性転換したらこうなるのか、と私は思った。

 ホームルームが終わり、最初の授業までの10分間が与えられる。

 そうすると生徒たちは動き始める。教科書を机の上に置く者、友人と雑談をする者、飲み物を飲む者、提出物らしき何かを書いている者。

 その何れにも習わず、混乱した頭で椅子に腰を下ろしたままなのがこの私、玉川 明だった。


「……」

「……」


 幾らかの席を挟んで、遠めの距離の間見つめあう。その瞬間に何かを気づくと言う事はない。寧ろ疑問ばかりが深まる。

 知らない顔だが、なぜだか馴染み深いような気のする顔だ。けど知らない。名前も全く聞き覚えがない。学校に同じ苗字の人間がいるとも聞いてない。


 ……いくら何でも、これはおかしい。私は意を決して、見慣れない一人の席の元へ向かった。


「玉川 明さん?」


「うん。そっちは、玉川 明一……さん? その、転校生では無い……んだよね?」


「いや、間違いなく入学式からこのクラスだった。そう言うアンタこそ……」


「え、私も入学式から居たけど、アンタも私の事が知らないの……? 確かに影は薄いかもしれないけど……」


「名前を聞けば思い出せるし、同じ苗字の名前を忘れる訳がない。……待て、という事は同じ状態って事か?」


 一体どういう事だろう。

 脳みそが不具合でも起こしたのだろうか。確かに私は忘れっぽいかもしれないけど、同性の名前は流石に覚えるし、半年にもなって聞き覚えが無いという事態にはならない筈だ。

 それに、二人そろってお互いの事を忘れるとかいう事態、想像も出来ない。あり得る話だとは到底……。


 周囲の反応を見れば分かるかな、と周りを見てみるが、彼を注目する様子はこれといって見られない。ホームルーム中の様子から鑑みても、明一という男への反応は、とにかく普通だった。

 ……やっぱり私の脳みそが狂ったのか?


 お互い頭を抱え、しばらく経ったところで顔を向き合わせる。


「とりあえず……周りに合わせるか」


「賛成」


 とりあえずお互い周囲に合わせる方向で決まった。

 私と同じく、彼も私の存在に関しては完全に覚えが無いらしい。対になっているだけで、私と同じ状態だ。


「一応言っておくか。……初めまして。俺は玉川 明一だ」


「ああ、うん。初めまして。私は玉川 明」



「「……なんだ、これ」」



 これ以上奇妙なファーストエンカウントも無いだろう。まだ教科書を開きもしていないと言うのに、頭痛に頭を抱えることになった。


「取り敢えず……今は授業の準備か」


「だね……」



 せめて、国語担当の教師は彼の存在に疑問の一つや二つ覚えて欲しい。と願うも、ホームルーム中の担任と同じように、果てには他の教師も同様に、私と明一は当然のように一般生徒として扱われた。


 一体全体何事なのやら。

 読んでいたラノベの続きが気になったり、徹夜をしてしまった時の方がまだ集中できていただろう。

 それぐらいの放心状態のまま、午前最後の授業を目前に迎えてしまった。

 ……授業に追いつけるのか心配だ、とは一度思うけど、復習予習を試みたりする事は無かった。


 向こうの様子を見るけども、私と同じく誰かと仲良く話すこともなく、無言で佇んでいる。よく見るとイヤホンを付けてる。

 私も休み時間中によく曲を聞くし、休み中に話をする仲の人は居ない。雰囲気もそうだが、どうも私と似ている気がする。

 飲んでる物も私のと同じミルクティーだし。


「……?」


 あ、目があった。

 ……何時もならすぐに眼をそらすけど、不思議と気まずいと感じる事がなかった。私が勝手に仲間意識を抱いているからなのか。

 また見つめ合うのもなんだから、目線を手元のノートの方に移した。……何も書いてない。今日の分の授業は置いてかれただろうな。


 そうしている内に午前最後の授業も後半に入って……今度は、教師の声が耳に入る事に気づく。

 この奇妙な状況に、自分なりに整理がついたのだろう。


 ただ、整理がついたとは言っても分からないことが多い。多すぎる。その分からないを消し去るために、ちゃんと彼と話さなければ。



 授業が終わり、机に出していた筆記用具を仕舞い始めて……そう言えばと、今度は胸ポケットから手帳を取り出す。


 取り出したのは、私の情報が書かれた生徒手帳だ。そうだ、これなら理解不能な現状を打破できるかもしれない。

 早速立ち上がって、彼の机に向かってからその話を切り出した。


「どうした?」


「生徒手帳を見せて」


「生徒手帳……なるほど、分かった。そっちのも見せてくれ」


 そう言われるだろうと思っていたから、手にあった物を渡す。


 交換する形で受け取った生徒手帳には、目の前の顔と同じ顔が写真に。そして私の名前に一の字を付け加えた様な氏名の項目がある。生年月日や、住所が……ええ?


 思わず彼の顔を見る、鏡の様に、彼も同じく私の顔を見た。

 生徒手帳を机に置いて、彼も同じように生徒手帳を並べて、二人そろって見比べ始める。


 ……やはり、一緒だ。

 名前や顔は別なのだが、生年月日と住所が一緒なのだ。番地も、部屋の番号まで。全て。


「待て、待て」


「待つも何も」


「とにかく頭の整理をさせてくれ。……住所が一緒ってことは、同居しているって事か?」


「そうとしか」


「だが俺の家には俺と母しかいない筈だ」


「同じく。私だって、認識上は母と私だけ。居候なんてのも居ない」


「……引っ越して、元の住所のままだったとかじゃないだろ?」


「うん。しっかりと今の住所。入学直前に引っ越した」


「引っ越し時期も同じ……? じゃあ、引っ越し前は」


「駅の隣。窓から駅のホームを観察できるぐらい隣のアパート」


「隣にコンビニがあったよな」


「あった」


「ということは……。なあ、母だけだって言ったよな。父は?」


「母さんは巳咲って名前。父さんは2年前の夏に病死。元々病弱だったし、病院暮らしもあって関わりは少なかったな」


「同じく……。同じ時期に同じ死に方。病弱なのもだ」


「やっぱり。じゃあ、同じ家族って事だよね」


 二人揃って、また頭を抱える。


「……俺たちは兄弟、と言うより、双子だったのか?」


「そんな筈は」


「俺だって」


 がくっ、と力が抜けてくたびれる。落ち着くための深呼吸が二人同時に行われて、また同じタイミングで息が吐き出された。



「……なあ、パソコンは持ってるのか?」


「ノートパソコンあるよ。エースってメーカーの」


「同じ奴だな。……やっぱり、パソコンでゲームか」


「うん。色々やってるけど、強いて言えばMMOを。パラレルフェイツって言うんだけど」


「同じのやってるな……」


「本当? もしかして……ねえ、好きな食べ物は?」


「特にこれといった物は」


「私も。苦手も好きも無いと言うか」


「そうそれ」


「じゃあじゃあ、音楽は何を聞いてる?」


「ボーカロ系が多い。マイチューブを自動再生で適当に流してるから、決まってこれといった物は」


「同じ感じだ。でもAbout usは一時期何度も聞いたな」


「一時期って、ニッコリ動画を見てた頃か。サンキャクの歌ってみたしか聞いてないけど」


「アレンジが極まったのを最初に聞くと、原曲にむしろ違和感があるよね」


「賛成。何度も聞くといえば、奴のボス戦BGMはよくループにして聴き入ってしまうな」


「奴って?」


「言わなくても分かるだろう」


「……確かに、そうだね。ここまで来たら、言わなくても分かる。……あの時の事を思い出すと、今にでも涙が出かねないや」


「何度死んだかを思い出すと……」


「……うん」


 しんみりとした空気になる。

 ムキになって何度もやり直したが、その死闘の甲斐あってエンディングまでを迎えたあの時を思い出す。涙が出そうだ。



「……それで」


 過去を振り返る気が無くなった頃合いで、切り替える様に明一が言う。


「もう、同じ結論に辿り着いていると言う認識で良いか?」


「そう、だね。ここまで来たら、双子だった記憶を失ったって説さえ疑わしい」


「だな、双子の記憶が無くなるなんて聞いたことが無い。しかも二人同時だ。これじゃあ、過去が改変されたとしか」


「私達が並行世界に飛んだのかもしれない。神の意思とかいう奴じゃないかな」


「気まぐれにも程があるな……」


「きっと、神の気まぐれには限界も何も無いんだろうね」


 ……私達が辿り着いた結論とは、『明一と明は同一人物説』である。


 まず最初に疑ったのが、私達が双子という事実をどういう訳か忘れ去ったという説。顔も遺伝を感じるぐらいには似ているし、父の話まではそれで通じていたのだが……パソコンの話を境に、それだけでは無理が生じてきた。

 食べ物や曲、ゲームの好みは同じ。細かい所感まで噛み合わせてみると、双子説よりも納得できる説が生じてくる。


 その説、同一人物説が、私たちの結論として選ばれたのだ。正直、今も疑わしいけれど……彼から感じる奇妙な親近感に、否定しきれないでいる。


「周囲の反応的に、双子説もまだ可能性はあるけど……。超自然的な何かを信じられるなら、同一人物説かな」


「……もし本当に、今までの双子としての記憶があったとして」


「席の数は記憶と違うし、なんなら席だって変わってるし。私達の記憶が無くなったというより、事実が変化したとしか」


「ああ。専門家も認めるぐらいの可能性があれば、是非ともこっちの可能性に賭けたいが……」


「反論材料が多すぎるね。もし双子だとしても、対人対戦のゲームをやった記憶が無いし。何なら名付けに違和感が出る」


「幾ら双子だとしても、明一と明だなんて名前のはな」


「うん。双子だからって、同じ由来で名前は付けない筈」


「明るい子に育って欲しい、だったな」


 詳しくは覚えてないけど、そんな想いを名前に込めたのにも関わらずその陰キャとなってしまったと言うのは、なんとも皮肉な顛末だ。

 ……それは別の話か。



「……とりあえず、飯にするか。何買ってきたんだ?」


「これ」


「量はちょっと少なめか。でもほぼ同じだ」


「ね」


「だな」


「違うのは性別と」


「性別に影響される物ぐらいか」


「……多分ね」


「まだ分からないが、多分、そうかもしれない」

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