その日が来ることは一生無いだろう、と俺は思った。

 ──それを見たら、終わり。


「……」


「やっぱりここに居た。終わったよー」


「あ……」


「明一?」


「青……」


「青? ……ああ、なるほど」


 察した明が、手にぶら下げていた下着を、パジャマで包んで見えない様にした。

 うん、そうしてくれると嬉しい。というか最初からそうしてくれ。携帯から目線を上げて、真っ先に目視したのが下着だったから驚いた。驚きすぎて変なキャッチコピーを受信してしまった。


「悪いね。いや明一も大概だけど」


「すまない。何時かは慣れると思うんだが」


「その調子じゃねえ」


「……数年後かも分からん」


 大学生にもなって女子の下着で頬を染めてたら、笑いものにされても文句は言えない。


「で、決めたの?」


「分かれてる間にな。これにしようと思って」


 サイズの確認をしていた所だが、これなら問題ないだろう。動きやすいように余裕も見積もっているし。


「下着は?」


「隠し持ってる」


「窃盗かな」


「うるさい」


 確かにこんな風な持ち方していたら、逆にやましい事をしているんじゃないかと見られるかも知れないが。でも結局は個人の自由だろう。


「ほら行くぞ。会計は一緒にやるから」


「はーい」


 レジにやって来ればやはり店員に好奇の目で見られたが、最初に目を見開いて驚く仕草をするだけで、常識の範囲内だった。これぐらいの反応ならばまだ許容範囲である。


 因みにこのお店も同じポイントカードらしい。電気製品店と服屋で丸々違う筈なのだが、詳細は謎である。


 会計が終わって紙袋を受け取れば、前回の紙袋と合わせて両手が埋まってしまった。何も考えずに受け取ったが、二人で一つずつ持った方が良いだろうか。


 と思っていたら、明がおもむろに手を伸ばして、俺の手から袋を掠め取った。


「どうも」


「固定観念は要らないよ」


「そうだな」





「それで、どうだった? 今日の収穫は」


「パソコン周りの環境が更に快適になった。その点だけでもかなり嬉しい」


「うんうんうん」


 フライドポテトを一口。太めのサイズだが、外側はさっくりしていて旨い。塩見の代わりに加えられたコンポタ風味の粉末がとても良い。


「明のは海苔塩味だったよな。一口貰えるか」


「はいよ。私もコンポタ貰うね」


 違う味付けを試すが、これも旨い。元々ポテトチップスとして馴染み深い味付けだが、ちゃんとフライドポテトに合う様な風味に変わっている。


「……もしかして、あーんとかしたかった?」


「いや特には」


「そっか」


「ん……むぐ」


 ハンバーガーも一口。このお店は、某バーガーファストフード店よりもう少しお洒落な所だ。感覚で選んだハンバーガーには、ちょっと野菜が多いかなと思えるような割合で肉と野菜が入っていたが。

 うん、旨い。貴重な機会だし、よく味わって食べておこう。と何時もより多めに咀嚼していると、明がポテトを加えたまま俺を見つめていた。


「んく……。どうした?」


「んー。私が好きになる相手って、どんな人なんだろうと」


「飲み込め」


「うん」


 まあ、そういう事を考えるのも分からなくはない。母にデートだのと言われて、こうして出かけているが、本来デートというのは、姉妹や兄弟、当然双子だろうと適応される単語では無いのだ。

 俺達に関しては、微妙と言うしかないのだが……。


「明にとっての“タイプ”は、どんなのなんだ?」


「どうだろう……」


 そういう質問をした俺も、考えてみる。

 あんまり元気な性格だと疲れる。理不尽な思考回路をしているのも困る。ただでさえ人の事を良く分かってないのに。

 それと……って、考えれば考える程引き算的な条件しか出てこないな。

 何かもっと、笑顔が可愛いとか、料理が旨いとかそういう足し算的な条件も考えた方が良いだろう。


 その方向でまた考えてみると、不思議と何も出てこない。改めて“タイプ”は何なんだと考えると、確信してコレだとは言い辛い。分からないのだ、相手に求めるべきハードルの高さが。


「うーん……」


「んー……」


 二人揃って考え込んでしまった。やはり、他人との関わりが少ない俺達には難しい質問なのだろうか。


「……特にコレといったものは思いつかない、けど」


「けど?」


「自分を好いてくれてる、って言うのが前提。だと思う」


「……自分を好いてくれる」


 明が挙げた一つの条件に、成程と俺は頷いた。ほぼ同一人物だから、と決めつける気は無いが、俺も同じような考え方を持っている様だ。


「確かに……。これは言い過ぎかもしれないが、好きと言われたら、文系理系、性格の陰陽問わず、応えてやろうという気は出るかもしれない」


 好意を向けられたら悪い気がしないのが普通かもしれないが。


「うんうん」


「逆に言えば、俺ばっかり片思いを向けているだけというのも、寂しいしな」


 、そうなる。

 そう、相手から好意を向けてくれているからこそ、寂しさを安心して忘れていられるのだ。


 しかし、そこまで考えて俺はある事に気付く。


「俺の性質とか性格とか、そういうのひっくるめて好きと言える相手なんて、居ないだろうな」


「確かにそれは厳しいや。居るとしたら一体どんな聖人なんだか」


 いるとしたら、アニメやゲームの中ではないだろうか。もしこの世界がもっと進んだ未来だったら、カンペキに調整されたアンドロイドに恋をしていたかもしれない。

 そんな世界になったら、確実に出生率は落ち込むだろうがな。



「……ふう、お腹いっぱい。ご馳走様」


「ご馳走様。片付けまでセルフサービスなのは一緒だったっけか?」


「多分。たしかお馴染みのゴミ箱もあったし。……ていうか、もうお腹いっぱいなの? 私よりは食べるかなって思ったんだけど」


「明も結構食べてたと思うぞ」


「そう? まあ美味しいからね」


「また機会があれば行きたいな」


「できれば貯金したいけど」


「分かってる。新しいパソコンを買ってからだな」


 そうなると、割と遠い未来の話になるが……まあ、学生の俺達には時間がある。


「で、忘れ物は無いな」


「買い物袋も、三種の神器も持ってる」


「三種……ああ、財布と携帯と鍵か」


 確かに、どっかに忘れたら困る上位三位だな。

 面白い言い方だし、毎度財布携帯鍵って言うのは微妙に長いし、良いかもしれない。


「俺も三種の神器は失くしてないぞ」


「じゃ、帰ろうか」


「ああ。……そういえば、今日はどれぐらい使ったんだ?」


「精々が一万円強だね。もし私達が浪費してたら、やっと二万に届くくらいじゃないかな」


 やっぱり三万円の予算は多すぎると思うんだよな……。

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