変わってしまったのだな、と俺は思った。

 なんか居る。

 ちっさくて、モフモフで、白いやつ。

 ファミレスで腹を満たしてからゲームセンターに戻ってきた所で、見覚えのある猫が居座っていた。


「……こんな人混みの中でも平然としているんだな」


「まあ猫だし」


「都会の猫ならこんなものか」


 見覚えがあるとは言ったけど、この前家の窓から見かけた猫とは別だろう。

 白猫は珍しいが、唯一無二というほどじゃない。それに距離だってある。ここまで何駅も乗って来た。


 道端に居たのに気づいただけだから、邪魔というほどじゃない。白猫の視線が妙に刺さるが、まあ無視できる。

 いきなり襲いかかってくる事もないはず。



「で、俺が遊ぶのはFPSだったな」


 体験会場、と言えるくらいには大きく間取りが取られた空間が設けられていた。精一杯動き回れそうだが、この場でギリギリバレーボールが出来るかどうか、というくらい。

 体験中の人同士がぶつからないよう、柵も設けられている。スタッフだって居る。


「ほー」


 順番待ちはあるが、行列というには短い。俺たちの前に待っている人が2人居る。


「それじゃあ」


「やってみましょうか」



 ・

 ・

 ・



 程なく順番が回ってきて、明と一度分かれる。

 偶然2人同時に体験を終えたから、同時に入場する形になった。だからといって、明とマルチプレイができると言うことにはならないが……。


 スタッフに案内されて、バレーボールのコート程の広さの空間に案内される。隅っこには俺が身に付けるのであろう機材が置かれていて、別のスタッフが手入れしていた。


「もしかして、あちらの方って彼女さんですか?」


「え?」


 あちらの方、と言って目線で指したのは俺の片割れ、明である。彼女も丁度同じ様に案内されている。

 間違っても彼女、恋人と言うような関係じゃないのだが……。


「いえ、双子です」


「へえ! これは失礼しました、双子だったのですねー!」


 これは話好き、と言うよりかは美容院の店員を連想するノリだ。手を動かす傍ら、口も絶やさず動かす人間。

 衛生管理の一環なのか、アルコール消毒をやっている様に見える。


「それでは失礼しますね。こちらのヘッドセットを装着させて頂きます」


「はい」


 装置を被される。少し位置がずれるな、と思ったら、店員の方が調整してくれた。加えてベルトの様なものも首に巻かれる。


「これは」


「全身の動作をVR空間内に投影する為のセンサーですね。脊髄の電気信号を読み取るとか」


 聞いたことがなかった。市販されているようなVR用の装置しか知らなかったが、世の中にはそういう装置もあるらしい。

 体格に合わせたキャリブレーションなのでと前置きされてから、指示を受けながら身体を動かす。


「何時か漫画みたいなフルダイブ系のVRも出るんですかねえ」


「そうですね」


「私、いつかヴァーチャルな世界で理想の男の子とイチャイチャするのが夢なんですよぉ」


「そうですか……」


 店員との会話は苦手だ。

 興味のない話題には、中身のない返事でしか返せない。



 ただ、そう引き出しが多いわけじゃなかった様で、一方的な会話がすぐ終わった。

 それから少しして設定が終わり、起動。


 視界いっぱいに世界が広がった。

 見下ろせば身体もある。といっても輪郭だけでだが。

 試しに体を動かすが、指先の細かい動きまで正確だ。歩くと歩ける。


「実際に歩いての移動は出来ますが、空間の広さは限られておりますので、左手の親指で操作してくださいねー。グッジョブのハンドサインで、そのまま親指を傾けてください」


「む、おお。おお」


 その通りにやってみると、動いた。すごい。


「視界の動きとは反対方向に、体が引っ張られる感覚はありますか?」


「えー、ありません」


「ありがとうございます。では酔ってしまう心配は無さそうですね。その場に立っての状態での体験と、VR空間で動き回って頂く体験がありますが、酔わない体質の方は後者をお勧めします。どうしますか?」


「動き回る方を」


「承知いたしましたー! それではゲームを起動致しますので、それからの案内はゲーム内の物を参考にしてください。勿論何かしらの問題があればお呼びください。ではでは」



 ・

 ・

 ・



 ────貴方は、放浪者だ。


 目的は無く、使命も無く、ただ放浪する者である。

 有るとすれば、それは生存本能。幸い、それを刺激する脅威は世界中にあった。


『背中の銃を手に取る』


『マガジンを交換する』


 目の前にガイドが出てきて、それをそのまま従う。

 銃の操作は何と無く分かる。変に未来的なデザインではあるが、共通している点は多い。

 今までやってきたFPSゲームの操作キャラがやっていた操作を思い出しながら、かちゃかちゃと動かす。


 しかし、世界が広がるとはこの事か。あたり一面がファンタジーな雰囲気満載の森で一杯だ。

 ゲームセンターの喧騒は、ヘッドセットで殆ど聞こえない。唯一の現実の感覚が肌から伝わる空気感だが、それが気にならないレベルの没入感だ。


「おー、おー。おー?」


「どうした、傭兵。作戦エリアにもうすぐ到着するぞ」


 無線のノイズ混じりに聞こえる声は、俺の事を傭兵と言った。どうやら俺はそういう立場らしい。


「大丈夫なのか? 素人を雇ってました、じゃあ俺の首が切られる。しっかりしてくれ。もう一度作戦内容を伝えるぞ」


「正門を突破し、片っ端から敵戦力を削りとれ。以上だ」


 ……それは作戦と言える程の物じゃないのだが。まあとりあえず、


「片っ端から撃てば良いか」



 ・

 ・

 ・



「敵襲! 奴め、一人でのこのこと来やがった!」


「警戒しろ、隠し玉を持っているかもしれんぞ」


 迫る銃撃が、遮蔽物の壁に跳ねる。砕けるコンクリートが視界の邪魔だ。


「ムーブ、ムーブ!」


 普通、こういう基地を1人で攻めるときはステルスで潜入してから各個撃破するものだと思うんだが、このゲームのスタイルは真逆をいく様だ。


 言わば、オレツエー無双的なスタイルだ。

 こうして隠れている間に、自身が持つ能力を確認。


 左耳を手で摘む。この動作をすると、視界が一変して透視モードになる。

 近未来的な技術による透視で、遮蔽に隠れたままでも敵の位置はわかる。


 状況や敵の分布は大体わかった。

 次に腰の左側の辺りから、武器を引き抜く。刀だ。


 近未来技術といえば、刀。まるでそれが常識で有るかの様に、俺は銃と刀を2つとも携行していた。


「……むう」


 気は乗らないが、やるか。


「な、お前……! ぐわーっ!」


 自分以外の全てが、遅く見える。

 スローモーション、一部ではバレットタイムとも呼ばられる能力で、FPSで一騎当千するのであれば、必須だ。


「アンドロイド……?! 速すぎる!」

「撃て、撃てぇ!」


 遠い距離を瞬間移動の様に跳ねるアクションもできる。ここまで無茶な動きをして気づいたのだが、どうやらこの身体は機械らしい。

 機械というには、冒頭の演出とも矛盾するが……。


 遮蔽から遮蔽へと瞬間移動を繰り返して、その先先で刀を振り回す。


 この一振りで、バサリと血飛沫が上がる。人体切断は叶わないが、敵はすぐに力尽きて倒れる。

 無双……と言うより、モンスター系のホラーゲームの敵方に回った気分に近い。


「もらっ、ぐはーっ!」

「ばけ、化け物!」

「撃て、撃たないと当たらないぞ!」


 こう、主人公の部隊が、突然現れたモンスターによって蹂躙されるシーン。

 それを思い出した。


「食らえ!」


 背後から声がして、ハンドガンで早打ち。

 ある程度のエイムアシストもあるのか、一発で顔面に当たった。勿論即死である。


「……」


 これで全員か? 


 ……ふむ。


「なんだか、つまらないな」


 ゲームをしておいて、虚しいと思ったのは初めてかもしれない。


 ……さて、依頼である基地の制圧は終わったはずだが。


「余裕の様だな、傭兵。そんなお前に吉報だ。援軍が接近している。これは爆撃機……いや、輸送機だ」


 無線の男が輸送機だと断定した直後、上空で何かが雲を引き裂いた。

 空を見上げているうちに、高速で落ちてくる物体を見つける。


「……コイツは」


 パラシュートも開かず、高速で目の前に落下してきた。

 爆撃機が落とすものであれば爆弾だったのだろうが、輸送機が落としたものであれば、きっとこれは荷物だろう。


「ほう。吉報が増えたか。おい、コイツはお前の同族だ」


 同族……。


「いや、お前にとっては凶報か? 良いか傭兵、任務を更新する。そいつを排除しろ」


 ……FPSジャンルなら、普通撃ったり撃たれたりするものだろう。

 落下物についていた扉が開いて、アンドロイドの様なモノが出てくる。

 敵であることには間違いない。俺と対面する相手が構えた獲物は……刀であった。これじゃあ、普通にチャンバラではないか。


「……排除する」


 俺の思っていたFPSと違う。

 そう思いながら、応じて刀を構えた。



 ・

 ・

 ・



「はい、お疲れ様でしたー」


「はぁ……」


「お疲れのご様子ですねー。サービスでお茶を提供していますので、宜しければお飲みください」


「ありがとうございます……」


 意外と本格的……というにはちょっと異質なチャンバラだった。

 刀同士の戦いだったが、スローモーションやら高速移動やらで、やっていることはファンタジーの異能バトルと似たり寄ったりだった。

 電磁波で周囲の物体を操るとか、サイバーパンク通り越してオカルトかファンタジーだと思う。


「宜しければ、製品版のサイバーファンタジーも是非ご検討ください!」


「え?」


 振り向くと、スタッフが広告用のポスターのような物の隣に立って、愛想を振りまいていた。


「……サイバーファンタジー」


 なんだこのネーミングは。B級映画でも一秒ぐらいは決定躊躇うぞ……。


「B級臭いね、なんか」


「と、明。なんだ、先に終わっていたのか」


「お帰り。FPSはどうだった?」


「銃よりも刀を握っている時間の方が多かったな」


「やっぱり」


 先に終わっていたのだし、外から俺の様子を見ていたのだろう。

 VRで、実体のない剣を振り回す俺。さぞシュールだったに違いない。


「そっちはどうだった? レースゲーム」


「んー。面白かったのかもしれないけど。たしかにスリリングで、三半規管を試されるアクションが満載だったし」


「そうか」


「でもつまんなかった」


「どっちだ……」


 いや、気持ちはわかるが。


「やっぱり物足りないんだよな」


「うん」


 俺たち双子は、どうやらシングルプレイに物足りなさを感じてしまう身体になってしまった様だ。

 今度からゲームを探すときは、マルチプレイ対応を確認するとしよう。


「じゃあ、帰るか」


「そうだね。……クーポン、残り一回分のが二枚残るけど」


「ふむ」


 そういえば、結局二回分しか遊んでいない。ただ捨てるのももったいないし、一度使ったからと一日に使い切る必要も無い。

 ……ああ、そうだ。ゴミ箱以外の行き先に思い当たる所がある。


「彼女ならどうだ」


「ふむん?」



 ・

 ・

 ・



「い、い、良いんですか?!」


「そんなに驚かれても……」


 余った分は、鳴海姉妹に譲る事にした。

 実の価値として精々が100円か200円程度のクーポンだ。大金とはとても言えない。駄菓子屋の軍資金としてならば十分かもしれない。


「なるほど。これで一回分と、それが二枚。……ふへへ、良いこと思いついちゃいました。ありがとうございます、明さん、明一さん! それでは早速お姉ちゃんを誘ってみますね!」


「うん」


「頑張って」


 頑張って、と言うだけならタダである。むしろ発言分のカロリーで損してるとさえ言える。

 中々進展の無い姉妹ではあるが、一応の友人として、それを費やすくらいの価値はあるのだろう。




 後日、立山記者からクーポンを渡された。ゲームセンターのクーポン、残り一回分。


「……」


「これって」


「なんか廊下に落ちてました。ゲーム好きなんですよね? 賄賂代わりに進呈しますよ」


「……」


「いらない……」


 戦術的勝利は、姉側が勝ち取った模様。俺たちのカロリーは無駄に還っていった。

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