1.魔女の言の葉に

 ――あの、魔女の言うことは絶対だった。


 明日は雨が降るだろう。夜には傘が壊れるだろう。昼は向こう脛を蹴られるだろう。五分後には、さすがにそんなことは嘘だろう、と君は口にするんだよ、と。

 まるで未来から来たように明日から遡って伝えられる情報は、どれも正確に、でもどこか曖昧さを残しながら、的中していた。


「嘘だよ、やっぱりそれは」


「文脈を変えたところで意味がそれなりに合っていれば、予言はその内に入るのさ」


「ずるくない?」


「ずるっていうのは、知った答えを改変することを言うのさ」


 眉間に寄ってしまうしわを指さされ、僕はため息をつくしかなかった。


「それで、その嘘を僕に告げた理由はなに? 明後日には僕が死ぬっていうの?」


「誰もそこまで言っていないし、見えていないし、そもそも明日の天気を聞いてきたのは君だろう? ちょっとしたオマケをつけて君に答えてあげただけで、そんな大げさな」


 身の丈に合わない大きなつばの黒帽子を目深に被って、魔女は笑う。


「でも、濡れて帰ると風邪を引いてしまうよ? 気をつけなくちゃ、ね?」


「……わかった、わかったよ」


 骨の一本がイカれて満足にちゃんと開かなくなっていた傘を思い出し、僕はズボンのポケットをさらった。銅貨が一枚、銀貨が二枚。それと包みに入った飴玉が二個。

 境にした古びたテーブルに置くと、魔女は首をひねった。


「まあ、余計なお世話だったことだし、タマトウゲの飴玉で手打ちにしてあげようか」


 最近、仲良くなった妹分にでもあげようと思っていたお駄賃だけれど、肺炎にでもなって迷惑をかけては、修道院にも、先生にも、ましてやあの子にさえも心配されて面倒だ。


「仕方なさそうにしてるのに、随分と嬉しそうじゃん。飴玉一個でいいの?」


「ああ。わたしはね、小食なんだ」


 そう言うと、彼女は、魔女は、包みを開いてよくわからない味の飴玉を口に放り込んだ。


「いつも思うけれど、この味はよくわからないね。どこが美味しいんだと思う?」


「大婆が作るゲロマズスープよりはまだましだろ」


「懐かしさは時に出来事を美化するけど、確かにあれと比べていいものはない」


 吐き気を催したように首に手を当て、魔女は苦笑した。

 テーブルに広げた駄賃を集め、もう一度ポケットに押し込むと、僕は玄関の鐘を鳴らした。ギギギッ、とうるさい立て付けの悪くなった重い扉は、彼女の非力な腕では到底開かないだろう。


「また来る。次はもう少し色をつけるよ」


「じゃあ、今度はイノシシの肉でも持ってきてよ。少し贅沢したいんだ」


「無理」


「じゃあ、本物のタマトウゲ」


「んなもん、あるわけないだろ」


 そもそも、タマトウゲってなんなのかもわかってないのに。


「じゃあ――」


 扉を閉める間際、魔女が言いかけた言葉に振り返る。

 背の短くなったロウソクの灯火に照らされる血色の悪そうな白い肌の女の子が、頬で飴玉を転がしながら僕を見つめていた。笑みを浮かべるわけでもなく、ただ無機質な表情で、さっきまでの要求が戯れ言であるように、僕に向けるその灰色の瞳に感情はない。


「……いや」


「なんだよ」


「なんでもないよ」


 また来てね、とたった十歳年上なだけで、お姉さんぶって手を振る彼女は、少し笑っていた。

 その作り笑いは、みんなが院長先生に向けていた笑顔と一緒だった。

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戦争終結から数年、運命の相手を見つけたので魔王辞めて会いにいきます ぱん @hazuki_pun

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