楽しい反面相手が可哀そうだ、と俺は思った。
結局姉さんは戻ってこなかった。……と言うと、帰らぬ人となったと言う風に捉えられそうだが、ただ彼女が自室に篭りっきりなだけである。
それを見届けた妹さんは、
「お姉さんはたまに変な所で恥ずかしがるので」
と言って納得した。一方で俺は納得できなかった。
それじゃあこの後どうするかと言う話になって、まあゲームを餌にした妹さんの責任もあるし、三人で遊ぼうという結論になった。
と言っても、俺達がそう言ったのではなく、ほぼ妹さんの言葉だけだったのだが。
「ゲーム……」 「PZ……」
「ええと、それはごめんなさいです。私の部屋にスミスがあるので、そっちで遊びませんか?」
肝心のPZ7は、姉さんの手によって閉じられた扉の向こうだ。代わりにと提示されたゲーム機は、某メーカーの最新ゲームハードだった。
「……まあ、分かった」
仕方ないから、という言葉を呑み込むのが精一杯であった。
・
・
・
「インパクトブラザーズ! お姉さん以外の人とやってみたかったんですよね!」
「へえ」
「……」
淡泊な相槌である。いや、本当にそれ以外に言う事が無いのだが。
複数人でワイワイやるゲームとしては、鉄板だろうか。ある程度アクションジャンルに適性のある人じゃないと、すぐに飽きてしまうかも知れ……ああ、こういう事を言葉にして返せばいいのか? ううん、対人経験値が不足している。
と、俺が会話の難しさに頭を悩ませている間、妹さんは既にウキウキとゲームを起動させていた。
「♪ 〜──……」
一瞬だけ流れるオープニング曲。起動後に流れたそれを、妹さんは一瞬でスキップした。もうコレだけでゲーマーの香りがする。まあ誰でもスキップするか。
「ゲームって結構するの?」
「お姉ちゃんと一緒によくやってきたので、お陰で割と好きな方ですね。でも基本は漫画とかです」
部屋の一面に立っている本棚を一瞥する。多少の隙間が見られるが、結構な数が収められている。俺でも見知っているような有名どころから、少女漫画だったり、某小説サイトにて頻繁に見られる様な長いタイトルの漫画なんかもあった。
視力が少しでも悪ければタイトルが読めなさそうだ。
「漫画も……ジャンルは選ぶ感じ?」
「恋愛系が好きですね。ファンタジーの冒険系もたまに」
「そうなんだ」
「あ、何使います?」
「……じゃあこれ」 「これ」
与えられたコントローラーを握って、二人して一直線に向かったのはピンクの丸いキャラクター。ポケットに入らない方の奴だ。
順番の都合で、俺の方はオリジナルカラー、明のは青いカラーになった。これで白がそろえばアメリカンカラーだが。
「おー、流石に一心同体ですね」
「一心同体?」
「玉川さん達の事を見てたら、そんな感じかなーって思ったんですよ」
一心同体か……。そう言われてみると、その言葉は正しく俺達を示している気がする。
性別に関わる事を除き、ほぼ同じ経歴を持つ俺達。見合わせれば、鏡の如く帰ってくる目線。指を差せば二本の人差し指は同じ方を向く。歩けば歩調は……体格の都合でそこは同じとは言えない。
すべて同一とも言い切れないが、それでも双子としては脅威のシンクロ率と言っていいだろう。多分。俺達は他の双子と言うのを知らない。
「じゃあ私は魔王で」
うーん妹さんのキャラと操作キャラのギャップ。何を選ぼうが構わないが……。
キャラも決まり、ぱっぱとマップも決められると、カウントダウンの後に試合が早速開始された。
「操作の確認をさせてくれ」
「はーい」
一旦承諾を得て、早速とキャラクターが動き回る。
「これが移動」
「ジャンプもしゃがみも一緒」
「それで攻撃が……この二つね」
「お、歩ける」
「何それ、スティック半倒し? そういう操作苦手なんだけど」
「キーボード慣れしてるからな。まあ滅多に歩きはしないだろう」
「大体同じタイミングで大体同じ動きしてるの面白いですね」
「あ、ガードこれか」
「ああトリガーね」
「確か受ける瞬間に解除でジャストだっけ?」
「そうだった筈」
「ほい」
ブルーボールのちまっこいジャブが、ガード中のピンクボールに当たる。その瞬間、スパンと効果音が出てガードが解除される。
「あ、これ成功かな」
「成功だな」
「そんな雑な合図でジャストガード合わせるの凄くないですか?」
横を見ると妹さんが感心していた。そういえば何か言っていた気がする、聞いていなかったかもしれない。と言うか聞いてなかった。
「まあ、そうだね」「うん、多分」
とりあえず万能な返事で返しておいた。
幸い俺達が妹さんの言葉を聞いていなかったのには、全く気付いていない様子だ。むしろ操作確認が終わったと見るや否や、暇を持て余していた魔王が小刻みに反復横跳びを始める。
やる気十分、準備運動と言わんばかりの反復横跳びに連動した操作音が、横からカチャカチャと鳴る。
「じゃあ始めましょう! 初心者だからって手加減はしませんよ!」
「私も頑張るから」「初心者なりにやらせてもらおう」
そして始まった。
初手から動き出した魔王はのっそのっそと動くが、明らかに小手調べという風に、俺のキャラクターの目の前に躍り出て来た。
「喰らえ魔王キック!」
喰らわない。出が遅い攻撃に、ガードを間に合わせる。それでも随分と削れたし、硬直も長かったが……っておい。
「追撃するな」
「だってチームじゃないし、乱闘ゲームだしー」
明のキャラクターが、カッターを振り回して俺のキャラクターを追撃する。
ガードの硬直も相まって中々動けないのに、またまた魔王の重い攻撃が迫ってくる。
「魔王玉!」
妹さんは技名を呼ぶ縛りでもしているのか?
運良く一瞬だけ隙が出来て、予測も余裕を持って行える。あとは落ち着いてタイミングを見て、そしてガード解除。パスンと鳴った。
「んし」
「わぁ!」
ガードしたまま完全に削れるとどうなるかは知っている。そうなる前に、パリィで攻撃を跳ね返して脱出する。パリィの効果で反射された魔王玉で、魔王が被弾した。結構なダメージだった。
まあ、そういうタイミングを見極めるのは何時もやっていることだ。昨晩にやった周回で、感覚もまだ残っているし。
「逃がさん」
「なんの」
包囲網から離脱しようとしたら、明が追いかけて来た。牽制して距離をとりつつ、虚を突いて弱攻撃を当てる。
「む」
弱攻撃から続く連続攻撃の切れ目でジャンプして、素早くコンボを掛ける。
最後のヒットで吹き飛ばされて、明のブルーボールが地面に叩きつけられるが、追撃を掛ける前に魔王が追いかけて来た。
「私だって!」
「ん」
「あっ」
「あー」
俺めがけてやって来た魔王キックを避けると、ダウンから立ち上がったばかりのブルーボールに当たって吹っ飛んだ。
軽量級に対してのパワー級のロマンキックだ、結構な距離を飛んだが、すこしすると風船のように浮きつつ戻って来た。
「ごめんなさい!?」
「いや別に」
何時の間にか妹さんは一対二のつもりになってしまったらしい。
そう思って第三者の乱入を避けつつ牽制する立ち回りを続けるが、別に一体二でもなんでもない事を思い知らせるかの様に、明のブルーボールが魔王に矛先を向け始めた。
「なんか動きが鋭くなってません?!」
まあ慣れて来たし。
距離を取りつつ明のブルーボールの動きを見ていると、次の動きで魔王が攻撃を受けて左に吹っ飛ばされる気がして、そこへ先回りする。
「ぎゃ」
あ、やっぱり来た。事前にチャージされた溜め攻撃が解放されて、また別方向に吹っ飛ぶ。
「ほい」
「ぎゃ!」
魔王を吹っ飛ばした明が、俺の溜め攻撃を見てからその方向へ位置を移していた。するとブルーボールが、予想通りの軌道で来た魔王を空中で受け止める。
「ほい」
「ぎゃあ!!」
溜め攻撃の直後にダッシュで駆け込んだ俺が、受け止められた魔王を追撃する。割とリーチのある高威力攻撃だったが、ギリギリ明は巻き込まれなかった。
結構なダメージを蓄えたが、流石に重量級ではまだまだ落ちない。
「なんですかその連携! なんかズルいです!」
以上が、初っ端から明と共闘した者の言葉でした。
こっちも中々ズルいかもしれないが……、まあ、経験が生きた、とだけ言っておこう。
・
・
・
「レース! レースゲームにしましょう!」
「うん」「わかった」
隙あらば迫ってくる俺達二人の連携に嫌気がさしたのか、三戦程で違うゲームが提案された。
試しに二人組を作って、交互にスリップストリームを繰り返していたら、妹さんにアイテムで執拗に攻撃された。
お陰で分断されたが、結局順位では妹さんの方が負けた。
「今度はFPSゲームです!」
「FPS」「よくやるゲームだ」
俺達が良くやるFPSゲームのコンシューマ版だ。スマホの操作性とは違うから混乱したが、その時に使っていた戦法が十分に通じた。
妹さんを置いてけぼりにしてしまって、戦績が俺達二人に偏ったが。
「ぱ、パーティゲームで!」
「あー、これの過去作はよく遊んでたな」
「そうそう、ずっと同じミニゲーム繰り返して、最大記録を捻り出してた」
「一人でな」 「一人でね」
「えっ」
なんで? とでも言わんばかりの顔で見られた。まあ、俺達は特殊だからな。
……今では懐かしい記憶だ。PCで遊ぶようになる前は、ゲーム機を使って少ない種類のソフトを繰り返し遊んでいたものだ。
これは普通に一試合やって満足すると、妹さんが次のゲームを手に取ろうとする。
……そんな風に色んなゲームをやっていると、ある時にその手が空中をさまよって、結局何も手に取らなくなった。
ダウンロードされているゲームも、一覧を少し眺めて、結局どれも選ばなかった。
「うーん……そろそろソフトが尽きてきました」
「別にゲームに拘らなくて良いんだけど」
「でもあれです、負けっぱなしじゃないですか」
意外に負けず嫌いだなこの子。
妹さんは下手という訳じゃないのだが、俺達があの手この手で連携技を練りだすと、途端に妹さんが置いてかれるのだ。
「あ、そういえば玉川さん達が二人の時はどんなのを遊ぶんですか?」
「どんなのって……あー、気の向くままに? アクション、FPS、レース、パズル、テーブル……まあ、色々だな」
「雑食なんですね」
「付け足すとすれば、必ずしも二人一緒に遊ぶわけじゃないんだよね」
「そうだな。別々のゲームだったり、片方だけ遊んで、片方だけ動画を見ている事もある」
まあ、今の所八割ぐらいは一緒にゲームをやるのだが。
「……いつも一緒の部屋なんですか?」
「まあ、一緒の部屋だね」
「へー、流石双子ですね。男女なのに一緒の部屋だなんて」
部屋どころか、ベッドも一緒なのは言わない方が良いだろう。間違いなくこの場が混沌で満ちる。
「……私達も同部屋にしてもらったら、また元の仲に戻るんですかね」
「勧めはしないが」
「よっぽどの関係じゃないと、色んな意味で窮屈になるだけだと思うよ」
「わかってますって、そもそも二人分の部屋にするには狭い部屋しかありませんし」
俺もたまに窮屈な思いをしているが……確かに、この部屋を二人で使うとなれば、俺達が経験しているのとは段違いの窮屈さを体験できるだろう。
俺達の行動範囲はPCの前の椅子かベッドだけで、部屋内外へ移動頻度も少ないから、案外何とかなるかもしれないが……。
「それに、私達を参考にするのは違うと思うよ」
「そうだな。俺達のは特殊な例だ。真似できる所なんてのも無い筈」
「そうですかね……。結構お互いの趣味が影響されている事が多いので、広ささえあれば同じ部屋でも良いかなって思うんですけど」
あのゲームへの熱の入れようを鑑みるに、その辺りは確かに頷ける。最初は漫画が趣味だと言っていたが、ゲームも十分楽しんでいた。
「まあ、二人で考えるべき話だな」
「今のお姉さんだったら、数秒でノーで返されそうですけど」
理由は分からないが、距離を取りたがっているしな……。
その理由さえどうにかすれば、この姉妹は、妹の言う“元の姉妹”に戻れるのだろう。
「……言っていなかったが、三時か四時ぐらいに帰るつもりだったんだ。そろそろ良いか?」
「あれ、もうそんな時間ですか? ……あ、確かにもう四時ですね」
「門限ってわけじゃないけどね。ゲーム、ありがとう」
「ええお構いなく。何時でも遊びに来ても良いんですよ。あとついでにお姉ちゃんも説得してくれると」
……それは考えておこう。考えるだけだが。
それに、“何時でも”と言われるとタイミングに困る。“なぜ来ない”等と言われれば、特に困る。通学しつつ我が家で過ごすという日常を逸脱するのは、今回みたいな明確な理由でも無い限り無いのだから。
「玄関まで送りますね」
「わかった。忘れ物は大丈夫か?」
「よし点呼」
「財布」
「鍵」
「携帯」
「よし、帰ろう」
「……」
今日初めて見る“何とも言えない表情”を受けつつ、俺達の貴重な経験である他者宅への訪問というイベントを終えるのであった。
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