文化祭が楽しみでも不安でもあるとは妙だ、と私は思った。

「はいはい、どうぞ入ってください」


「お邪魔します」


 まるで他所の家にでも上がっているかの様なやり取りだが、ここは校舎内。

 預かった原稿についてメッセージで連絡、この場所へ来てください、と案内されたのだけど。……ここは部室、なのかな? 

 という事は、あのノートパソコンや印刷機は部活動の道具なのだろう。ペンや紙、作図道具があったり……という先入観とは全然違った。


「……あ、っと。原稿、これなんだけど」


「はい預かりました。簡単に確認するので、待ってくださいね」


 待機とな。渡して終わりでは無いらしい。

 別に急ぐ事も無いから良いけれど、この部屋の物珍しさについつい左から右へと観察してしまう。


「こういう部屋は慣れないですか?」


「んまあ……」


「こんな所に入る機会なんて、部活動以外じゃめっきりですからね。よく分かります」


 目線を紙の上に滑らせつつ、話を繰り広げる立山記者。私達の好奇心に同感してくれて、何か返す言葉はと、この部屋を見た感想が出てくる。


「オフィスみたい」


「何せ広報メディア部ですからねえ。言うなれば編集部のオフィスでしょうか」


 編集部……聞いた事はある。漫画家や小説家を志す者にとって、仇にも味方にもなると言われていた。……気がする。なんか違うような。


「なんか妙な勘違いしてませんかね? 別に良いですけど……。はい、原稿はとりあえず確認しました。所で玉川さん達の出し物は順調ですか?」


「クラスの? まあ、それなりに。もうすぐ仕上がりだから仕事が減ってきた」


「そうですか。つつがなく終わらせられた様で良かったです」


 ……これがいわゆる世間話と言う奴かな。私達にそんな事を実現させるとは、流石のマスコミ部だ。私達の口を軽くさせる能力でもあるのかもしれない。


「マスコミ部は忙しく無いのか」


「校内の出し物全てを纏めた記事を出すので、楽では無いですねえ。原稿は各々書いてくれるのが幸いです。あと、ここは広報メディア部です」


「へえ」


 にしては、閑散としている。

 立山記者は椅子に座って、PCのフォルダを開いたり閉じたりを繰り返しているだけだし。


「そういえば……他に人は居ないの?」


「居ませんよ。と言うか、そもそも今はクラスの出し物の為の時間ですから」


「そっか、ならここに居ても?」


「はい?」


 虚を突かれたようなすっとんきょんな声が返ってきた。

 三人居座るだけの広さはある。暖房もあるから腰を落ち着けるには良い場所だ。二人っきりが一番楽だけれど、三人目が立山記者だったらまあ気が楽だ。廊下の人気が少ないのも良い。


「出し物も完成して、暇を持て余してるんだ」


「あー」


 クラスに戻っても時間を持て余す。熱心に作業している傍らで遊んでいる気にもなれない。

 それに纏め役である筈の実行委員が言った事だ。私ら二人が居なくても当然の様に仕事は回る。


「別に良いですが……またクラスメイトが厄介になってたりとか、そういう理由は無いんですね?」


「無いよ」


「なら良かったです。一度は約束した事ですからね」


 約束? そんな事あったかな、と以前までの記憶を掘り返す。しかし約束という程の何かをした時の事は思い出せない。

 私の知らない内になにか約束事でもしたのかと明一の方を見ても、首を傾げられた。覚えが無いらしい。


「約束なんかしたっけ?」


「ああ、あの時は契約とか取引とか言いましたね」


「あー」


 契約。そういえば一番最初にそんな風な事があった。記事のネタを提供して、見返りにクラスメイトの興味を薄れさせて、私達が楽に学校で過ごせるようにしてやると。

 平穏な学校生活は彼のお陰で成り立っているのか、と改めて実感する。感謝するべきだろうか。


「ありがとう。そういえば今までお礼言ってなかった気がする」


「別に要りませんよ。先輩達の長い鼻をへし折っただけで、私は大満足ですから」


 長い鼻……? 


「なんでか競争心が強いんですよ、これで満足してる私が言えた事でもないですが……ああ、こっちの話です」


 ふうん? なら良いや。




 思いついた様に時折カタカタカタと作業したと思えば、飽きたかのようにくたびれるを繰り返す立山記者。そして離れた所では、二人で固まって暇つぶし。

 キーボードの音と、携帯の通知音、私達のイヤホンから漏れる音の三つが長らく続いていた。が、とある一つの通知を受け取った立山記者が作業の手を止めた。


「……」


 長い間変化が無かったから、立山記者の様子に気付けたのはすぐだった。

 何だろう、と言葉も無しにじっと観察してみるが、一つ溜息をするだけだった。


「噂ですか」


「噂?」


 席を立って何処へ行くんだろうと考えていたせいでオウム返しになっちゃったけど。

 でも噂と聞いて思ったのは、記者としては美味しいネタになるんじゃ? という浅ましい考え。こうして嘆かわしげな雰囲気を纏っているのを見るに、違うのか。


「貴方達に関する噂です。何やら三角関係がどうの、と一部で盛り上がっている様ですよ」


「俺達の噂か」


「まるで学校のマドンナですね。たった一つの恋心で人々が盛り上がれるなんて」


「私が?」


「明が……? いたっ」


 明一がそういうとこで疑問符を浮かべるのは気に入らない。


「こういうのは記事にするにもデリケートですからねぇ……。そんな事気にしてたら記者やってませんけど」


「書くの?」


「書いて欲しいんですか?」


 書いて欲しくはないなあ。


「今の所、夏休み明けみたいな事にはなってないからな。そういう問題がない以上、要求する物がない」


「じゃあ軽く言及する程度で良いですかね」


 軽く? と聞いて驚く。立山記者の事だから、根掘り葉掘りと情報を集めて記事にするものかと。


「私の記事が大事の切っ掛けになっても困りますから。細々と噂になってる程度の物を無理やり盛り上げるのは、私の感覚では


「違う?」


「こればっかりは言語化が難しいですねえ。まあ便乗するスタンスが私に似合っている訳です」


 らしい。

 ならそこまで追求する事も無いだろう。追及する程の興味も無いけど。



「……文化祭、楽しみですか? 片思い云々の事情は耳にしますが」


 程々に、かな。学校を練り歩きながら、適当に楽しめれば良いと思ってる。

 出し物のスタッフとして身を置く時間帯も、一日一時間程度だし。


「楽しみではある。母も来る予定だし」


「あの癖が強い母親さんですね」


 アクのあるというか、なんというか。


「というか、知ってるんだ」


「あの体育祭で一度顔を合わせただけですが」


 それで十分。我らがママの性格を知るには10秒で事足りる。


「母親さんも居るなら、少なくとも二日間は厄介事を起こせないですねえ。……その日に限って、“彼”が行動に起こしたら気まずくなりません?」


 ……なるかもしれない。

 避けたい事だとは思う。そうなると事前に知っているなら、回避する様に行動するくらいには。


「流石のお二人さんも、告白を断ったら妙な雰囲気になるでしょうし」


「え、ならないけど」


「あ、ならないんですね」


 断った弾みで相手が自暴自棄になったり、絶望の中にでも居るような顔とかされたら困るけど。この学校のクラスメイトだし、という信用はある。この学校は治安が良い方だから。

 ママもママで理解してくれると思う。けれど肝心な所で変な事するから、こっちは信用しきれない。

 そう考えると一番危ないのはママかも。


「だったら……二日間学校から締め出せば万事解決だな」


「その手があったか」


「……誰を締め出すんです?」


「ママ」「母」


「止めたげてくださいよ」



 ・

 ・

 ・



 さて、と。ぶっ通しで遊んでいたから携帯のバッテリーも心もとない。かと思えば、時計も丁度良い時間を指している。


「そろそろ教室に戻る」


「はいはい。次合う時は文化祭の真っ最中ですかね」


 そうなるかな。いよいよ本番、と思うと祭りの前夜の様な気分になる。実際は数日を残しているけど。


「それでは」



 廊下に出れば、文化祭の飾りは仕上がっていた。ここに客を歩かせても違和感が無いくらいだ。


「文化祭だな……」


「アニメだと最終回になりがちだけど」


「俺達の戦いはこれからか」


 起伏の無い私達の生活がアニメになってもなあ。


 文化祭前日の雰囲気をそうして楽しめるのも今だけ。かと言ってわざと歩幅を短く取る必要も無い。賑やかな廊下をゆっくり進んで、教室に戻った。


「お、集まったな!」


「ん?」


 教室も何やら賑やかである。

 多分クラス全員は集まっているだろう、というくらいの人数は揃っている。


 円陣でも組むつもりなのか、あるいは演説でもするつもりなのか。一人が教壇に上がって拳を振り上げた。


「っしゃあ。完成を祝って、これから皆で前夜祭を──」


 ……前夜祭って、もしかして全員参加? このノリの中に混じるのはちょっと、付いていけないのだけど。

 それにこういうのって、予定を擦り合わせてからやる物なんじゃないのかと私らは思うけど。


「帰らせてくれるかな」


「放課後にやるみたいだし、良いんじゃないか?」


「えっ」


 という私達のやり取りが意外だったのか、横から誰かの声が聞こえた。横を見たら、例の男子だった。私に気があるらしいという男子。

 別に強制参加という事でも無いだろうし、なにも変ではないと思うけど。


「玉川さん……あ、ちょ」


「ごめんねぇ双子さん。用事があるなら帰っても大丈夫な奴だから! お前はフリーだろ。一緒に行こうぜ、なっ?」


「え、ええ?」


 唐突に彼の後ろから飛び掛かってきたもう一人が、捲し立てるように言い切った。

 突然どうしたんだろう。とは思う一方で、それを言ってくれて安心している所もある。全員参加が前提の所を抜け出して、何があったんだろうと心配させるのは望んでいない。


「良かった。じゃあさよなら」


「はーい気を付けてなー」


「あ、おう。じゃあ」


 ……明日すぐ、って訳じゃないけど。もう文化祭が始まるな……。

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