいに決まっている。

 やり方が下手くそだと指摘したいのかな?

 もしそうだったら事実だから申し訳ないと謝ることしかできないわけだけど……。


「……それこそ服部は他の可愛い人間とかといた方がいいんじゃないのか、その方が間違いなく有意義な時間を過ごせるだろ?」

「関係ないよ、女の子だって誰だっていいわけじゃないんだから。少しだけ知って、大田さんと一緒にいると楽しく過ごせるって分かったからこそ一緒にいさせてもらっているんだから」


 夏希にもだけど勘違いしないでほしかった。

 確かに恋愛には興味はあるけど相手が誰でもいいわけじゃない。

 一緒にいられて楽しいと思えるような相手というのを探しているし、矛盾しているかもしれないけどそこまで熱心に探しているわけでもない。

 結局のところは友達になって仲良くなった先にあることだから意味がないのだ。

 とにかくいまはそういう気持ちで動いているわけではないことを知ってほしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る