第3章 第9話

専務が余計な事を言い出すものだから、桝本さんが私の指導係になってしまった。

専務が来た翌日、店長が桝本さんに指導係をお願いすると、桝本さんは口をとがらせて、そのまま店長と口をきかなくなったようで……。


「何でアンタに教えないといけないんだよ。

勝手に見て、勝手に覚えろ。」


そう桝本さんに言われてしまった。

ここで言い返してはいけない。

そう思いつつ、我慢させられるのも違う。


「御客様の来る場所でそういう言い方しない方がいい。」


「はぁ?」


「あと、私はアンタじゃないの。

ちゃんと名前がある。」


「うるさいな、ブス。」


「そういう言い方するなって言ってるのが分からないんだ。

ほーんと、下らない。」


「ちょっと、いちいちうるさいって。

帰れ!」


「帰りません!

貴女の今日の仕事は私に教える事なのよ?

それが出来ないなら、ちゃんと店長に出来ないって言えばいい。」


「うるさいうるさい!

もう帰る!」


桝本さんが店の奥へ向かった。

それからしばらくしても戻らない。

帰ってしまったのかも。


「いらっしゃいませ!」


御客様が来た……と思ったら、桝本さんだった。

隣に女性がいる。


「貴女が小豆沢さん?」


「はい。」


「私、桝本の母です。」


「あっ、お母様なんですね。

お世話になっております。」


「お世話になんて、なってないでしょう?

今日だって、教える事を放棄したじゃない?」


「まぁ……そうなんですけど。」


私もハッキリ言ったけど、このお母様もハッキリしている……。


「貴女がハッキリ言ったからって、娘は激怒しているわ。

でも気になさらないで。」


「え?」


「牛島君が貴女と仲が良いから腹が立ったみたい。」


「仲が良いと言うより、彼は誰にでも親切にしているだけなんですけど……。」


「そうでしょうね。

ちょっとうちの子、普通の子と違う捉え方するようで……。

御迷惑でしたら辞めさせてかまいません。」


「それは私に権限はありません。」


辞めさせられるなら、辞めさせたいと思った。

でもそれは私には決められない。


「そうね、ごめんなさい。」


「……。」


「娘は働き続けたいみたいなの。」


「……。」


私は何を言ったら良いか分からない。


「桝本さん、奥で話しましょうか。」


店長が桝本さんとお母様を店の奥に連れて行った。


「小豆沢さん。

気にしなくていいですよ。

辛い役をさせてしまい、すみませんでした。」


知らぬ間にそばにいた専務に謝られた。

専務の言葉を聞いて、涙が出た。



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