第4話 絡繰とドワーフ

「モールモール、あんま前に出るんじゃないよ」


 メイスの柄でうさ耳フードを引っ掛けると、挙動不審なドワーフを後ろへ投げ飛ばした。

 間一髪で急襲に失敗したゴブリンが通路の脇からすっ転げて尻餅をついたから、返すメイスで頭をかち割る。


「ほいっとな」


 後ろでモールモールをキャッチした女の子、リーズはガタガタ震えるドワーフを地面に下ろす。

 自分とほぼ同じ大きさの鞄を背負っていたし、この社長とかいう生き物も見た目で測れない力を持っているのかもしれない。


「もっと僕を丁寧に扱ってよ!これだから野蛮なのは嫌なんだー!」


「死ぬよりマシだろうに、じゃあ前歩いて。あたし達じゃ罠とか仕掛けは分からないんだからさ」


 ゴブリンは簡単に処理だけ済ませて進むことにした。

 未だガタガタ震えるドワーフを先頭に、あたしとリーズは奥へと歩き始める。


・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 遺跡前広場の一件の後、あたしが依頼を受けることにしたのと、モールモールが頷くのはほぼ同時だった。


「あたしとしちゃ是非飲みたい条件だね。『遺跡内部の調査随行と護衛』ってこたぁ、こん中に入るあんたの護衛すりゃいいって話だろ?」


 背後に見える3mほどの遺跡を指差す。たしかに入口らしき隙間は見えるが、どう見ても探索するには小さすぎる。多分地下に繋がってるんだろ。


「僕も。遺跡内部への侵入権って場合によってはお金取られるんだよね。その分この『遺跡内部の調査、案内』は都合がいいよ」


「書いてある通り、作成したレポートを神殿に販売するのは禁止しやす。その代わりこっちで高く買い取るつもりなので安心してください」


 よく見たらモールモールの依頼書だけ二枚綴りになってる。あたしとは随分違う条件なんだろうな。

 そんなことを思いながら遺跡を改めて眺めていると、早速モールモールが動き始めた。


「じゃあ早速遺跡のロックを……あれ、変だな」


 また無防備にも遺跡に近づいてペタペタと隙間の辺りを触り始めたから、あたしも覗いてみるとこにした。

 扉らしい板と、その脇に手のひら大くらいの大きさがあるツルツルとした板が嵌め込まれていて、モールモールはその板を指でカンカン弾いている。


「ほら、おかしいでしょ。まるで導線が繋がってないみたいで」


「おかしいって言われたってあたしにゃ分からん」


「私もです、どういうことですか?」


 あたしと社長が首を傾げると、少年ドワーフはさらに眉間に皺を寄せて板をカンカンと弾く。

 扉にも板にも変化がない。


「いや、これは簡単なロックのはずなんだけど。……あれ、おかしいな」


「壊したんじゃないのかい?」


 あたしがそう言うと、心底バカにしたような目つきでこっちをじとっと見つめてから、なんか難しいことをブツブツ言っている。

 なんだか分からないが、あたしも好奇心から扉に触ってみるとすべすべしていて冷たい感触がウロコ越しに伝わるのを感じた。


「なあ」


「……でもこの地域の特性から間違い無く採用されているのはA型錠のはずだし……」


「なあったら」


「ああもううるさいですね、ガランゴロンさん。ちょっと待っててください」


「でもこれ、開いてるし」


 触ってみて、扉になっている板がガタガタなのに気づいたあたしが扉に横向きの力をかけると、ゴリゴリと音を立ててそれは開いた。

 しかしそれで微妙なバランスを保っていた扉は均衡を失い、大きな音を立てて遺跡内部へと倒れる。

 倒れた音にびくりと飛び跳ねたモールモールはじっとあたしを見ている。

 ついでに遺跡の持ち主のリーズちゃんもあたしを見ている。


「いややらかした、とかじゃないぞ……っと!」


 突然遺跡の奥から異常を察知して躍り出たゴブリンをメイスの横薙ぎで遺跡の壁にぶつける。

 近くのモールモールが操作していた板にまでゴブリンの体液が飛び散った。


「……なるほど、ゴブリンが既に遺跡の入り口を破壊した上で巣穴にしてるってことでしたか」


 手や腕に飛び散った体液を、迷惑そうに拭き取りながら恨めしげにモールモールがそう言うと、そそそと遺跡の中へと入ってゆく。

 改めてリーズお嬢ちゃんの顔を見ると、彼女はにこりと笑ってスカートをつまんで会釈を返してくれる。


「いやほんと、ほんとに壊れてたんだって」


「ええ、わかっていますよ?」


「ちょっと!僕を一人で進ませてどうするんですか!僕は死体になるくらいしかできませんよ!」


 二人のとぼけた時間は悲鳴のようにも聞こえるモールモールの呼び声に切り裂かれて、あたし達もまたそそくさと遺跡の下り階段へと足を踏み入れたわけだった。

 そうして幾つかの似たような板のついた扉をくぐり、冒頭のようにゴブリンに襲われながら、あたし達は危なげなく進むことができていた。


 冒険者パーティーなんて呼ぶにはモールモールは頼りないし、リーズお嬢ちゃんはそれよりさらに小さい。

 けれども次々に魔道の仕掛けを解いていったり、背後でちまちまと地図を作り迷わないようにしている二人を見ていると、居心地が良いように感じた。


「そういや、モール坊ってガクシャとかそういう感じかい?」


「そんな呼び方するくらいならモールモールって呼んで……一応学者って感じ。あと……」


 不貞腐れながら呼び名の変更を要求されちゃあ、あたしだって無視するわけにもいかなかった。

 一方で肩書きとしてボソボソともう一つ提示したモンの方が私の興味を引いた。


「それホント?」


 そういうのも居ないわけじゃないはず。でも珍しいのは確かだ。


「訂正。知識はあるけど実践じっせんは微妙ってかんじ」


「それでも十分じゃないか、なんだ冒険者の適性あるんじゃないかい?」


「何度も言ってますけど、いーやーでーす!そんな野蛮な職に誰がつきたがるってんですか」


 興奮したのか、すぴすぴと鼻音がうるさくなってきた。

 イジるのは可愛くて楽しいけど、これ以上不機嫌にしたら爆発しちゃいそうだし、からかう代わりに新しく見えた仕掛けらしきものを指差して話を逸らした。


「アレってどうなってんだい?」


「ふむふむ、それを聞くとは目の付け所があるね、ガランゴロンさんは」


 途端に上機嫌になって走り始めたドワーフをヒョイとつまみ上げると、それを狙っての奇襲を外したゴブリンが間抜けな音をたてて転げたのだった。

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