妹がいる生活はこんな感じかもな、と俺は思った。
「明一くん吹っ飛ばされたーっ!」
暴走車が俺のキャラクターを撥ね飛ばして、画面が暗転する。第五位という順位が表示されて、次いで車が爆発。実況は明がお送りしました。左耳が喧しい。
「……とんだオチだな」
『質量攻撃はいつの時代も強力さね』
いや向こうも自滅してるが。とツッコミを声に上げたくなったのが、この俺。双子の片割れ、明一である。
「いや自滅してるし」
代弁感謝。
それはともかく。
「上手く行った方だが、やっぱり難しいな。協力連携というのは」
「出来てるけどね。なんというか」
「純粋に敵が強いだけか」
「それ」
と言うのも、実力の指標となるランクが、一番上から数えて三番目という、ちょっとゲームが上手では済まされない所まで来てしまったのだ。
すると強敵とやり合う機会も増え、流石にこれ以上のランクアップは。という感じで停滞している。
そんなランクで自爆した先の暴走車には、尊敬と黙祷を捧げたい所だ。一秒ぐらい。
「もう随分と連戦したからな。気づけば寝る時間か」
「え、もう?」
「ああ。ほら、向こうを見ろ。夜行性の母が目を光らせてるぞ」
「……わお」
俺もついさっき気付いたが、扉を半開きにして覗いている母の瞳がそこにあった。
ホラーゲームであれば、認識した直後に何処かへ消えてしまうのだが。……見切れた母の顔は相変わらずの位置に陣取っている。
「ふむ……あれは狩られる四秒前と言ったところだな」
「狩られちゃうのか」
「狩らないわよ」
「おお出てきた」
俺たちに目線を向けられて、ようやく姿を現した。
どうやら、突然変化した仲の事が気になっていたのか、ああして覗き込んでいた様である。母でなければ110を呼んでいた。
「今日は随分と距離が近いのね?」
「そうか?」
「だって川の字になって寝てるじゃない」
「あー。……一画足りないが」
強いて言えば“ハ“の字だ。平行じゃないのがポイントだ。
距離に関しては、まあ確かに非常に近い。物理的にも、精神的にも。
頭部間の距離を手のひら一個分にして並んでいるのは、二人して装着しているイヤホン越しに声を届かせる為である。こうでもしないと明の声が聞こえない。
寝転がっているのは、座っているより楽な体勢だからだ。携帯ゲーム機ならではのプレイスタイルだ。いや本来は携帯電話だが。
「今日は二人とも一緒のベッドで寝るのかしら?」
そんな風に質問されると、俺たちもその問いの意図について察することが出来た。
多分、昨日までは別々の寝床で寝ていたのだろう。仲が悪いと噂の過去の双子が、一緒のベッドで眠るとは考えずらい。
一応快適性を考慮して、どちらかが床で眠ると言う選択肢はあるのだが……。
明の方を見てみれば、視界一杯に映る顔が頷く。向こうは一緒のベッドでも問題ないとの事。て言うか顔近いな。
「ま、そうなるな」
「それじゃあ、今夜は寂しくなるのね……。ううん、二人の仲が良くなったんだから、喜ばなくっちゃ」
「……寂しくなる?」
どういう意味なのだろうか。と首を傾げ……とある可能性に気づいて、口を一文字に結ぶ。
「……明一?」
「俺じゃない」
なんてこった。この世界では、俺か明が昨日まで母と並んで寝ていたのだろう。高校生にもなって。
ああ、でも、なるほど。痛い程なるほど。仲の悪い双子とその親が2LDKの家に住むと、そんな感じの生活になるらしい。
……母の寝床に転がり込むほど嫌ってたのか。
問題はどっちが母と寝ていたかという点だが、あえて明かすことも無いだろう。
「じゃあ、今夜はお休みなさい。私は一人で寝られるか心配だけど……」
「あ、そしたら私が寝かしつけたげる」
「それじゃあどっちがお母さんだか分からないわね。でも大丈夫、それ以上に仲直りしたのが嬉しいもの」
「今度は嬉しすぎて眠れないってオチか?」
「そうかも」
面白そうにうふふと笑って、穏やかな眼差しのまま見つめる。
こうして居れば、本当に普通に優しい母親なのに。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」 「おやすみなさい」
……さて、定例の顔合わせも終わった事だし。眠り支度も済ませてしまおうか。
と言っても、既に寝巻きの格好だし、やる事はちょっとした片付けぐらいだが。
それにしても、今日という一日は、長い様に思える。
基本的には、記憶に残る出来事が多いほどそう感じるのだが……。今日に関しては、過去最大と言っても差し支えない。
「今日は妙に疲れたな」
「あれだけやってりゃね」
「確かに」
連戦によってバッテリーが無くなりかけているスマホを、ベッド傍に置いてある充電器に挿し、これ以上やる事も無いと判断して、ベッドに倒れ込む。
明の方はまだやる事があるのだろうか、それとも思うところがあるのだろうか。俺を見つめて、少ししてようやくベッドに腰を下ろす。
思うところがある様だ。
「何考えてるか、当ててみようか」
「当てられるに一票」
「そういう賭け方は斬新だな。……“寝て起きたら、もしかして元通りになっているかも。“……どうだ?」
「声真似が下手。部分点」
「そうか」
部分点という事は、つまり合っていると言うわけで……。確かに、この奇妙な縁が今日限りでもおかしくない、と言うことに気づく。
ファンタジックで魔法的な原因なのか、SFチックで科学的な原因なのか、俺たちには一切わからないのだが……。
「もしそうなるなら、寂しくなるな」
「寂しくなる」
「でも、そういう別れは初めてじゃないだろ」
「……あれを別れと呼ぶの?」
「……俺もそうは言うべきかは微妙だと思う」
俺たちが「別れ」と呼ぶべきか悩む出来事を、お互いが経験している事だと確認して……、頭を空っぽにして眠ってしまいたいと言う欲に駆られる。
多分、俺たちの一人を好む性格を形作る出来事で、どんな思い出よりも大事に記憶の中に留め置いている事。
にしては、記憶が朧げすぎるんだが。
……そうだな、この夜を最後に明と別れるとするならば。
「よし、今度は俺が兄役だ。……来い」
「近親相姦? ダメだよ兄さん」
「そんな訳が無いだろう」
明がスケベで変態である可能性という数値を、ひっそりと頭の中で上方修正しつつ、明が隣に寝転ぶのを待つ。
「……まあ、良いけど」
「嫌な思いをしたら、ロケットパンチでも食らわせて良いぞ」
「こか……んー、まあいいや」
今股間って言おうとしなかったか? そこに食らわせるつもりだったら止めようかと思うんだが。
ようやく寝転がった明だが、どうも恐ろしくて行動できない。
「ま、まあ、命に別条のない範囲で頼む」
「大丈夫だって。それで、どうするの?」
「……腕枕」
「なるほど、膝枕の次は腕枕か。じゃあ借りるよ」
良かった、腕枕は明的にはセーフラインだった。
「で、本当は?」
「う、腕枕だけだが?」
「嘘だ。加害妄想の固まりだなあ本当」
やはりバレるか。しかし今回に関しては被害妄想と言ってはくれないだろうか。彼女の言葉が、どうにも恐ろしい。
でも、事実。どうなのだろうか。改めて考えると、今俺が行おうとしている行為はかなり変であるように思える。
そしてそれを伝えるという事は、正しいのか。正しかったとして、間違い無く伝えられるのだろうか。
……伝える、か。
ずっと前から、俺が苦手としている事だった。
言葉を口に出して、他人に伝える。という行為が、元から上手くはなかった。
言い間違えたり、単語を取り違えたり、あるいは相手が聞き違え、そして誤解する。結果、それに憤る者が居れば、悪い結果に苛まれる者も居た。
他人の言葉を聞き、それを理解するという行為も苦手だった。単語を聞き違え、誤解し、相手が期待した通りの事が出来なくなる。
そうだ。俺は伝える事も、伝えられる事も苦手なのだ。他人と交流し通じ合うことができない。
だから俺は、コミュニケーションというものを嫌い、避ける。誤解と失意という結果をもたらすばかりの行為だから。
「どうしたの? ……黙り込んじゃって」
「……」
「もしかして、嫌な思いしてる?」
そんな事、思っていない。でも今は、ほんの少しだけ居心地が悪く感じている。
目の前の彼女と、通じ合っていない気がしたのだ。
「明は……」
「……うん?」
「俺とは違う。……そんな気がしてきた」
「え……」
何もかも分かっていたさ、と言わんばかりの態度。やっぱり分かっていたのか、と返す相手の反応。今までも何度かあったその流れは、確かに俺達の共通項を証明していた。
けど、俺たちの全てが同じな訳ではない。
俺とは違って、彼女はやや饒舌だ。行動力も比較的ある。まるで、学校で見てきた”他人”達の様に。
生まれは確かに同じなのだろう、育てた親も、環境も、同じなのだろう。けれど性別という差は、その人生における分かれ道で、俺とは違う選択肢へと導いてきた。
異なる過去を歩み、至った現在。到達した所は、やはり同じでは無かった。
「明一……」
明が俺の名を呼ぶ。気付くと、彼女がさっきまでの距離を詰めてきて……。
「今は寝よう。”夢の中に、一緒に行こう”」
……互いの額が触れ合う。触れる感触が、妙に敏感に感じた。
今までよりもずっと近い距離にある顔。だというのに、女性に対するときめきだとか、興奮だとかは、今ばかりは感じられなかった。
「懐かしいよね」
「……」
「もう覚えてないかな? ……私も、記憶に残っているのは、こうして貰った事だけ」
「……この状態で眠って、一緒の夢の中へ落ちてしまうおまじない。だって言う事だけは覚えている」
少なくとも、小学校以前の記憶だった。それぐらいの時期となれば、それまでの記憶はもはや希薄だった。六歳の頃だったかもしれないし、二、三歳だったかもしれない。十歳だった気もする。
今でも明瞭に思い出せるのは、誰かにやって貰ったこのおまじないと、眠りの間際に言ってもらったあの言葉だけ。
「こうして貰いたかったんでしょ?」
「……そうだ」
「やっぱりね……。じゃあ、今は眠ってしまおうよ」
「ああ……。こっちは、覚えているか? ……“孤独な夢を見たのなら“」
「……“僕が一緒に居てあげる“」
「“恐ろしい夢なら“」
「“僕が君を守ってあげる“」
「“だから、おやすみなさい“」
夢の様に消えていった、何処にも居ない誰かの言葉を共有して。
「明は他人か、自分か。今は、どちらとも言えないな」
「そんな人と離れちゃったら……、今度はハッキリと、”別れ”だって言い切れてしまえそうだけど」
「……そうならない事を祈る」
「祈ろう」
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