幕間 俺と私の、無理解。

 私が理解できなかったのは、人の感情だけじゃない。俺にとって、言葉という物も理解し難い不定形な定義の様なものだった。


 人が何かを伝える時、大抵の場合彼らは伝わりやすい形に嚙み砕いて伝える。比喩、専門用語の言い換え、重要点の順位付け。

 恐らく普通の人間にとって、必要な事なのだろう。物事を完全に言語化して伝えるというのが難しいのは、何よりも自分自身が理解していた。

 身に染みて、理解していた。


「この問題の解き方は、たすき掛けという方法で……」


「こういった化学反応は、物々交換を想像すると……」


 物事が違う。想像ができない。連想が出来ない。何故算数を学んでいるのに、そうでない話が出てくるのだろうと。

 算数は算数。理科は理科。歴史は歴史。

 組み合わせる事は出来ても、一つを別の一つに変えたり、或いは代えたりする事も出来ない筈なのだ。


 だから先生の言葉を忘れ、教科書を見た。その方がよっぽど理解できた。

 学問はそれでよかった。しかし人間関係においては、教科書に当たる物は存在しなかった。


 ある日、何故か自分を含めたメンバーで、の公園で遊ぶことが決まっていた。

 当日、家に一番近い公園に行ってみたが、誰も居なかった。


 ある日、クラス内のとあるレクリエーションで、罰ゲームとして「オカマ」の芸能人の物まねをすることになった。

 しかしクラスの中では自分だけが知らず、罰ゲームは成立しなかった。


 あの日、行事として球技大会が行われることになっていた。

 その年に限ってはある種目だけが人気を集めていた。原因は聞いていないが、クラス中はバスケが得意な人は居ないかと騒いでいた。


「私が……?」


「うんっ。いたんだ、──くんのおにいちゃんすごいよね! バスケで優勝ゆうしょうしたんだって!」


「きいたことある!」


「やってやって!」


 クラス中が湧き上がる。その何十にも重なった声で言い寄られた一人が、何かを言い淀んで、また言葉で押しつぶされる。


「だから、こんどの球技大会きゅうぎたいかい一緒いっしょてよ!」


 そして一人、そのチームにメンバーが加わった。


 思った。兄弟姉妹は、皆同じ事が出来るのかと。

 また思った。そんな筈は無いと。兄弟だろうと、姉妹だろうと、身体が別である限りは他人なのだと。


 他人である限り、理解が出来なければ、イコールで繋げる事も出来ないと。知っているから。


 そしてそのクラスのチームは、惨敗した。

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