とんだ物好きも居るんだな、と俺は思った。

 双子としての生活を、結構な日数重ねたと思う。

 夏の暑さが残る8月の終わりから、気付けば年末やクリスマスを意識する時期にまで来てしまった。


「そろそろ文化祭だなぁ」


 そうぼやいたのは、俺達の内の一方でも両方でもなく、空の店内を眺めるマスターさんだった。

 文化祭。年末の寸前に執り行われるこれだが、実は既に準備が佳境に入っている頃だ。


「あんたのクラスは何やるんだ?」


「顔出しパネルですね」


「顔出し……ああ、アレか!」


「はい、アレです」


 企画としては、様々な背景やキャラクターが描かれた看板に顔を嵌めてもらって、色々撮ってもらうという物。

 その為の看板に描く背景は、インターネット上のフリー素材から仕入れる予定であり、その素材探しと印刷の役目は俺達が担っている。


「……と言う感じです」


 概要をマスターさんに説明すると、へえと頷いてくれた。


「なるほどねえ。やっぱり他のクラスだと、メイドカフェとかあんのか?」


「あると思います。クラスは知りませんが」


「だろうね」


 文化祭の定番、ある種の憧れでもあるこの出し物は、学校中で3重以上もネタ被りするほど人気がある。

 ネタ被りした時は、どちらかが諦めて企画を変えるか、あるいは合同で執り行うという方針だ。

 けれど制約が多いのか合同で行うという例が少ない。今年もまたメイドカフェ争奪戦があったと、クラスの噂で聞いた。


「ま、問題無いなら別に良いんだぜ。帰宅部だから、部の展示で用意する物とか無いだろ?」


 勿論、帰宅部としての出し物は無い。その分の時間でバイトをするのも、家でゲームをするのも自由だったろう。

 しかし……。


「……いえ、放課後に用事ができるかもしれません。それに備えてシフトを控える必要が」


「おう?」


「帰宅部は雑用があるんです。先生に当分の予定を聞いてみたんですが、分からない様で……」


 雑用は雑用。例年やる事は似通っているとは言え、それを何時やるかはその時に見定めるから、結局未定になってしまう。……帰宅部、もとい雑用班のまとめ役である先生がそう言っていた。


「おー、大変だなそりゃ。おっし分かった、雑用とは言え学業優先だ。勿論シフトは空けとくぜ」


「助かります」


 話に区切りがついた頃に、店の扉から人の気配がした。お客が来れば、お喋りは無しだ。

 代わりによろしく、とテーブル席の接客担当である明に目配せする。やる事の分からない雑用よりかは、こっちの仕事の方が楽な気がする。



 ・

 ・

 ・



 文化祭の開催時期がハロウィンとクリスマスの間に予定されている。が、催し物を企画して準備する側の生徒からしてみれば、その文化祭というイベントは既に始まっている様な物だ。


「ベニヤ板ってこれで足りるかな」

「計算ではこれで十分だと思うけど……壊れた時に備えて追加の頼んでおく?」

「やっぱりこういうのって教室じゃなくて外に設置して……」

「風に考慮して頑丈なのを作れって先生が……」


 これぐらいの時期になってくると、普段授業をしている時間が文化祭の為の準備期間に充てられる。

 普通の生徒であれば、勉強をしなくても良い時間と言うのは喜ばしいのだろう。


「喧騒……」「騒々しい……」


 俺にとってはあんまり喜ばしくない。

 皆に割り当てられた仕事を全うしていると言うのは理解しているし、その全員が教室に纏まって作業しているから、声が交じりに交じって耳を塞ぎたくなる。


 マスターと話している時にも言及したが、俺達二人の仕事は、背景に使う画像を探す事。キャラクターだけ手書きという話になっているが、恐らく労力の削減の為だろう。


「まあ……互いの会話が聞こえなくなる程の喧騒じゃないな。携帯で何か探すか?」


「印刷の方法も確認しておきたいな。大型のプリンターとか今まで使ったことないから」


「それは担任に聞く必要があるな。あとは……」


 携帯でフリー素材サイトを巡りつつ話し合う。仕事は面倒だが、無難にこなさなければもっと面倒な事になる。

 どんなキャラクターを描くのかまだ知らないし、絵柄に合わせて背景も考えないといけない。適切なものが見つからなければ、画像を加工する必要も……。




「あ、明さん! ちょっと良い?」


 教室の隅で話していると、クラスメイトの男子が話しかけて来た。彼について知っている事はあまり無いが、精々が陽キャという括りに当てはまる人だ、という程度。

 たまたま近かったのか、呼ばれた名前は俺ではなく明の方だった。


「背景の話なんだけどさ。どう? 調子良さそう?」


「背景? ん……目星を付けてる画像はあるけど、決めてない。キャラクターの雰囲気に合わせて選ぼうかと思ったけど」


 よく考えると、有望な画像をあらかじめ送り付けておいた方が、事がスムーズに進みそうだ。

 キャラクターの方から合わせて行っても良い筈だ。


「じゃあ、候補のURLだけ教える」


「お! じゃあ連絡先の交換しようよ」


「エアドロップで良いよ」


「……え、ドロップ?」


 携帯の機種にもよるが、連絡先の交換を行わずともデータの送受信ができる機能がある。

 俺たち二人で試した事もあったが、写真等の共有をする分には手間が少なく済む機能だ。


「……はい、送信完了」


「お、本当だ。こんな機能が……。も、物知りだね?」


「うん。そっちでこれが良いっていうのが見つかったら、教えて。印刷まではやるから」


「わか……そ、それじゃあ連絡先!」


 ……なぜそこまで連絡先に拘るのだろうか。

 登録するのは良いのだが、そう言うのはあまり気が進まないのだ。


「学校外で文化祭の仕事する気無いんだけど……」


「えっ」


「毎日学校で会えるんだし、連絡はその時で良いよね?」


「お、おお……」




 ……それにしても、あの男子。挙動不審とまでは言わないが、傍から見ていると少しばかり妙に見える。

 彼と話していた明が俺の方に振り返って、愛想笑いを解く。今度は困ったような表情になった。


「あれ、なんだったんだろう」


「さあ」


 何を懸念していたのか、明の顔を注目しては直ぐに目線を逸らし、今度は俺の顔……を繰り返していた。ああまであからさまだと、人を気にしない俺でも気になる。


「……人の顔色を窺っている、って感じだった気もするが」


「まあ、確かに時間外労働させる側も申し訳ないのかな」


「あー、そうか?」


「きっとそうだよ」


 そうかもしれないが……。それとは少し違う気がする。


「……ふむん?」



 ・

 ・

 ・



 担任と俺たち三人で大型プリンターのある部屋へと向かって、使い方を学び、序に今後の行動指針に付いて話してから戻って来た。

 ただ、今はカラー印刷が出来ず、先生の許可を貰えるまで待たなければ行けない。

 まあ、期限に間に合いさえすれば問題は無い。


 ただ、個人的な問題が……。



「やっぱ諦めろって。あの双子に挟まるなんて正気の沙汰じゃない」


「いや、オレは愛に生きる男……。それに明一だってわかってくれる筈だ!」


「そうじゃなくって! 見守る派の目がヤバいんだって!」



 ……そういう類の、個人的な問題を俺達は抱えている。


 計らずとも教室の前で盗み聞きしてしまったのは、半開きの扉から漏れ聞こえた「双子」というキーワードに反応したからだ。無意識に足を止めて、扉を開くのにも躊躇ってしまった。


 見守る派とは一体何なのか……は兎も角。

 明が男子に話しかけられていた時の違和感の正体、それが判明してしまい、俺は頭から意識が抜け落ちるかと思う程の眩暈を錯覚した。


 つまりアレか。


「恋愛感情か」


 しかも、よりにもよって明が相手。


 理解しても、しきれない。なにせ明が相手だ。転じて俺が相手だと言っても差し支えない。

 とまで考えて、普通そんな考え方はしないと気付く。明はそれなりなの女子という風に映っていても、それは一般的にあり得る話……いや、普通の事なのだ。

 なんせ、明は俺とは違って笑顔が上手なのだから。



「……面倒だ」


 ああ、何故ここに明が居ないんだ。……いや、ただ普通にトイレが理由なのだが。

 ため息を一つ吐いてから、俺は漸く教室の中へ入る。俺が盗み聞きしていた事には気付いていない様子だった。




 頭の中で思考が回るのを感じながら、教室の隅で腰を下ろす。


 人と関わるのにはカロリーが要る。自ら決断して行動するのもカロリーが要る。

 今回の場合、そのどちらもが必要とされているが……。むしろ、二人分の消費カロリーとしては丁度良いのかもしれない。


 ……と、明が戻ってくるまでの時間を使って、軽く現実逃避。

 しばらくそうしていると、俺の隣に慣れた気配を感じた。


「戻って来たよ」


「戻ってたのか」


 気付かなかった……。軽い現実逃避のつもりが、割と深くまで浸かっていたかもしれない。

 俺の只ならぬ雰囲気を感じてか、また面倒事かと悟ったような顔が見えた。


「今度はどうしたの?」


 気付けば、片思いだの見守り派だのと騒いでいたグループは沈黙していた。明が戻ってきたからだろうか。

 目敏いなと半ば感心しつつも、どう説明した物かと頭を悩ませる。


「片思いされてるぞ」


 一秒だけ頭を悩ませた。この程度で悩んでも仕方ない。もっと悩むべき問題がある。

 誰かに聞かれない様、小声での……つまりは内緒話。口を耳に近づけて明かすと、それで明は三秒も思考停止した。


「……は?」


 まあ、そうなっても仕方ない。俺なんて幽体離脱するかと思う程、気が遠のいてしまったのだ。


「え、私が?」


「明が」


「罰ゲームとかじゃなくて」


「俺が見てる限りじゃ、無いな」


「……」


 絶句。

 恋愛とは無縁だと思っていた俺たちだ。

 初恋の乙女……という言葉が当て嵌まる状況ではないが、どういう反応が正解なのか。二人分の頭で考えても分からない。


「……因みに誰?」


「あのグループ。真ん中の男子」


「あー」


 視線を向ける。

 俺たちがこうやって話している間も意識を向けていたのだろう。視線に気づいた男子が目を見開いて、あさっての方を向いた。


「乙女、って言葉があるけどさ」


「ああ」


「なんでそれの男バージョンが無いんだろうって」


「現実逃避しないでくれ」


「だってさあ」


 達観しているつもりではないが、思春期の学生は面倒くさい。思春期の恋愛ともなれば、もっと面倒くさい。

 思考放棄して逃れられる問題じゃないのだ。「ごめんなさい」、「付き合えません」、「興味ありません」。そう言って振るのは簡単だが、その後に待っているのは更なる面倒事だ。高い確率で問題がエスカレートするだろう。


 無策のまま断って、失恋なんてさせようものなら、思春期男子はすぐさま暴走を始める……かもしれない。あくまで可能性なのだが、ひと手間加えるだけでその可能性が無くなるのであれば、しっかり考えるべきだ。


「……かぐや姫を参考にするのはどうだ。要求する基準を理不尽に高くして、諦めてもらう」


「難題? ……万が一にも成功しない方法なんてあるの?」


 かぐや姫の難題。その話では、姫に求婚した多く男に課した課題だとされている。当のかぐや姫は、相手の選定を目的に行っていたのか、あるいは直接的ではない方法で断る為だったのか……それは定かではない。

 しかし少なくとも、俺たちは後者の目的で、似た様な事をするつもりだ。


「いや、あー、なるほど。明一は良いんだね?」


「俺が言い出しっぺだ。勿論」


「それはそうなんだけどね」


 考えが共有できた様で結構。

 こんな事で頭を悩ませていたら、安心して夜も眠れなかっただろう。今は放置して良いという方針で決まったお陰で、随分とスッキリした。



「……まぁ、勝手に諦めたり、他の人に目移りしてくれれば、それで万々歳なんだけどね」


 そうするよう仕向ける選択肢もあったかもしれないが、生憎、そんな事が出来る策略家なぞ知り合いの中には居ないのだ。

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