星祭り

星祭り

「……先輩、これどこから用意したんですか? というか今日が七夕だからって笹をベランダに括り付けるとかいくら何でもミーハーすぎると思うんですけど。今度は何の小説読んだんですか……?」

「ん? まぁあれだ、よく言われる言い方を借りるとすれば二千年代の古典から一シリーズほどな」

「あぁ、たしかにいかにもやりそうなことを……」


 外は唐突な土砂降りでさっさと帰りたい今日のような日に限ってなぜか活動のある活動日未定系文化部代表のパソコン部の部室に来たのは、当然ではあるが六時間目が終わった後の放課後のこと。入るとなぜか先輩がベランダの手すりに笹を括り付けているという謎シーンに出会ってしまったときの会話がこれだった。できることなら時間を巻き戻したい。そして何もなかったかのようにすぐに扉を閉めてすぐに家に帰ったことにしたい。

「先輩、この土砂降りのことを考えると外よりも中で飾ったほうがいいと思いますよ。偶然来た暇な人たちもそっちの方が簡単に短冊付けられますし」

「なるほど。よし、ちょっとこれ持っておいてくれ。少し探し物してくる」

 そう言って私に笹を押し付けた先輩は走って部室の外に出て行ってしまう。説明不足なことは今に始まったことではないので別に気になるわけではないが。……いや、多少は気になるから一言くらいは説明が欲しかった。戻ってきたら一発殴る。

 そう決心してから待つこと数分、先輩が白いおもりを持ってきた。商店街の小さなのぼりの下に置いてあるようなよくあるやつ。……どこから持ってきたんだ?

「さすがに倉庫からこれ持ってくるのは運動不足の体にこたえるな……。ということでおもり持ってきたからこれに挿してもらっていい?」

 何も言わずに手元の笹を挿して、倒れそうにもないほどの安定感が担保されていることを確認して、先輩の腹に一発ジャブをかました。

「うーん、やっぱり付け焼刃のジャブ程度だと威力が大してないですね。ちゃんと鳩尾狙ってないのが敗因でしょうか?」

「……」

「……」

「…………」

「……思ってたよりも効いてるっぽいですね。大丈夫ですか?」

 うずくまって無言のグーサイン。こういうことをしているときはたいてい何かの作品のパクリか、もしくはネットのネタあたりなのが今までのパターンからわかっているおかげで心配する必要がなくなった。さすがに追撃はかまさないでおこう、それが私のできる最大限の情けだ。


 その後うずくまる先輩を無視して一人で作業をしているうちに相当な時間がたっていたようで、外は既に真っ暗になっていた。いつのまにやら雨もやんでいいて笹がベランダの手すりに括り付けられていた。なぜ先輩がその横でたたずんでいるのかは気にはなるが無視しておくべき事項だと思う。

 数分ほど作業をしていたがやっぱり外でたたずむ先輩が気になってしまいベランダに出る。私の内なる中二病がエモさを感じ取ったのか笹を挟んだ反対側で似たような姿勢をとってしまっているのは決して私の本意ではなく先輩の影響によるものだ。うん、そのはずだ。

「さすがに雲は晴れないな」

「そうですねぇ……」

「一年に一回しか会えないあのビックカップルも今年はおあずけかぁ」

「私に言わせれば、会えない割合の方が高い気がしますけどね」

「それに関してはノーコメントで」

 再びの無言。先輩と同じ空をすぐ隣で見ているというその事実だけで気まずさは、なくなる。ただひたすらに心地の良い無言。こんな時間が永遠に続くのならば、それはもしかすると幸せなことなのかもしれない。

「私は先輩がこの部活にいてくれて、良かったなって思いますよ」

 つい漏れた本音。心のどこかで間近に迫った先輩の引退を悲しく思っているのが、この不思議な空気にあてられて出てきてしまったのかもしれない。こんなことを言うと先輩にからかわれることが分かっているから絶対に言わなかったんだけども……。

 何も言ってこない先輩を不審に思ってばれないようにゆっくりと先輩の方を向く。いつもならからかってくるはずなのに。

「……ありがとう」

 うつむいた先輩が少し裏返った声で絞り出してきた。その湿度の高い声のせいで私の目じりの湿り気も増してくる。恥ずかしさと顔のほてりと、あとはまだ気が付いていないままにしておきたい気持ちと、ぐちゃぐちゃに絡まった気持ちを誤魔化して空を眺める。目に入ってくるのはたくさんの滲んだ光の粒。……星の光⁉

「先輩っ‼ 星、見えてますっ」

「えっ、おぉ、きれいだな」

「そうですね。……彦星様ってどこですか?」

「ん? あれが夏の大三角だから……あれがデネブ、アルタイル、ベガ。彦星はアルタイルだな」

「……あっ、見つけました‼」

「よかったな」

 先輩と私の目が合って、そして同時に笑いあった。

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