最終章 第8話

拓哉のアパートに戻ってきた。

戻る間は手も繋がず無言だった。


「ごめん。

ちょっと何か飲んでいいか?」


「うん。」


ちょっとだけ拓哉の声がかすれている。


「声、大丈夫?」


「え?」


「かすれてるよ?」


「あれだけ昨日も今日も沢山喋ったからな。」


「のど飴あるよ。」


私は、のど飴を渡した。


「美味いな、これ。」


「新製品だよ。」


「効くのか?」


「分からない。

でも食べ比べしてみないと説明出来ないから。」


「説明するの?」


「うん。

うちのオリジナル商品はね。」


「そうか。

何となく喉に良い気がするな。」


私も何となく効く気がした。


「雪夏。」


「ん?」


「どうする?」


「何を?」


「やめるなら今の内だよ?」


「何でそんな事言うの?」


「きっとまた同じことで喧嘩になる。

俺はそれは辛いよ。」


「え?」


「だからさ、それなら別れた方が良いかもな?って。」


「そんな……。」


気付いたら涙がボロボロと流れ落ちてた。

頭の中が真っ白になる。

どうしたらいいか分からなくなる。

私……何か間違えてしまった?

どうしよう、どうしよう、もう間違えたくないよ……。


「雪夏?

おい、雪夏?」


拓哉が呼ぶ声がする。

返事した方がいい?

何て返事する?

でも、でも、間違えたらどうしよう?


「しっかりしろ、雪夏!」


しっかりしてるよ、ちゃんと聞こえてる。

考えてるよ。

でも間違えたくない。

どうしたら……。


「雪夏?!

おい!」


拓哉が呼ぶ声が響くのに。

私は返事をしない。

あれ、返事出来ないの?

え?

声を出さないと……。


「拓哉……。」


「雪夏?!

お前、大丈夫か!」


「え?」


「泣きながらバタンと倒れそうになったのを俺がキャッチした……。」


「え?

倒れそうに?」


よくよく考えたら寝落ちだったのかもしれない。

寝不足だったし、ボーッと考えてたし。

気付いたら拓哉の膝枕って……。


「もう間違えたくないよ。」


私は拓哉の目の前に座った。



「え?」


「拓哉は別れようって言われて、パニクったの?」


「え?」


「答えて!」


「うーん……。

だからさ、それは俺より好きなヤツが出来たならしょうがない……って綺麗事だよな。

何か未来が真っ暗になって崩れるような怖い感覚?」


「それが辛くて、手当たり次第付き合ったとかじゃないよね?」


「勿論。

手当たり次第じゃない。

全然好みでも好きでも無いヤツは無理。

告白してくれたヤツがお前以上になればいいと思ってオーケーして寝た。」


「うん……。

でも……それって辛くない?」


「スゲー辛いよ。

もっともっとお前が大きな存在になるのに、手が届かない。」


「辛い思いさせて……ごめんなさい。

別れた方がって言われて、頭の中が真っ白になって。

ぐるぐる色々考えて。」


私が謝ると拓哉が笑い出す。


「ハハハ、ほーんと俺達馬鹿だよな。

同じことばかり悩んで、同じ事で喧嘩して。

でもさ、俺、言ったよな。

もう離さないって。」


「……。」


「別れた方がいい?って思ってもさ、絶対無理。」


「え?」


「辛いなぁ、俺、こんな気持ちで今晩眠るのかな。」


「わ……私がそばにいる!」


「え?」


「今日も泊まって行く!」


「雪夏……。

俺、お前のそういう所、めっちゃ好き。」


「え?」


「俺が落ち込んだり辛かったり苦しい時、そうやってそばにいて、支えようとしてくれたよな。」


「……。」


「雪夏。」


「ん?」


「ありがとう……。」


「拓哉……。」


止まったはずの涙が溢れる。

拓哉は私を抱きしめて、何も言わない。





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