だからってここまで気を許せるのかと、俺は思った。

 こういう状況になると、流石に一人で帰るという事をする選択肢が無くなってしまう。

 そもそも全く一緒の住所。お互い部活動もやっていないとの事で、別々で帰る理由の方が無いと言う状態になっている。


 放課後、無言のまま教室から出て廊下で合流するが……、もし細かい性格が全て俺と同じだとすれば、帰るまで無言になりかねない。

 だからと言って、なんとか話題を捻り出そうする気もない。する気は無いのだが、そういえばと、気になる事を思い出す。


「忘れ物は? 説の通りなら、忘れっぽいのも同じだろ」


「うん。忘れっぽいよ。今回は無い筈」


 そう思って、何度忘れ物をした事か……。と言っても、明日の登校までの間、無いと困る物といえば携帯電話と財布、そしてカギぐらいなものだ。

 一応、確認するか。


「はい確認、携帯」

「ある」


「財布」

「ある」


「鍵」

「……あれ? あ、鞄に入れてた。よし」


 良かった。一緒に俺も確認するが、大丈夫だった。


「セーフ」 「今回はセーフだ」


「まあ失くしても……悪用が心配だが、俺の分があるからな」


 だからって忘れても良いわけじゃないんだが……。何度も失くしたら、鍵屋にお小遣いを捧げることになる。それは勘弁だ。アパートの大家にも迷惑がかかるし。


「……ていうか」


「……あー、多分同じこと思ってる。同じ家に住んでるなら、部屋割りってどうなってるんだろう」


 2LDKという、二人暮らしぐらいが丁度いい具合な貸し部屋の我が家だが、三人暮らしとなると、二部屋のうちどちらかを二人部屋とするか、LDKの冷たいフローリングに横たわらなければ行けなくなる。

 夏なら丁度いいかもしれないが……。


 あるいは双子扱いされてるとすれば……。下手すれば狭いベッドの上で占領戦を強いられることになる。

 明も同じことを思ったのか、遠い目でうわあ、と呻いた。俺も呻いた。


「今から言っておくが、寝返りで頭を殴ったり胸を触れても怒らないでくれ」


「明確な悪意が無きゃ別に良いし、お互い様だけど……。というか、不思議なものだよね」


「不思議だな。ホームルームの時から今まで、ずっとそんな感じだ」


「それもそうだけど、……ほら、お互いって存在しないよね。認識上は」


「そうだな。だが、世界や人々はそうじゃない」


 双子と認識されているのか、似た名前の二人として認識されているかは確認していないが、主観的には異常な俺たちが、自然体で受け入れているのだ。

 一人分増えたクラス人数も、机も、授業で行われるグループ割りも、全て矛盾なく修正されている。この調子で戸籍を確認すれば、完璧な三人家族が見られるかもしれない。


「世界が歪んだか、正しく見える世界線へ移ったか……」


「パラレルワールドか……。俺たちの記憶が弄られてなければ、異なる世界線から来たという事になるんだろうな。無から出てきたとはあんまり考えたくないし」


「あるいは記憶を複製して分裂したのかも」


「なにそれ怖い」


 主人公とヒロインがそういう感じのゲームもあったな、と苦笑いする。


「まあ……そこらへんを想像するのはよしておこう」


 話の流れで、疑問したり悩んだり恐怖したりで忙しいが……、それにしてもなんだかんだで話が続いている。


 基本的に誰かと進んで話すなんてことはしない。誰にも向けられずに出てきた独り言を、誰かが拾う事はあっても、それ以外に会話の切り口を俺が見出すことはしない。


 ……以前誰かと一緒に下校する時があったのだが、その時は殆ど俺は受け手だった。会話が途切れることは無かったのだが。

 あの時は疲れた。趣味の事とあらば何でも話すものだから、会話を比較的苦手としている俺でさえ、別れ際直前まで話が続いていたのだ。



 まあとにかく、ここまで話の合う相手と話すのは初めてだ。何せ、異性の自分と話しているのだからな。好奇心もあるし、話しやすさもある。


「……女子でも、俺みたいな人間が居るんだな」


「否定はしない。授業以外でイヤホンを外すタイミングなんて、コンビニのやり取りぐらいだし」


「イヤホン双子という訳か」


「語感が悪い」


 冗談交じりの指摘に、声を上げて笑わずとも、笑みだけ浮かべて見つめ返した。


「言うとすれば、イヤホンツインかな」


「悪いが、それも語感が悪い。イヤホンツインズなら野球チームに似合いそうなネーミングになるな」


 同じ条件の双子を見つけないと、イヤホンツインズは名乗れそうにないな。どれだけ厳しい条件になる事やら。


「そうだな。方向性を変えてツインダークはどうだ」


「随分と変わったな。今度は同時に倒さないと攻略できなさそう」


 同時撃破は苦手なんだがな。と俺は、いつの間にか笑いながら話していた。 


 何時もより短い時間に感じる帰路の中で、随分と俺たちは楽し気に話に講じていた様だ。



 ・

 ・

 ・



 さて、見覚えの強い景色の下を歩いて、見慣れたアパートの階段を上がって、何時もの足取りで自分の家の前に立つ。


「家だな」 「愛しの我が家だ」


 外観には変化が見当たらないが。

 ガチャリと扉を開けて入るも、内装も随分見慣れた状態のまま。しかし、すこしだけ慣れない空気感に、俺は疑問符を浮かべつつ鼻に空気を取り入れる。

 何と言うか……女子っぽい香り? そういえば明から感じる匂いと似ている気がする。


「登校する前とは空気が少し違うな」


「違うね。私と明一が一緒の世界に現れたのは、登校中の事だったのかな」


「そういえばそうなるのか。家に突然現れたり、教室に突然出現したりもしてないし。……母は居ないな」


「帽子が無い。買い物中だね」


 玄関脇のハンガーポールには、確かに母の使っているキャップ帽が無くなっていた。


「買い物か……」


「じゃあ、ゲームでもしよー」


「……っていうか、パソコンって二人分あるのか?」


 そんな疑問を浮かるが、自室に入ってみればすぐに解決した。

 一人分しかない。


 ……まあ、現代にはスマホという便利なゲーム機が存在する。


「そういえば、中古のパソコン無かったっけ?」


「何世代も前のOSが乗ってるようなのだな。……使い物にならなさそうだが」


「動画の再生ぐらいは出来るんじゃないかな」


 きゅーん、というPCのモーター音が止んで、PCの起動が完了する。

 そこから何度かクリックされて、気に入っているチャンネルの更新のチェックが始まる。


「……スマホで良いだろ」


「まあスマホも色々出来るしね。そっちはアプリ何入れてるの? っていうか番号一緒?」


「どうなんだろうな? この際だ。連絡先も交換するか」


「おお、異性との初めての連絡先交換」


「その相手というのがほぼ自分な訳だが」


 実際やってみれば、番号はそもそも別だった。そういえば携帯電話を買うときに、下四桁は自分で選べた気がする。

 自分の名を冠したメールアドレスも、明と明一とで差分が出来ているから問題なかった。

 アプリは殆ど一緒だ。見せてもらったが、女性向けアプリが幾つかページの隅に追いやられていた。必要かと思ってダウンロードしたが、結局使ってないらしい。


 そうだ、充電ケーブルも二人分無いだろうか? 改めて自分の部屋……もとい、俺たちの部屋を観察してみる。


 懸念していたベッドに関して見れば、先ほどの心配は無用だと分かった。サイズは少しばかり大きくなって、枕が二つ並んでいる。2人分のスペースとしては……大の字で寝れない程度だ。

 ……というか、ベッドが一つで枕が二つで、という事は、つまりはそういう事だろう。


 小学生ならともかく、この年で異性とベッドを共にするとか頭おかしい気がしないでもない。狭いし。


 自室に置かれた家具がここまで明確に変化していると、改めてこの世に起きた異変を実感する。ちゃんと充電ケーブルも二本ある様だし。


「……この世界だと、俺たちは2人で横に並んで眠って当然らしいな」


「ああ、ベッド広くなったもんね。枕も増えた」


 立ち上げられたゲーム画面では、無意味にダブルサイズになっているベッド見下ろす主人公の視点があった。それを操作しつつ、明は言葉を続ける。


「まるで、ずっと前からそうでした、みたいな感じ」


「だが実際は今日が最初だ。……そうすると、デリケートな問題とかあるな。大丈夫なのか?」


「月経とか? ……まあ当分は大丈夫。そうそう、ここのカレンダーに月経の予定日と薬があるから、変に触って失くさないでね」


 勉強机の隅を指さして言われる。ああ、あの薬は女の子の日用なのか。

 ……彼女がストレートに月経と言って、俺が女の子の日と言い換えるのは妙だな。


「ああ、分かった。その時が来れば融通は効かせよう。後それとは別に俺にもあるんだが」


「あるの?」


「ある、朝に息子が暴れたり、朝じゃなくても不定期に暴れたりとか。……そのガス抜きとか」


「……あー。そっちの問題か。確か興奮すると変形するんでしょ?」


 奇妙な言葉選びな気がするが、通じてくれて助かった。

 明は一瞬だけ手を止めて、ふうむ、と一息置くとまた動き出す。


「先ず第一に、私の身体は立ち入り禁止で」


「無論そのつもりだ。それとさっきも言ったが……」


「ああ、さっきの話ね。触れたり、見て致すだけならグレーゾーンかな、明一との間柄に免じて。容貌も、嫌悪感を感じない所か、我ながら悪くない見た目だし」


「そりゃどうも……褒めてるのか?」


「自分の顔を褒める人が居る?」


「滅多に居ないな」


 確かに、自分の顔を評価することはあまりない。明の顔を見つめてみるが、どうにも鏡を見ている気分になってくる。男女差もあるし、見た目では容易に判別できるというのに。


「理性も道徳も欠かしてない私と明一なら、嫌と言えば手は引くでしょ? ……多分」


「そこが曖昧だと怖くなるんだが? というかお前を……あー……、おかず、にする前提なのはどうなんだ」


「……確かにそうだ。あ、もしかして私って私が思ってるより不細工?」


「いや、別に見た目に関しては悪くないが……俺が知らないだけで、女っていうのは大体こうなのか……? こう、恋愛的なロマンとかこだわりは無いのか」


「そこに無ければ無いですね。ていうか大体、そっちもそうでしょ」


「……それはそうだが」


 女を守るのが男の役目だとか言う意識や、恋愛関連の願望やこだわりとかはあまりない。

 なんでも気軽に話せそうな彼女だが、この話題だとどうにも価値観の違いを感じる。


「だがな、銅線ばりに抵抗がないのはどうなんだ」


「立ち入り禁止の意思表示ぐらいはしたよ」


「いや、本当に最低限のラインだろ、それは」


「んー……分かった。具体的な私の考えを述べようか」


 進行していた箱庭系のゲームが、Escキーによって一時停止させられる。


「私にとって、明一はほぼ私。今日だけで、これはもう確信したよ」


「……ああ」


「それで、明一と私が交渉するとする。まあ、道徳的に考えて本番は抜きとして」


「当然の話だし、交渉するつもりもないが」


「それって実質自慰行為では?」


「なるほど我ながら下品で変態的だな。一瞬でも納得してしまった」


 そして納得した俺が恥ずかしい。一応反論の言葉を探すが、何分、そもそもの原因がハイファンタジーな事柄な訳だから、どれが適切な反論なのか、てんで分からない。



「変態的……ああ、なるほど。こういう問題って、確かに男の方が悪者になりがちか、だからそんなに慎重なんだ」


「その通りだ。加害者を作らない努力と言うのも知ってくれ。二人である以上、何かあっても自傷行為にはならないんだ」


「でもさ、合意すれば事件にはならないんじゃない?」


「……未成年が合意だの何だの言ったところで、世論はともかく法は聞いてくれないぞ。万が一、交渉の末に命中すれば、なおさらな」


「あー」


「それに、なんか違うだろ」


「んまあ、言語化できない何かがあるってのは伝わった。善処するよ」


「頼む、アンタが良くても俺が勝手に罪悪感を感じるんだ」


「まるで私が尻軽女みたいな扱いをされました。償ってください」


 ……。


「……」


「話を変えよう」


「ねえなんか言って?」


「浮かれてないか? 具体的にはゲームを立ち上げ始めるタイミングから」


「私の所為とは言えこの強引な話題転換。……うん、浮かれてるのは認めるよ。なにせ隣に私が居るんだ」


 確かに。何から何まで共通点ばかりの彼女は、言ってしまえば人生最高の友であると過言では無い。

 友人という存在をあまり理解していない俺だが、流石に彼女を友未満の存在などとは言えない。


「それに協力ゲームとか、1対1の対戦ゲームとか、CPU相手にしなくて済むと思うとね。特にMMO。遂に気兼ねなくパーティを連れまわせるんだよ」


「……本当だ。ちょっと待て、これと同等かそれ以上のPCって幾らするんだ? 場合によってはバイトも一緒にやってもらうぞ」


「勿論協力しよう。二人なら資金の収入も二倍で……お、もしかしたらお年玉も二倍に」


「それは高望みな気がしないではないが。出来るだけ早く手に入れられるのならそれで良い」


「よーし接客系のバイトなら任せろ。多分明一よりかはマシだし」


「……肉体労働系も苦手なんだが……明よりは行けるか」


「私だって会話苦手だよ。でも店員に対して雑談なんてしないでしょ? 店の案内と商品の相談ぐらいだよ。だったら……あ、少し自信なくなってきた」


 二人そろって弱点が一緒なのは仕方ないが……。俺達でどうにか出来るだろうか。

 生涯一人っ子の俺が何度か望んだ、友人との共同プレイが今叶えられると思うと、弱点の克服に結構な労力を費やせる気がした。

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