意外とサボりというのは許容されるのか、と俺は思った。


『学校でのお話について補足なんですけど……電話良いですか?』


 という前置きを、まあアドバイスであればと受けて。その通話の中で伝えられた半分は、常識の再確認であった。

 もう半分は、俺たちにとって常識として根付いていない様な事。


 ──いざ告白と言う時、その人を呼んだら双子が一緒……っていうのは、まあ良いやって思います。百歩譲ってですよ? 


 ──普通、いくら双子だと知ってても、二人揃って告白の場に来られたら困ります。譲歩して納得できるのは、私がお友達だからです。


 その中でも念を押されたのは、そんな事。もし同行するにしても、少し離れた所で待ってあげてくださいと、俺を名指しで言われた。

 他にも、YESとNOで済む様な話は滅多に無いと。YESにも込められた意味で何通りもあるし、NOも同様だと。

 断るにしても、友達としての付き合いをするか、あるいは断るだけして名前も覚えず話を終わらせるか、という断り方がある。勿論この二択だけとは限らない。


「うん。ありがとう」


「判断に困る様な事があったら、何時でも連絡してくださいね。……相手の目の前で連絡するのはダメですよ?」


「わかってる。ありがと」


「はい、お願いしますよ。……おやすみなさい」





 長々と続いたオンライン講義が終わって、ふうとため息。

 授業より退屈という感じはしなかったが、妙な疲れがある。


 通話を終了してしばらくして、ディスプレイが暗転するのを見送ってから……明の顔を見る。

 あれは纏まった思考をしていない、つまり何も考えていないような表情だ。


「実感でも湧いたか」


「実感かなぁ」


 事が事だから共感は難しいが、こっちもこっちで何とも言えない気分ではあるのだ。


 相手が何時かかってくるのかが分かれば、こっちもやりようはある。

 けど、それを知る術が無い。そういうのはマスコミのアイツがやる事だ。



「……なんというか、俺も微妙な気分ではある」


「寝取り?」


 もっと微妙な気分になるから止めろ。


「それに今のところは浮気程度だろう」


「浮気?」


「いや誰も付き合ってないが」


「自分で言ったんでしょ」


 むうん。


 とにかく、この事で議論したって仕方ない。

 ニマニマと笑われてしまったが、微妙な空気を変えられたとでも思っておこう。



 ・

 ・

 ・



 先日、印刷を済ませた時点で俺たちの仕事は終わっている。

 手が空いたからと、新たな仕事を振られるような事は無かった。


 これがバイトであれば、大体マスターから振られるのが会話だ。休憩時間と言わんばかりに、雑談がおもむろに始まるのだ。

 本来なら空いた時間は皿洗いといった雑用が任せられる筈だが、そっちはマスターが全部やってしまう。


「……何か手伝うか」


「そうだねぇ」


 仕事が欲しいという訳じゃないが、何もしないというのは違う気がする。この時間は作業用の時間であって、休憩時間では無いのだ。

 ……そうだな、看板の絵がどうなってるか見ておこう。俺らの担当と関係の無い仕事ではない。


 傍まで寄って確認する。当日の組み立ての為、それまで四つに分割して保管される事になるが、製作途中の今は一枚のまま作業されている。


「……え、えっと。どうした?」


 その男子が顔を上げてこっちを見た。告白してくるかもしれないと懸念している、件の男子だ。

 仕事の話ならば大丈夫だろう、と思ったが。


「気にしないで良い」


「お、おお。そっか」


 彼の目線は明の方へ。

 話は俺に任せるというスタンスで、一方後ろに立っていたのだが……。仕方なくと明が口を開いた。


「印刷した背景に何かあったら言ってね」


「わかった。うん、ありがとう。……うん」


 ……嬉しそうに見えたのは、やはり気のせいではないのだろう。

 人の事に対しては鈍感だと自覚している。勘違いなのかもしれないが……。




「さて、どうしようか」


「どうしようかな」


 男子に対する対応の話……では無くて、未だに俺たち二人の手が空いてしまっている状況に、俺たちは立ち尽くしていた。


 しばらく教室の様子を見ていたが、作業は順調だ。このペースから見ても、多少の余裕をもって完成する筈。

 そこに俺たちが混ざっても余剰戦力になるか、あるいは足を引っ張るだけか。


「単純労働になる所があったら、混ざってもいいかもしれないが」


「無いんだよねぇ……」


 簡単な作りの装飾は、既に必要分が完成している。

 完成させた彼らは、俺たちに無い柔軟な立ち回りで他のグループに混ざっている。真似なんか出来ない。


 部屋を見渡して色々考えてはみたが、良い案は浮かばない。


 ここまで考えて何も浮かばないのであれば、仕方無い。

 一応の纏め役である1人に声を掛ける。文化祭実行委員という奴だ。


「ねえ、印刷まで終わって、仕事無くなっちゃったんだけど」


「え? あー……分かった。けど人手が足りない所って無いんだよな」


 らしい。

 やはり俺たちの見解と同じだ。


 と思ったが、何かを思いついたのか、思考の為に伏せていた目線を「ああ」とまた上げた。


「ねえ宮野さん、マスコミ部に出す原稿って出来てる?」


「原稿? 出来てるけど」


 クラスメイトの一人が言って、机の中にしまっていた二枚を取り出す。原稿用紙では無いが、ノートの切り取られた一枚にびっしり文字が詰まっている。


「あれ? 原稿用紙は……」


「たった400文字分の紙二枚で足りる訳無いでしょ」


「ええ……」


「足りなかったらノートでも良いって言われてたから、問題無いよ。ほら」


「まあ、ありがとう……。という事で、これ届けてくれる? 確かマスコミ部員と面識があったんだよね」


 あると言えば、ある。

 最近は双子という話題も冷めて、連絡を取る機会も無くなったが、連絡先はまだ残っている。


 頷いてみせれば、A4紙二枚を手渡された。


「じゃあ、二人ともお願いね」


「分かった」


「それと、届けたらサボっちゃって良いから」


「え?」


 サボって良いとは、少しは責任を持つ筈の実行委員の台詞ではない様に思えるんだが。


「どういう……いや、そもそも」


「大丈夫。目に付かない所なら誰も気にしないし」


「はあ……」


 ニヤニヤと、何が面白いのか口角が上がっている。

 そんな表情の変化から何か読み取れるわけでも無く、まあそう人なのだろうと、紙を持って部屋を出て行くことにした。





 ・

 ・

 ・




「……紙二枚届けるのに二人も居る?」


「あの二人を別行動させるなんてとんでもない!」


「ああ、そう言えば見守り派だったね……」


「そう。しかも最近、雲行きが怪しいからね……」


 実行委員が部屋を見渡す。

 一見、手を持て余してる人は居ない様に見えるが、その実グループに紛れ込んでいるだけで何もしていない人が殆ど。

 今更クラス内に暇人が増えても、誰も気にしなかっただろう。


 だと言うのに、わざわざ目立たない様にサボれと伝えた理由……。それは、あの男にある。

 瞼を細め目線を留めた先は、最近怪しい動きを見せる男だ。


「雲行き?」


「明さんと彼を……二人っきりにさせる訳には行かない」


「させたらどうなるの?」


「僕が爆発する」


「何言ってるのかしら」


 文化祭実行委員。彼は、NTRを見てしてしまうと爆発してしまう類の男であった。

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