第3話 財団

 成り行きで助けたドワーフは、あたしが獲物の剥ぎ取りをしているうちにまた遺跡に張り付きはじめた。

 こっちは爪やら粗末な武器を丁寧に処理しながら、その様子を見守る。


「あんたそんなに遺跡調べてなんになるってんだい?冒険者にゃそういう仕事もあるって聞くけど」


「僕を冒険者とかそういう野蛮なのと一緒にしないでくれる」


 冒険者のことが嫌いなのか、ぷりぷりと怒りながら調査の手を緩めない。

 ぶっちゃけ怒っても怖くないし、なんなら小ささもあってなんかかわいいな。


「冒険者じゃないなら依頼でもなしにこんな辺境に来たのかい?不思議な趣味だねえ」


「趣味、ってだけでもないです。僕はこうやって調査活動をして、そのレポートをキルヒア神殿に売って生活してるんですよ」


 キルヒア神殿と言えば有名だ。知識の神キルヒアを祀る神殿。リルドラケンの集落にも時々宣教師が来てた。


「その変な形のフードはなんだい?それによく見たら背負ってる杖もうさぎっぽく彫っちゃって」


 見れば見るほど全身うさぎだらけ、ってくらいそいつの装飾はうさぎづくしだった。うさぎ型のボタンでローブを留めて、うさぎの毛の耳飾りをつけている。


「あのね、なんで見知らぬ冒険者になんでも喋らなきゃいけないんですか。さっきから質問多すぎますよ」


「それならあんたがあたしに質問すりゃいいじゃないか」


「やですよ、あなたに興味ないですし」


 無視すればいいのに律儀に答えるあたり、真面目っぽい。憎まれ口を叩いてるのに、容姿のせいで小憎たらしさ合わせてちょっとかわいい。

 へんてこなドワーフが遺跡のスケッチをがりがりと描いている様子を見ているうちにこっちの処理も終わってしまって、手持ちの干し肉を齧り始める。


 あたしの仕事は遺跡周辺の蛮族討伐だ、規模は不明ということだし二体討伐した時点で一応クエストはクリアということになる。

 けれど、どうにもこのひ弱そうなドワーフを置いて行けずにまごまご時間を過ごすことになった。


 それからしばらく経ち、太陽が傾ききらないほどの頃、木立からまた茂みをかき分ける音が鳴り始めた。

 獣か、それとも蛮族か。

 あたしがメイスを手にすると、その雰囲気を察知したドワーフも手を止めて遺跡の影に隠れる。

 あたしのメイスはやたらめったら振っても当たらない、やるなら相手が木立から出てすぐだ。

 身構えて一秒、二秒、時間が過ぎる。

 10まで数えたところで、あたしの腰までくらいの大きさの小さな影がよいしょよいしょ、と難儀そうに現れた。

 その存在に拍子抜けして、メイスを持つ手を緩める。


「あ、朝ぶりですね。ガランゴロンさん」


 茂みから出てきた、ドレス姿の少女は帽子についた葉を除けるとちょこんとお辞儀をした。

 あたしも思わず手をあげて挨拶を返す。


「あ、あれ?いやいやいや、なんでお嬢ちゃんがこんなところにいるのさ」


 あたしの反応が遅れたのも仕方がないと思う。まさかこんな危険地帯に乗合馬車で知り合ったあの小さな女の子が来るだなんて思わないだろう?

 ドワーフの方も訳がわからない様子だったけど、そろりそろりと遺跡の陰から出てくる。


「いえその、遺跡の様子を見たいと集落の方にお話ししたらこちらだと伺ったものですから……あ、そちらにいらっしゃるのはドワーフのモールモールさんですね。はじめまして」


 よく分からないことを言いながらドワーフにまたぺこりとお辞儀をする少女。

 ドワーフも雰囲気に飲まれてお辞儀を返している。

 あまりにも異様な光景に頭が追いついていないのは二人とも同じで、この場の空気を小さな少女が握る不思議な様子となっている。


「お二人がこの遺跡に向かった、というのもお聞きしていました。ですので私が直接来たほうがいいかな〜と思いやして」


「えっと……どういうことだい?お嬢ちゃん。さっぱり飲み込めてないからあたしにも分かりやすいよう説明して欲しいんだけど」


 これ以上よく分からない状態が続くより前に釘を刺しておく。

 すると少女は少し間をとって口を開く。


「えっと、私はリーズ・コールストンと言いやす。 ただいまをもってこの遺跡及び森林の所有権は私に移りやした。つきましては、あなた達二人にクエスト更新の依頼をしにきやした」


 だめだ、あたしにゃ全然分からん。村娘のちょっとした悪戯、というには無鉄砲だし意味がわからな過ぎる。じゃあ何が起きているのか、と聞かれても答えられる自信はない。

 あたしがモールモールと呼ばれたドワーフを見ると、こっちは卵を喉に詰まらせたような顔をして固まっている。


「なああんた、なんなんだい?酷い顔だよ」


「コールストン……って、まさか財団の?」


「あい、その通りです」


 あたしはするするとドワーフに近寄ると、そいつをこづいて根掘り葉掘り聞き出すよう促した。

 こういうのは適材適所だ。

 あたし達は遺跡の前で話し合うことにした。


 ドワーフのモールモールが話を聞き出すのには、まる1時間ほどかかった。その主な原因はモールモールがたびたび過度なリアクションをとったからなんだけど。

 聞くことによると、少女はその財団の社長兼会長なんだと。

 社長の目的は集落と森、そして遺跡の所有権をそっくりそのまま買い取ったことを知らしめることだったらしい。

 その際にあたしが引き受けたクエストは依頼主が少女に変更されちまってて、モールモールも今や私有資産になった遺跡を勝手に調査できなくなってしまったらしい。


「待ってくれよ、あたしゃこれで食ってるんだ。仕事を取り上げられちまったら餓死しちまうよ。それにそこのドワーフだってそうだろう?」


 あたしが意を唱えると、同調したドワーフがぶるんぶるんとうさ耳を縦に振る。


「あい、私もお姉さんがお腹を鳴らしていたのを思い出して慌ててここまで来たんですよ」


 少女はゴソゴソと背負い袋を開くと、中から冒険者の店でよく見る依頼書を取り出してきた。


「お二人にはちょっと追加で働いてもらうことになりやすが、迷惑をかけた分色をつけて報酬をお支払いしやす。蛮族なんかの討伐と遺跡の調査をこの額で、いかがでしょうか?」


 依頼書を覗き込むと、そこに書かれた額はいつもより0が1つ多い。けれど、だからこそ怪しさも感じる。


「なあ、その財団てのはこんなに羽振りがいいのかい?」


 ドワーフの耳元で囁けば、飛び上がってまるで齧られそうになったかのように少し距離を置かれる。食べたりしないのに。


「そ、そりゃあ……ってコールストン知らないの?よほどの田舎でも通る企業だよ」


「いや、知らない」


「ハーヴェスを通る汽車、あれ知ってる?でっかい煙吐く馬車みたいなの」


 汽車、と言えば有名だ。線路の上を高速で走る魔道機械、街に行ったら一度は汽車と駅を見ておけと言われる名物。

 あたしは金がなかったから、余裕が出た頃に見物に行こうと思っていた。


「その汽車や線路の4割はコールストン財団が作ったものだ。鉄道会社だけど、その財力やコネを利用して多角経営に乗り出しあちこちで成功を収めている。バケモノみたいな大企業だよ」


「はーーっ……半分くらいわかった」


「半分って!結構丁寧に説明したよね僕!?」


 んなこと言ったってあんま興味ないことは頭の中に入らないし。


「とにかく、お嬢ちゃんはすげー金持ちってことだろ?そんでいいじゃないか」


「えへん、もっと褒めてくれてもいいんですよ」


 ドワーフのやつが呆れたようにため息をついていた。よくわからんが、ああいう繊細なやつは大変だな。

 あたしは女の子の持ってきた依頼書を少しだけ読み直してから、依頼を受けることにした。

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