持つべきは友人と言うのは本当だな、と私は思った。


 そんなバカな。


 なんて一度は思ったけれど、まあ事実であるなら事実なんだろうと受け入れる。諦めの良さには自信がある。


 私に興味を持つなんて理解できない……等と考えようが、そもそも私たちは人を理解できる人種じゃないのだ。諦めの境地。悟りの境地。ここに至るまで約16年。二人分なので32年分。


 とにかく、あの男子に関しては相手の動きを待とう。という事になった。

 実はこっちの誤解だったとして、恋煩いでもなんでもなかった……と言う場合だったら、余計な労力を割いた事になってしまう。

 それに、今は他人の恋煩いなんかよりも、文化祭の仕事が大事だ。


「先生。印刷の準備が出来ました」


「お、やっと決定したんですね! 見せてもらっても良いですか?」


「どうぞ」


 あれから少し経って、印刷する画像が決定した。

 予め担任の先生から印刷の許可を貰っていたから、その日の内に印刷する事にした。


「ええと、一枚の看板で6枚の印刷で、計30枚……」


 サイズも枚数も大きいこれは時間が掛かりそうだ。


 付き添ってくれた先生との一方的な受け答えをしつつ、プリンターを見守っている。やっぱり、とても時間が掛かる。

 ぼんやりと待っていると、部屋の入り口から扉が開かれる音がした。


「失礼しまーす!」


「おや、木下先生。貴方も印刷に来ていましたか」


 二人分。見覚えのある友人と、見覚えのある先生だ。私たちと同じように印刷に来ているのだろうが……。


「それでは、私がそちらの印刷も見ていましょうか?」


「おお、助かります! 鳴海さんも大丈夫ですね? 私は職員室に一旦戻るので、では」


「はい! 有難うございます!」


 様子見の先生は二人も要らないらしい。そりゃそうだ。

 引き継がれた先生と他三人が残って、部屋の扉が閉まった。暫しの無言の後、友人の方がこっちに振り返った。


「こうやってお話しするのって、なんか久しぶりですね!」


「そうだな、久しぶりだ」


「普段からメッセージ送ってくれてるから、そんなに久しぶりな感じはしないな」


 一応、友人関係であるという認識だけれど、最近はメッセンジャーでしか話さない状態だ。その内容も、もっぱら姉妹仲の近況報告。プラスアルファでゲームの話も。

 あれ以来、彼女の自宅まで行ってゲームをする。なんて友達みたいな事をする機会も無かった。


 緊張でもしていたのか、先生がほっと一息。何かを察した鳴海妹が苦笑する。


「……そういえば」


 友人と言えば、私たちにも聞く聞けない質問が一つあったのだ。それも友達にしか言えない様な事。

 先生相手では勉強以外の事は聞きづらい。ママに聞くにもマジメな答えは期待できない。私たちの狭い交友関係では、話を聞ける相手があまり居ないのだ。


 そこで唯一の友人、鳴海さんだ。


「ちょっと聞きたいことがあって」


「相談ですか。良いですよ、なんでも聞いてください」


 ガリガリと音を立てながら印刷を続けるプリンターを横目に、正面から向き合う。横では先生が無言で佇んでいるが、まあ先生であれば聞かれても大丈夫だろう。


「後腐れなく人を振る方法ってある?」


「うーん???」


「どうも明に気がある人が居る様なんだが」


「ええ……なんか一発目からボディブローが来ました……」


 芳しくない反応。結構期待していたけど、鳴海も心当たりはあんまり無いのかも。

 私たちと同じくらい若けりゃ、そりゃ同じくらい経験も浅いわけで。


 うんうんと鳴海が唸って、整理が付いたのか再び口を開く。


「それじゃあ、答えるにも一概には言えないので、一個質問させてください。明さんって好きな人は居るんですか?」


「いや」


「ですよね。じゃあ、明さんに興味があるっていうお相手さんは、どんな人ですか?」


「同じクラスの人」


「ええ」


「……」


「……」


 ……無言。これ以上の答えは無いのに、答えの続きを待つ鳴海。それに気付いて、言葉を補完する。


「以上です」


「ええ……?」


「あ、男子だよ。一応」


「そりゃ男子でしょうねえ! ……え、明一さんも分からない?」


 私に分からんなら明一にも分からんでしょ。何を当然な事を。

 意図せずもそんな視線になってしまって、彼女が更に頭を抱える。呆れている気もする。


「じゃあ~……じゃあ、なんで断りたいのか。その理由を聞いてもいいですか?」


「理由……」


 そう改めて言われると、直ぐには出て来ない。……という事も無く、少し考えれば正当な理由が幾らでも出てくる。


「興味が無い、魅力を感じない、相手を知らない。あと……」


「面倒くさい、人がそもそも苦手、付き合えば寧ろ失望させる」


「そうそれ」


 言葉に詰まって、明一がその次を語ってくれた。


「なんで明一さんが……コホン。なるほど、その言葉のままに断れば、確かにハートはボッキボキですね……」


 プリンターから絵が一枚、はらりと床に落ちて、そのまま次の印刷を続行する。


 やっぱり。もし素直に断るなら多少の後腐れはあるだろうなあ、と考えていたけど、彼女としてはボッキボキと断言する程らしい。

 なるほど、ボッキボキ。


「ふむむ。恋愛相談……。如何にも責任重大そうなお題なんですよね……。まあお相手さんの失恋は確定ですけど」


「まあ」


 そう考えるとちょっと残酷かもしれないけど、少しでもダメージを和らげてあげる為の恋愛相談だ。本当にボッキボキにする必要は無いから。


「あ、因みに二人的にはアイデアとかあるんですか?」


「あるにはある」


「かぐや姫プラン」


「へ?」


「え?」


 ……聞き取れない様な滑舌だっただろうか。再びハッキリと単語を繰り返す。


「かぐや姫プラン」


「えぇ……? あの、ちょっと独創的すぎる言葉が二度聞こえてきましたけど」


「そうか?」


「そうです間違いありません。一種の月面旅行プランかと思いましたよ、かぐや姫プランなんて。」


「そうか……」


 確かにいきなりかぐや姫プランなんて言われても困るか。

 説明不足に対して軽く謝ってから、プランに関する詳しい話をする。告白が実際に行われるとき、難題を振って相手が納得する形で諦めて貰う。という物だ。


「あー、なるほど」


 ふっと目線を逸らされる。

 プランについてなにかアドバイスを貰えるのかと思っていたけど、違うっぽい。


「えっと?」


「あのですね。よくよく考えたら恋愛経験なんて皆無なので、良く分からないんですよね。なので、これから言う事が正しいのか分からないんですが」


「うん」


「もっとシンプルなやり方無いですかね?」


 いや知らんけど。

 首を傾げる。これ以外に思いつくものはあるが、これ以上に良い案とは思えない。

 明一の方も、何も思いつかなかった。


「うーん……。明さんが偽装で誰かと付き合う……てのは流石に恋愛マンガに毒されすぎてますかね」


「あー」


 それは思いつかなかった。妙案では、と思ったけど、鳴海としてはダメらしい。


「ううん……。思いつかないです。実際にお相手さんを見ればピンと来るかもしれないですかね」


「それはそれで有難いんだが」


「そうだ、告白されたら電話して良い?」


「ええ、もち……待ってください、お相手さんの目の前で掛けるつもりです?」


 頷く。

 そしたら、いかなり鳴海がウガーと唸りだした。何事。


「フー……。明一さんの方が付き添うのは兎も角、私はノーです。ノー」


「そうか」


 そういうものらしい。


「そもそも二対一って時点でイレギュラーなんですから……。告白に双子同伴が百歩譲って良いとして……それでも拷問ですよ。拷問でしょ」


「そうなの?」


 という風に返した私に何か思う所があるのか、目の焦点が虚空に向かって薄く長い溜息が吐かれる。


 またなんかやっちゃった? と明一に目配せ。

 またやったんだろうな。と帰ってくる目線。


 また一枚、プリンターから印刷されたものが落ちる。


「とりあえず、今は保留で良いですか? 私の方で案があったら、連絡するので」


「うん、ありがと」


 話は切り上げられて、三人の目線はプリンターの方へ向く。


「因みに後何枚あるんですか?」


「17」


「……相談との引き換えです。次の一枚で中断して私と交代してください」

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