二人分のスペースとしては狭すぎる、と俺は思った。

 鳴海姉妹が私達に求めたのは、二人揃って鳴海宅への訪問だった。……のだが、その目的は2人で相反しており、妹は姉に対する説得であるが、姉は妹の遊び相手を望み、しかも姉は当日家に居ないと宣言した。


 噂に、相談事に、頼まれ事か。

 バイトの準備も進んでいるのに、学校生活が妙に忙しい。幸いにも噂の方は、先日校内で公開された記事によって落ち着きつつある。

 生徒たちが俺達に関わる事はなくなったが、一部の間で妄想が流行っているらしい。……関係のない話だ。


「おっと」


「スタン入れる」


「危なかった」


「ついでに回復も」


 気を抜いてしまっていた。同じ敵と連戦していた物だから、仕方ないが。


 後衛を務めていた皮鎧の姿が、回復スキルで俺のキャラクターを回復させる。今のうちに自分でバフも掛け直す。

 それでまた敵の巨体に接近して、懐で二本の短剣を振り回す。


 最後に、あの姉妹からの頼まれ事を終わらせれば、この一連の面倒事は終わる。それで俺達は、ようやく自由な生活を取り戻せる。

 ……また変な事態になるまで、だが。


「巻き込む」


「どうぞ」


「さんにーいちドン」


 合図と同時に回避動作を入れて、高威力範囲攻撃をコンマ秒に満たない無敵時間でやり過ごす。

 怯んだ敵に再接近し、また短剣を振り回して……敵の攻撃に合わせて転がり回る。


「そろそろ瀕死だよ」


 スキルのクールダウンを確認して、条件付き即死攻撃の技を用意する。瀕死であり、且つ短時間の怯みから気絶までを含む一時的な非戦闘状態の敵を処刑する。

 幸い、魔法を使う後衛が居れば後者の条件を満たすのは容易い。


「はいスタン」


「はい処刑」


 よし勝利。攻撃動作が分かりやすい敵は楽だな。

 中々美味しいアイテムを落とすと聞いて、二人でボスを周回していたのだが……。今回も出なかったか、まあレア物がポンポン落ちてきたらレア物とは言えないし。



「……で、なんだっけか。確か土曜日に訪問で、日曜日に面接だったな」


「なんだ、何に気が逸れてるんだと思ったらそれか」


「悪いな」


「確かにこんなに忙しい週末は滅多にないしね。行事くらい?」


 と言っても、訪問は昼飯の後に行って三時に帰るくらいだ。対して、面接の方では結果次第でその日の予定が変動すると、母を介して伝えられている。あの言い様だと、面接直後に合否が決定するという理解で良いだろう。



 周回にも飽きてきた。ゲームを終了して、PCは起動したままで、ベッドに転がる。携帯から、検索画面トップに流れるニュースをぼんやりと眺める事にした。

 ログから俺達の趣向を反映されてか、内容がサブカルチャーや娯楽に偏っている。アニメ化、映画化の話やら、新型VR装置やら、ゲーム業界周りのそういう話がトップに出ている。


 少しすると、明もベッドへ転がり込んできた。明が使っていたPCに、俺が使っていたPCのデータをコピーしていた様だ。


「あとどれぐらいだ?」


「残り2割って所かな」


 懐が痛まないフリーゲームを腐るほどダウンロードしているから、転送に中々の時間がかかっている様だ。

 昔から色々進歩して、個人制作ゲームでもサイズも大きくなっているしな。



「……カフェって、どう思う?」


「母がオススメだと言う話を抜きにして言えば……、まあ興味深いかな。カフェと言うからには静かな所だろうし」


 カフェと言うのは、母が勧めて来たバイト先候補の事だ。ネットで探っていた俺達二人をよそに、母も独自で探していたのだ。

 しかも、店に入って直接店長と話を付けただとか。


 人生の先輩である母の意見には従うつもりであるが……聞かされた内容を鑑みると、どう考えてもコネと言われる類だと分かってしまう。母はその事を知らせるつもりは無かったようだが、あの話しぶりからして店長が友人である事は明らかだ。

 コネが一般に悪い事かと言われれば、多分白いとしか言えないが……個人的には抵抗がある。聞いたところチェーン店ではなく個人が経営する店だから、その辺りは許容されるかもしれないが。


「まあ、幸運な話ではあるな。通学路から少し離れた所にある店だし、通いやすい」


「しかも二人同時だってね。理由は聞いたけど、逆に心配するな」


「ああ。自営業だし、一気に二人も雇って大丈夫なのかどうか」


 繁盛しているみたいだし、それで丁度二人分の人手が欲しいと言っていた。向こうがそう言うなら多分大丈夫なんだろうけど……うん。


「……バイト前にする心配事じゃないだろうがな。真面目にやって迷惑を掛けなければ、給料を心配する理由も無くなるだろうし」


「まあ」


「……まあ」


 真面目にやって失敗するのが、俺達の外交能力なのだが。

 主な失敗要因は、聞き違えや聞き落とし、頭の中にある単語辞書の齟齬。最後のは勉強不足が理由かもしれない。


「……ボイスレコーダーでもぶら下げて接客するか?」


「名案」


「でも音質の高いマイクじゃないと効果は薄いな。繁盛していると雑音も多いだろうし」


「要検証だね。……うわ、見てこれ嗅覚反映装置付きだって」


「うわ」


 我ながら直角カーブ級にひん曲がった話題もそうだが、どう見てもヤバげなVR装置の写真に思わず声を漏らす。

 端的に言えば、完全に鼻に突っ込む形状をしていた。


「思考操作対応の試作品の方がよっぽどマシだな」


「ああ、創作物にありがちな洗脳装置みたいな見た目の」


「それだ」


 刺しはしないが、無数の端子を頭部に張り付けなければならない仕様というのは、俺達の言う洗脳装置を想起させる。実際、一部で脳への影響を懸念する声もあった。


「アレもリング型で実用的なのが出来たみたい」


「どれだ?」


「これ」


「おお。……なんかSFっぽい……いや、もうSFとは言えないか」


「実現したSFって、もうSしか残らないもんね」


 技術の進歩とは、SFサイエンス フィクションがただのSサイエンスになり下がる瞬間の事を言うんだろう。

 そう言えば、俺達の関係はファンタジー以外の何物でも無いのだが。……実在するファンタジーって、どうなるんだ?


 なんとなく暇を持て余した俺たちは、考えるまでも無いどうでも良い議題で、数時間程盛り上がった。

 結論は、”俺達は非科学的且つファンタジーな要因で巡り合った“という事になった。……いつの間にか議題がすり替わっていたが、そういう事である。

 因みに、途中で乱入した母は頭をパンクさせて部屋に帰っていった。





 翌朝、やけに重い身体をベッドに沈めたまま、意識が覚醒した。


「……?」


 風通しの良い足の感覚からして、ブランケットは身体にかかっていない。しかし身体が冷え切っている様子もない。強いて言えば右半身が温い。

 寝る直前の記憶は明確ではない。最後の記憶として支離滅裂な会話が思い出されて、ようやく俺は話しながら眠り込んでしまったと分かる。

 まあ、そういう日は珍しくない。寝るつもりもないのに寝ていた、という経験は今までにもあった。


 今日は休日だ。昼に用事があるとはいえ、それまで暇……だと思ったら、空気の感じが朝ではないことに気付く。既に朝は過ぎて9時か10時ぐらいになっている様だ。


 まあ、まだ時間はある……。まだ起きる気の無い俺は、寝返りを打とうとする。体が動かない。まあそういう日もあるだろう、と諦めようと思ったら、何故か右方向には寝返る事が出来た。

 すると右半身の重さが明確になってきた。身体が重いというより、何かが乗っている。……が、それに疑問を持たないまま目線を天井から横に向ける。


「……」


「……」


 目が合った。

 寝返りを打った俺は、身体前方の全体に感じた他人の体温に気づいて、慌てて離れる。


「……」


「……」


 目は合ったままだ。そのお陰か、彼女の瞳に籠められた悪戯心を早々に察した。


「めいい」「おはよう」


「……別に私は大かんげ」「おはよう!」


「そこまで遠慮しなくても」「おはよう!!」


 ……。


「コピペの術は現実で使う物じゃないと思うんだ」


「はい」


 確かに俺もそう思います。


 叫んで目が覚めてしまった俺は、とりあえず起き上がることにした。




「それで、感想は?」


「……感想?」


「そう。私を抱き枕にした感想」


「一瞬だけだったんだが……。まあ、正直言って温かかった」


「一瞬、ねえ……。ま、そりゃあ36度前後の健康体だもの。その上既に温めてもらったからね」


 何だか気になる事を言ってるが、気にしないことにしてベッドから逃げる。


「ほう、無視かい?」


「全てを理解した間柄ならば言葉は不要だ」


「既に私が明一を抱き枕にしていた事も理解していたと」


 もう全て言い切ってしまっているが、知らなかったことにして自室から逃げる。


「おーい、逃げんなー」


「うるさい色欲の魔女」


「心外な」


「部屋出てる内に着替えてろ。昼も近い」


「むうん」

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