案外姉弟ごっこも面白いな、と私は思った。
私、そして彼は、ゲームが好きだ。
ジャンルは基本的に選ばず、やらないものがあるとすれば、PCを使わないゲームだ。例えば身体を動かすスポーツだったり、それ用の基盤等を買わなければならない将棋やチェスとかだ。
だからと言って頭脳戦が苦手なわけじゃなく……と言うより、どれもこれもが苦手でも得意でもない。言うなれば、全てが並み。強いて言えば他の人より集中力はある方。
だから、銃をぶっぱなしながら走り回るFPSや、剣や魔法で冒険するMMOなんかもやるし、戦車や戦闘機を指揮して対戦するSTGも齧ってる。
「で、何する? 交代交代でスマホいじるのもなんだし」
「パソコン単体で二人プレイできる奴があったはずだ。……探してみる」
因みにソシャゲはやらない。あれは課金によって収集欲を満たす装置だ。いや……、偏見が過ぎるかも。
「あった、これだな」
「あーこれか。協力ゲームの奴」
「そうだ。オンライン機能無し、キーボード一つからしか入力を受け付けない協力型」
個人で作ったのだとすぐにわかるこのゲーム、以前からずっと気になっていた。ついさっき話に出してみたら、彼の方も同じように思っていたらしく、一度目のゲームがこれに決まった。
ゲーム開始と同時に、キーボードの右半分に手を伸ばす。……なんか狭い。
「片手で1P、片手で2Pを操る必要が無いのは良いな」
「良いね」
「でも近い。髪が耳をくすぐってくる」
「我慢して」
髪うんぬんはともかく、向こうも同じことをやっていたらしい。無理にでも一人で攻略を目指す程、このゲームには妙な面白さがある。
横スクロールアクション。右へ右へと進んでいき、出会う敵を倒すゲームだ。
技の組み合わせでコンボを繋げていくのだが、どうしても連撃の最後に敵を吹き飛ばして、追撃出来ずにコンボが途切れるのだ。
「それ来た」
斜め上に吹き飛ばした敵へ、その先で待ち構えていたキャラクターが追撃を掛ける。
一人ではコンボを繋げられなくとも、二人目がコンボを引き継ぐ事ができる。そういう風に遊ぶよう作られている。
つまり、孤独なプレイヤーには辛いゲームという事だ。
「もういっちょ」
「千切っては投げ」
「受け取っては千切る」
「おお、楽だな」
「一段と簡単になった」
まあ一人二役と比べたらそりゃそうですよ、と言われればそうなのだが。
……ううん、それにしても狭いな。
「そうだなあ……そっちの膝に座っても良い?」
「は?」
「あ、死んだ」
私の言葉に応じるように、固まった1Pキャラクターに敵キャラが突っ込んでいった。まあ即終了じゃないから良いけども。
「狭いんだよこっち」
ノートパソコンのキーボードはコンパクトに構成されている。そこへ二人の人間が向かい合っているのだ。その上、私はその右側から、右腕を伸ばして操作している。
……すると、左半身がどうしても左側にいる明一に寄せられてしまう。
「……」
「良いかな?」
「いや……分かった。ただ、あんまり深くに座らないでくれ。男女逆転で”当ててんのよ”は勘弁願いたい。普通にセクハラなんだよ」
「はいはい加害者妄想ね。それ言ったら、さっきから私の胸も当たってるし」
「……当たっていたのか?」
……それは暗に小さいと言っているのか?
ムキになった私は、自分のキャラクターの攻撃を味方に向けてみる。お、当たんじゃん。
「おい、やめろ」
「これでも並なんだよ」
「悪かったから」
そんな風にやっていくと、また自分のキャラクターが倒され、ゲームオーバーと表示された。どうやら死に過ぎたらしい。……主に同士討ちで。
「……」
「……他のにしよう」
因みに計ったことは無いが、私は少なくともB以上である。特に誰かにアピールする気は無いのだが、少なくともB以上である。そして日本人女性の平均はBかCぐらいだ。
「つまり私は小さくない。聞いてる?」
「いや何をだ」
・
・
・
「あー……なんとかジャモンだっけ?」
「なんか違うな……あ、出て来た。バックギャモンだな」
「”ギ”だったか」
今度は(身を寄せ合う必要の無い)ボードゲームをやってみようという話になって、ボードゲームをPC上で遊べないかと探してみると、そんな名前の奴が出てきた。
互いに所持している複数の駒をダイスで動かしていくとゲーム……という事だけ知っている。
「これだな。はあ、昔のOSにプリインストールされていたのか」
「そういえば見た事がある気がする。中古の奴で」
「あったな。随分と幼い頃の記憶だが」
流石にPCでネットサーフィン等はしていなかったが、小学生になる前からすでに触っていた筈だ。
そうなると、大体10年前? いや、中古だから何年か足して12年ぐらいか。
「うわ、この懐かしい感じ、記憶通りだ」
「昔の奴がそのまま残っていたみたいだな。どうだ? ルールとかは」
「ぜんっぜん分からない」
それを予期していた彼は、詳しいルールを知るために情報系サイトを開く。
読んでもあんまり頭に入らないから、結局遊んで覚えるしかなさそうだ……。
「……そういえば」
「うん、どうした?」
「膝枕の話、どうなった?」
「……黙っていれば有耶無耶になると思ったんだが」
あ、あの話無かったことにしたかったんだ。別に減るもんじゃ無いでしょうに、概念的にも。
「今しようか」
「急だな」
「思いついたからには、忘れないうちにね」
鉄は熱いうちに打て、では無いけれど。
「……」
さて、今のうちに用意しておこう。
まずは正座の姿勢を。床はフローリング剥き出しだから、ベッドの上にしよう。
「こっちまでおいでよ坊や」
「ノリノリだな」
「ねんねしな」
「昔話でも聞かせられるのか?」
「いや? でもまあ、寝やすい雰囲気にはなったでしょ」
「これはギャグ寄りだが」
「ハハハ、良いからこっち来い」
「ちょ」
ここまでお膳立てしたんだから、さっさと食い付けっての。
痺れを切らして、バッと両腕を彼の頭に伸ばす。
「何を」
「生首にしてでも膝枕させる」
「あ、ああ。分かった、分かったって」
お、ようやく折れたか。
抵抗する力を無くしたおかげで、私の力によってグイグイと膝へ頭が運ばれる。
素直になった様子で自ら横になって、コンマ数秒の硬直の後、頭が膝の上に乗せられる。
「……」
「どう?」
「……慣れない枕だな」
「こやつめ」
試しに撫でてみる振りをする。……すると彼は大人しく目を閉じて、私の掌を受け入れ様とする。
……我ながら可愛いな、コイツ。
する振りを止めて、本当に撫でてみる。私の物と比べてやや固い髪の毛だ。
そうしていると、そう言えば、と昔の記憶が思い出される。
「そう言えば、ママに向かって”弟が欲しい”って頼み込んでたな」
「幼稚園児の頃か」
「そっちはどう?」
「妹だ」
「でしょうね」
確かあの頃は……朧げだけど、遊び相手が欲しくてああ言ったのだと思う。だから弟を求めて……、いや、違うかな?
ううん、やっぱり思い出せないな。
「明一はなんで妹を欲しがったの?」
「……どうだろうな。遊び相手が欲しかったのかも知れないが、それだと妹じゃなくて弟を求める筈だよな」
「うんうん」
「もしかしたら、可愛がりたかったのかもしれない」
「へえ」
「今じゃ可愛がられてるが」
「そりゃ残念だ」
いつか明一くんの願いが叶うと良いでちゅねー。と撫で回してみる。
顰める眉が、なんとも面白かった。
「バカにされてる気がする」
「可愛がってるからね」
「高校生にもなって」
「お気に召さない?」
そう問いかけてみると、彼がじっと私を見つめ返してきた。
「……さあ。だが、姉が出来た気分だ」
それを言われると、本格的に明一が弟っぽく見えてしまう。こういうのを母性と言うんだったかな。
「ところで」
「何?」
「バックジャモンをやるってのはどうなった?」
「ギャモンじゃなかった? まあ、ルール覚えるの面倒だし、別のにしようよ」
「……そうするか」
明一が私の手を除けつつ起き上がって、携帯を横持ちにして構える。
「デュオを組むぞ。今は駒や賽なんかじゃなくて、銃を振り回したい気分だ」
「ふん、血気盛んだね。それでこそ我が戦友」
今度は逆に膝枕してもらおうかね、とぼんやりと思いながら、ゲームアプリを立ち上げた。
さて、今夜は勝鬨を上げる勢いで敵を張っ倒そうか。
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