ママはママで全然変わらないな、と私は思った。

 

 バイトの募集に関して、パソコンを駆使して探して数十分。後ろで時折鳴る音を聞き流しているのが私だ。

 彼の手元から銃声がパパパンと鳴って、続く爽快な効果音と足音がバタバタと続いていく。言うまでもなくゲームアプリから発される音だ。


「なんか悪いな。俺だけ遊んでる様で」


「んー、大丈夫。ランクが上がってればね。こっちの方もだいぶ纏まったし。例えばこれ、少し遠いけど、飲食店のバイト募集があるらしい」


「ファーストフード系か?」


「んーん、ファミレス」


「……仕事内容ってどんな風に違うんだ?」


「ファミレスは接客だけ務めるんじゃない? 牛丼とかバーガーとかの方だと接客と調理、一緒にやってるし」


 確かにそうだ。

 ネットの海に沈んでいく日々の末に得ている知識では、コンビニバイトの業務と言えば、レジ打ちに接客に在庫管理に商品羅列にと、確かそういった風だった筈だ。なんか、庶民向けの店って、店員の負担が多い気がする。

 ……別にネットに潜らなくても知れそうだけど。


 ファミレスに関してはどうだろう。覚えている限りじゃ、接客とオーダーの伝達ぐらいしかやっている様にしか見えないが。

 ……いや、他にも結構あるな。テーブルの様子を見てやったり、食器を配ったり回収したりと、接客とだけ言って一括りするには色々やっている気もする。


「なんか」


「なんだ?」


「色々考えてたら、途端にやる気が減衰してきた」


「確かに。まるで一本の羽を投げたような感じだ」


 たとえ全力で投げ飛ばしたとしても、空気抵抗をまともに受けて、結局目の前で落ちるみたいな。そんな感じでやる気が無くなってしまった。


「ま、一緒に頑張ろう。……って言ったら、やる気出るか?」


「生憎と協調性はどっかで失くしちゃったな」


「だろうな。二人一緒の職場だったら、協調性の問題も少し和らぐかもしれないが」


「……双子揃って雇う所ってあるの?」


 職場以外でも見たことないな。っていうか、二人揃ってる所を見かけたって、普通は双子だって気付く事ないし。


「……働くってのはどうにも」


「気が進まないものだなあ……」


 好きな事を仕事にすれば、長続きするとは聞くけれど。バイトと聞いて思いつくような仕事と、一般に聞く趣味が共通する所ってあまりない気がする。


「ああでも二人分のパソコンが欲しい……」


「……一回、頑張ってみるか?」


「頑張るぅ?」


「二人で、一緒に履歴書を突き出してみようか」


「……威力高そう」


 まあそういう事なら、コンビニに行って調達するまではしようかな。バイト面接のセオリーとか、そういう情報も確認しつつ。


「それじゃあコンビニ行ってくるから、面接の流れとか調べておいてね」


「分かった。……この試合が長引いたら間に合わないかもしれない」


「まじめに調べてくれたら膝枕してやろう」


「……ご褒美のつもりなのか?」


 とは言ってくるものの、渋々と、もとい恥ずかしそうに頷いてくれた所を見るに、効果アリで良さそうだ。

 膝枕ぐらいなら、彼の加害者意識を刺激することは無いしね。……それに、お互い友達ゼロ人生活が長く続いてるんだ。人肌が妙に恋しくなるのはわかる。


 母との仲はそれなりだから、甘えようと思ったら受け入れてくれるだろうけど……現状、この家族でたった一人の働き手だから、そこまで甘えられない。


「じゃあ」


「気をつけて」


「……あー」


「……どうした?」


「外行きの服に着替えたいんだけど、ここに居て大丈夫なの?」


「あ」


 ……やっぱり明一的にはレッドだったらしい。彼はベッドの中で毛布を被り、団子になってしまった。

 母の着替えを見ても、何とも思わないくせに。



 ・

 ・

 ・



 ……そういえば、明一が持ち込んだ財布の中身。あれも大丈夫なのかな。

 国の貨幣管理的に矛盾ができる気がする。諭吉さん達……は流石に持ってないけど、野口さん達に振られた番号が被ってたりしたら、私らが2人とも捕まりかねない。


 今までのことを見る限り、そこらも問題なく修正されていると思うんだけど、超常的な事だからどうも信用できない。


 あ、こっちの棚にあったのか。……これで良いかな。


 目的の紙は持った、ついでに安くて多いポップコーンもカゴの中。

 三食きっちりご飯を頂いていると、あまり腹に収まらないんだよね。一つ買ったら、二日に分けて食べないといけない時もあるぐらいだ。

 今は二人いるから良いだろう。むしろ物足りないかもしれない。飲み物は水道から水をほぼタダで貰うとして……。


「明ちゃん?」


「ん……ママ?」


 コンビニを出ていくと、見慣れた顔が現れる。スーパーに寄っていたのか、3人分の弁当と幾らかの飲み物を入れた袋を持っていた。

 というか、今日弁当なのね。いつも作ってくれるけど。


「珍しいじゃない。お菓子買ってきたの?」


「うん。履歴書もついでに」


「へえ、履歴書を。……リレキショっ?!」


 今の声どっから出たの?


「えっと、私がバイト探すのがそんなに変?」


 もしかして、私達が増えたのが原因で、母にも何かしらの変化が?


「お、お金に困ってるの?! 詐欺にでも遭ったの?! それともギャンブリュっ……」


「……ママ?」


「舌いたあい……」


「ママ……?」


 やっぱり変わってない気がする……。変わってないけど、言葉を噛んで舌も噛むのは初めてだ。

 妙にキャラが濃いのは、相変わらずかな。


「別に大金をドブに落としたとかじゃないよ。ただ、ちょっと高い買い物をする予定が出来て」


「……クスリ?」


「パソコンだよ」


 鏡が無くとも自覚できる程の呆れ顔を作って、勘違いを正す。

 とんでもない事を言う、このとんでもない母は、あれでも普段は普通にママさんな一般40代女性なのだ。……なのだけど、子供に関わる事になると途端に慌てる。

 具体的には、運動会でちょっとコケでもしたら、柵を飛び越えてトラックの中に入ってくる。というか一回入りかけた。


「新しいのが欲しいと思って」


「……壊した?」


「今でもキュンキュンガリガリ動くって」


 ママも幾らかパソコンを保有してて、私が持っているのもその中古品だ。三年に一回は新しいパソコンを持ってきて来る。

 詳しい家庭内財政状況はママが把握しているから、金銭的に心配は無いと思うんだけど‥…。数割ほど安い中古品ばかり、新品でもセール品しか買ってないと言う証言も、前に一度聞いたし。


「私が持ってる古いの、譲るわよ?」


「一体幾つ古いの持ってるの? 古着みたいには行かないんだけど。……まあ、新しいの買うまでは借りるけど」


「はあい、データはどうするの?」


「そのままで良いよ」


 母のこういった謎の習慣もあって、パソコンの扱いは幼い頃から身についていたりする。

 一人を好む様になった要因かもしれないけど……後悔するほど嫌な思いはしていない。


「じゃあ帰ろ、そっちの袋持つよ」


「まっ。明一くんと似た事を言うのね」


「まあね」


「……あれ?」


 横を歩いてたママが立ち止まる。どうしたんだろう?


「どしたの」


「い、いいえ。何でもないわ。また変な事言ってるって思われちゃうもの」


 ほぼいつも思ってる。

 ……と言おうとしたけど、普段は大丈夫なので口を閉ざした。私だって、言って良い事と悪い事の分別が付く女なのだ。

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