第6話 ゾルバ・ウクタ
そいつは長い間動くことなく、じっと遺跡の中でその時を待っていたに違いない。
何故今この時目覚めたのかあたしにはわからなかったけど、ただ動き出したそいつが危険なシロモノだっていうのはすぐにわかった。
「危険です!離れてくらさい!」
後ろからお嬢が叫ぶ、あたしはメイスを握りなおすと後退しようとして部屋の端でぐったりしているドワーフのことを思い出した。
そしてオークは、あたしたちがまごまごしているうちにぐるりと後ろを振り向くと、駆動部の隙間に挟まった石やゴミを砕きながら狙いをつける砲門に飛びかかった。
「ブモォ!」
ガァン!と硬質な壁材を砕く音を鳴らしてオークは丸太のような腕を振り回して砲門にダメージを与えはじめる。
片腕は砲撃のせいでねじれ、削げ、腫れながら血をぼたぼたと垂らしてはいるものの、鼻息荒く部品を破壊しようと必死に立ち向かっている。
今のうちだと、あたしはそろりそろりモールモールに近づいて、顔色を見た。どこか切れて血まみれになった額に触れる。
リルドラケン以外の健康診断なんてできなかったけど。
「お嬢ちゃん、こいつ……」
代わりに見てもらおうと背後で待機しているはずのリーズお嬢を呼ぶと、たぶんどこかから拾ってきたであろう重そうな鉄の板をずりずりと引きずりながらやってきた。
「あ、大丈夫そうですね。生きていやすよ、モールくん」
小さな手でぺちぺちとドワーフの頬を叩く、叩く。
「えっと……そいつは?」
「そこに転がってたゴブリンの死体が抱えてたので持ってきやした」
叩く、叩く、叩きながら持ってきた鉄板について簡単に答える。
「いや、何でもかんでも持ってくるもんじゃないだろ。そんなん重いんだからぺっしてきなさい」
「魔剣ゾルバ・ウクタ。古代の言葉で嵐の壁を意味する逸品ですよ」
叩く、叩く、叩いちゃいるんだが、そんなことより気になることを言われるもんだからあたしの単純な頭が煙を吐き始める。
叩かれ続けるドワーフ、なんか魔剣らしい鉄の板、向こうで砲門の二撃目を食らって腹に穴を開けられるオーク……。
あれ、オークやられてないか?
「あのオーク一体じゃすぐひき肉になってしまいやす。そうなったら次に狙われるのは私たちですよ。魔動機械が起動したときにそんなこと言っていやした」
「じ……じゃあさっさと逃げ出さないと」
押し付けられるままに鉄の板=魔剣を手にしながら出口を見る。
「出口はさっきの砲撃でお釈迦になっていやすよ。掘り出すより私たちが潰される方が早いです」
両手が自由になったお嬢ちゃんのドワーフを叩く効率が2倍になっていた。嫌なもん見た。
「ってもこんな盾一つでどうにかなるもんでもないだろ!」
「じゃああなたはここでお行儀良く死んでてください、私は生きて帰りやす」
どこまでもマイペースで歯に衣着せない言い方をするそいつにカチンとくるものがあった。
リルドラケン特有のいかつい顔をさらにしかめさせる。
「誰もんなこと言ってないだろ!けど無理なのは無理だろ!あのオークだってもう数分も持たない!こっちにいるのはちっこいのが二人に、メイス振るしか能のないあたし、そんでよくわからない鉄っきれだ!」
「それがなんだと言うんですか、下らないです。どれも私が死んでやる道理につながりません」
ようやくこっちを見た女の子は、あたしより小さいくせに、心強く、見えた。
「私には死ぬわけにいかない理由がありやす。死なないためには何でも越えてやる覚悟がありやす。そしてあなた達が望む限り、その命を守る責任がありやす」
そいつの言葉は、あたしの言葉より遥かに強い意志をもって発せられていた。
なんで、なんでそんなに。
「何であんたはそんなに強く生きられるんだよ」
「私は社長ですから」
気づけば女の子のドワーフを叩く手は止まっていて、ドワーフはよろよろと頬を真っ赤に染めながら起き上がった。
「ちょっとそれどういう……」
「あ、モールくん無事でしたね?あんな大柄の二人の間に入って、ぺしゃんこになったかと思いましたよ」
「なんかほっぺが痛いんだけど……そんなにひどくぶつけたのかな……」
あたしの質問をひらりと避けたリーズ・コールストンは手をはたきながら立ち上がると、オークの方を見る。
いつの間にかもう何発か砲撃を食らってたらしく、もうボロボロだ。
「絶対に生きて帰るんですよ、ガランゴロンさんも、モールくんも」
ドワーフが息を飲む音が聞こえる。
たった今しがた、最後の砲撃がオークの小さな頭を削り取った。
「さあ、来やすよ」
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