第2話 遺跡とうさぎ

 乗合馬車ではずれの集落に到着したあたしは、同席した女の子と別れ冒険者ギルドに顔を出すとすぐに出発の準備を整えた。

 必要なものは怪我した時の薬草に始まり、ランプやロープ、油なんかだ。野宿用セットも購入しておきたかったけれど、あたしの財布で買えるわけもなく食事も貧相な干し肉を少しとバケツ一杯の水だけだ。

 これでもう稼げなかったら尻尾を齧る羽目になる、何もしなくても腹は減るんだからさっさと依頼にあった遺跡へ向かうことにした。


 冒険者の店で教わった通りに村はずれの森林へ足を踏み入れると微かに邪悪の匂いを感じた。蛮族……ゴブリンだのフットだの呼ばれる連中独特の酸っぱい匂いだ。

 目的の遺跡までは20分もかからないと聞いているからすぐだろう。

 私の目的はあくまで遺跡周辺に巣食う蛮族の討伐だ、いつ戦闘になってもいいよう武器のメイスは抜いておく。


 しばらく歩くと森がひらけた場所に出た、木々の代わりに背の低い草が生い茂っていて、中央ににょっきりと石の祭壇のようなものが飛び出ている。あれが遺跡だろう。

 そしてそれにへばりつくようにしてひっついているローブ姿の人影も見えた。


「避けろっ!」


 あたしはメイスを握り込むと、足の爪を地面に食い込ませて飛び出した。

 ローブの人影が振り返るのと、それに気取られないよう近いていたゴブリンが飛びかかるのもほとんど同時。

 ガチン、と私のメイスとゴブリンの板切れのような武器がかち合って硬質な音を鳴らすが、腕力はこっちが上だ。そのまま押し返して転ばしてやる。

 襲われたローブの人物は逃げ足早く、あたしの横をするりと抜けるようにして背後に立った。


「ひぇぇ!」


 甲高い悲鳴をあげながら避難する影を目端で捉えながらさらに力一杯メイスを振り回した。

 逃げようにも尻餅をついていたゴブリンはまともに動けず、頭に鉄塊をめりこませて絶命する。


「ギゲガガッ!」


 トドメを刺したことで油断したと思ったのか、何処かに隠れていたもう一体のゴブリンが武器を振り回して襲いかかってくる。

 実際引き抜こうとメイスを握っても死体のせいで動作が重い。

 仕方ないからウロコで覆われた腕でその一撃を受け止めた。ジンと痺れるものはあるけどイケる。


「乙女の柔肌に傷付けんじゃあないよっ!」


 渾身の力を入れてメイスを振り回すと死体が吹き飛び、ゴブリンに直撃した。

 仲間の死体を食らって目を白黒させているうちに上段から一気にメイスを振り下ろす。

 めしゃりと、砕ける感触がある。

 念のために三回ほど追加で殴りつけると、痙攣すらしなくなったゴブリンの死体が二丁出来上がり。

 ようやく一息つけるようになったから、後で剥ぎ取るために死体を放り投げて遺跡っぽい石の近くに座る。


「た、たたた、倒したの?」


 さっきまで遺跡に張り付いていたローブの人物が隠れていた木立の中から顔を出した。


「ああ、安心しな。それよりそんなとこにいたら後ろから狙い放題だぞ?」


 あたしの忠告に飛び上がったそいつはそろーりと背後の木立に何もいないことを確認してから、また開けた場所へと駆け足でやってきた。


「ひぇっ……怖い怖い……その……なんだ、ありがと」


「おお、どういたしまして」


 どこか落ち着かないそいつの容姿を上から下まで眺めてみるが、どうにも奇妙な出立ちすぎて気になる。気になったらズバッと聞いてしまうのがあたしの主義だ。


「ええと……お前はなんだ?その、種族とか」


「なっ!なんだよぅ!ぼぼ、僕がドワーフ以外に見えるってのか?」


 妙ちきりんな格好をしたそいつはドワーフを名乗った、確かにドワーフらしく浅黒い肌、銀色の頭髪、背丈も小さくて薄いが顎髭もある。

 ところがどう見ても体つきはぷにぷにと情けない感じだし、目つきも弱々しくてコビトの類いではないかと勘違いしてしまうほど。

 それに、ローブにはうさぎのような二本の大きな耳がくっついていた。


小人グラスランナーとか兎獣人タビットじゃなくて?」


「僕はドワーフです!」


 どこか不機嫌そうな表情がさらに不機嫌な感じになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る