第1章 第10話

佐藤先輩の家に着く。


「お邪魔しまーす。」


「どうぞ。」


何回も来ているから、佐藤先輩の部屋の場所は分かる。

そして……部屋に恐る恐る入ってみる。

私はすぐに違和感に気付いた。

いつも目に入った受験絡みの本が一冊も置かれていない。


「うわぁっ!」


「ほら、早く飲め。」


佐藤先輩が私の首に冷たいペットボトルを付けたから、ビックリした。

いっつもやられる。

でも佐藤先輩は凄く嬉しそうに私を見ているから、怒れなくなる。

ペットボトルを受け取って、蓋を開けながら、たまたま机の下を見た。


「あれ、何か落ちてる。」


机の下に落ちていた紙を拾った。

『不合格』の文字が目に入った。


「それ、ゴミだから。」


佐藤先輩に紙を奪い取られた。

その紙はビリビリに破られて、ゴミ箱へ。


「先輩……。」


「早く林檎水飲めよ。

それとも口移しがいいの?」


「自分で飲む。」


見てしまった文字が目に焼き付いて消えない。

でも、聞けるような雰囲気じゃない。

とりあえず、水分補給しよう……。


「ちょ……、今、飲んでる……。」


飲んでる最中に佐藤先輩は私を後ろから抱きしめた。

いつもはもっと優しく抱きしめてくれるのに……。


「痛いよ……。」


「あっ、ごめん。」


佐藤先輩の腕の力が少し抜けた。

これが、いつもの優しい……じゃない。

何か違う。


「先輩?」


「しばらく、このままでいさせて。」


抱きしめられてるのに、泣きそうになる。

無言の時間が続くなら、聞いてしまおうか。

でも聞いたら聞いたで、雰囲気悪くなる。

何も出来ない。

ここにいるしか出来ない。

ほんの数分だったのに、何時間も経った気がした。


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