ここまでよく分からない人もそう居ない、と私は思った。

「げ」


 威圧的な態度に、思わずギョッとして一歩引いて……半歩前に出た明一の後ろに回る。

 私達を睨みつける目の前の人は、見た目以外は雰囲気も言動もどれも不良な人で、しかし女性だった。長い金髪と、結構な高さまで裾上げされたスカートは、それだけ見れば過激にオシャレするギャルなのだけれど。


「ま、態々場所を移すまでもねえか。場所も時間帯もサイコーだしな」


「……」


「お前ら、恵子と話してただろ」


 恵子とは誰だろう。いや、流石にこの状況だったらば、示す人物は一人しか居ないだろうな。


「なるほど、だんまりか……。一発ヤれば喋るか? ん?」


「……」


 しかし、不良という存在を知りはしても、実際にを見るのは初めてだ。これは中々威圧感があるけど……。

 というか、明一が何時まで経っても喋らない。試しに後ろから突いてみる。


「……おい」


「なに?」


「突くな」


「へへ」


 ん、あの顔は”なんだコイツ等“って顔だ。如何にも不良って感じの顔が、困惑した様な表情を浮かべる。

 確かにこの状況でやる事ではなかった。少し反省する。


「それで、何が欲しいんだ。金か」


「要らねえよアホ。私が欲しいのは……」


「……」「……」


「あー……」


「……?」「……?」


「……オイその顔ムカつくんだよ。シンクロしたアホ面見せんじゃねえ」


 いやそんなつもりは無いのだけれど。

 しかし、不良さんというのはこんな感じなのだろうかと、彼女の態度に僅かな違和感を感じる。人を見る目は当然皆無だから、違和感程度に過ぎないが……。


「えと……あ、。喉乾いた。オイ、男の方。ジュース買ってこい」


「……ソーダ? ジュース?」


「ジュースっつったろ! フザケてんのか!」


 今の聞き違いはよく分かる。気を抜いてると同音異義語の区別が付かなくなるんだよなあ。


 親切にも訂正をしてくれた彼は、しかし動こうとしない。

 もし言われたとおりに行けば、私は不良さんと二人っきりになる。コチラとしては男手が居てくれると割と安心するが。


 まあ、私の中で、”もしかして“っていう可能性が大きくなっているから、絶対に居て欲しいと言うわけでもない。

 この学校で不良が居るという話は全く聞かないし、見かける事もない。と言うことは、目立った事件を起こすような不良は居ないという事だ。

 ……前例がないから、今回も大丈夫。なんて考え方は、平和ボケ以外の何物でもないけど。

 

「こっちは大丈夫だよ。行ってらっしゃい」


「流石に少しぐらいは緊張感を抱いたらどうだ?」


「んーん。大丈夫だと思うけどな。ほら、行ってらっしゃい」


 流石に。という言葉にあった言外の意図を受けて、私は楽観的な態度のまま明一を送り出した。……めっちゃ走るじゃん。もし万が一があっても、まだまだ「万」から「一」を引いただけの数が残ってるのに。

 その横目に、ちら、と彼女の様子を見る。


「本当にアホか……」


 呆れた顔をしている。しているだけだった。感情的にはならない。

 私の思う不良というのは、人への暴力や不幸を厭わずに、自分の思うがままに行動する人種の事。この短いやり取りの限りでは、彼女はその括りに一切当て嵌まらない。


 ……やっぱり、大丈夫かな?

 


「オイ、後ろ手に持ってる奴を見せろ」


 と、まあそこは指摘されるよね。そんな感じで諦めた私は、『11』と表示された携帯を、見せるように持ち上げる。このまま親指を画面に触れさせれば、最後に『0』が付け足されるだろう。


「……」


「……」


「よりにもよって警察に……。んああ、もう!」


 そんな悪態を付くのは、やはり自分ではなく不良さんの方だった。

 すると、顰めた眉でシワを寄せられた額は、すっかり解けて平らになり、睨みつけていた瞳は直ぐに明後日の方に逸れていく。

 向けられる威圧感……もとい威嚇行為は、ある意味での豹変と同時に止んだ。


「分かった! 何もしない! ごめんなさいでした! だから呼ばないでください!」


「うん」


 少し疑わしいけど、とりあえずポケットに携帯を仕舞う。


「あーもう、失敗した失敗した……」


「……もしかして、さっきの女子のお姉さん?」


「そうだよ、大正解だよ! 鳴海なるみ百々子ももこだよ!」


 あ、だったら完全に無害認定してしまっても良さそう。肩の力を抜いて、ふへえ、と息を抜く。



「うう……」


「……」


「せめてなんか言ってよお!」


「ええ……」


 そう言われても、私そんなにおしゃべりじゃないんだけれど。


「じゃあ、どんな用事だったの?」


「う、それは……別に、なんでもない」


「どうして?」


「何でもないって言ったでしょ!」


 ここまで雑なファッション不良をしてまで、”何でもない“はちょっと無理があると思う。もし本当に何でもないのなら、彼女は理由なしにこういう事をする、ただの変人という事になる。

 まあ、そういう人も居るかもしれないけど。世の中は広いのだ。


 用事が本当に無いんなら、それはそれで良いや。私もこの辺りに用事は無いし、さっさと教室に戻ろう。明一にも伝えて……。


「……」


「……」


 って、なんかすごい見てくる。見てくるけど、とりあえず携帯を弄る。


『無害だったよ』



 ……少し待ってみるけど、既読付かないな。私達の携帯って、普段は通知が鳴る様な事が無いから、秒で確認するんだけれど。

 って、階段の方からバッタバッタと大きな足音が響いてきた。めっちゃ走るじゃん。急いで食堂の方まで行っていたのか。


「はぁ、はぁ……あれ?」


「お帰り」


「……どうなっているんだ?」


「無害だった」


「……無害?」


「つまりはファッション不良」


「ファッション不良言うな!」


 だって他に言いようが無いし。


「なるほど」


「納得すんなし!」


 納得しなかったら、不良モドキと言い直す所だったのだけれど。

 そういえば、戻ってきた明一の手には二つのペットボトルがある。態々私の分まで買って来たんだろうか。走ってきたのに余裕だな。

 ……余裕と言うには息が荒いけど。喋るにも辛そうな感じだ。


「それって私の分?」


「いや、当たった」


「ああ、そういやルーレットあったな」


 とりあえず差し出された片方を受け取る。明一が買ったのはシンプルなオレンジジュースの二本だ。


「……え、オレンジジュース?」


「?」


 何が不満なんだろう。早速蓋を開けて飲むけれど、ファッション不良さんは目をヒクつかせて見るだけだ。


「いや、普通コーラとかメロンソーダとかじゃ」


「……ん、ジュースって言ってたよね」


 ほら、明一も頷いてる。


「記憶違いじゃない筈だ」


「もう分かった! 私が悪かった! もういいもん!」


 なんで拗ねてるんだ。この短時間で飲みたいものでも変わったのかな?


「要らないから、二人で飲んで」


「……?? まあ、分かった」


 私も腑に落ちないけど。明一も何も考えずに片手を引っ込めた。

 ……まあ、元々飲み物を欲しがってたのは明一の方だし、好都合か。



「それじゃあ、私達もう教室に戻って良い?」


 自販機に行く用事もなんだかんだ不要になっちゃったし、不良さんが私達に用事がなければ、そのまま立ち去るつもりだが。


「うんもうかえって……ああ待って! やっぱり待って!」


「ええ」


 なんで帰らしてくんないんだ。さっきからずっと一貫性が無いし。


「私、土日は家を空けるから、恵子と一緒に遊んでやって。分かった?!」


 ……なんで?

 って言い返しても、結局答えをぼかしてしまいそうだけど。


「一応聞くけど、どうして?」


「……やるの?」


 やっぱり答えてくれないらしい。仕方ないけれど、この人の意図については不明のままにするしかなさそうだ。


「やるけど。あ、でもPZ7遊ばして」


「それと幾らかのソフトを」


「どれでもやらせてあげるから! ……あ、セーブデータは分けてね」


「うん」


「消費アイテムもあんまりレアなのは……」


「うん」


「それと収集要素はあんまりしないでくれると」


「……データを分けたら問題ないんじゃないのか?」


「あ、ホントだ」


 この人一旦休ませた方が良いんじゃないかな。お互いの為に、さっさと話しを切り上げて教室に戻った方が良い気がしてきた。


 結局不良さんの行動の意図は教えてくれなかったけど、それがなんにしろ、あの女子の家を訪ねる理由は私達の方にもある。

 土日が楽しみになるぐらいだから、不良さんが心配する必要も無いだろう。むしろこっちが心配だが。


「じゃあ、教室戻るね」


「”やっぱり止めた“は無しだからね」


「ああ、男に二言は無い」


「私も」


「そっちは女でしょ!」


「うん」


「もうやだこの双子!」

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