うろこだらけと財団のはなし

過鳥睥睨(カチョウヘイゲイ)

第1話 ウロコだらけ

 ガリリ、ギゴゴ、と重苦しい音を立てて遺跡の装飾のように見えていた壁の溝が動きはじめた。

 あたしは盾を構えて用心しながら背後の仲間に合図を送ると、持ち上がった砲塔に弾が装填される音を聞いた。

 遺跡の湿気た空気を焦す轟音。

 少し遅れてあたしの盾に重い衝撃が伝わるけど、無理やり剛腕乙女の細腕でそいつの軌道を逸らした。

 すると破壊的な音を立てて数フィート先の地面が抉れる。


「呪文はまだかい!」


「ああもうあせらせないでください!前衛に当てないよう魔法撃つの初めてなんですから!」


 やっぱり仲間の選択ミスしたか、あんなヒョロガリに期待したあたしが馬鹿だったかもしれない。


「あの!魔法当たらないおまじないあるんですけど!語尾にぴょんってつけてくれないですか!」


「バカ言うなぴょん!」


 頭に攻撃をもらったつもりは無いのに頭が痛くなってきた。

 こんな目に遭ったそもそもの発端が走馬灯のように意識の中を駆け回る。

 まさかこんなとこになるなんて、つゆとも思っていなかった頃のことを……。




 冒険者って稼業は自惚れ屋がなるものだと、こないだ酒場で同席した吟遊詩人が難しい顔つきで語っていたのを思い出した。


 あたしは目をパチクリさせながらも馬車の中でうつらうつらと眠気と戦っている。


 蛮族や獣、魔神の跋扈するこの大陸でそれらを相手取ることの少なくない仕事だ。それこそ地方出身の力自慢の物知らずが大半を占めるだろう。

 例によってあたしもそのクチで、村一番のわんぱく娘として育って村の男をみんな叩きのめして、それでも満足いかなくて村を出てきた。


 悪魔が弦楽器を馬のブラシで引っ掻いたような破滅的な音がハラから聞こえる。

 乗合馬車のハズだけれど今の乗客はあたしと、目の前の小さな女の子だけだが、たぶんあたしの腹の虫だ。

 村の暴君も、外界に出りゃこの有様だ。


「トカゲさん、トカゲさん」


 目の前の女の子が急に話しかけてくるものだから思わずガクンと首が下がる。

 目をぱっちり開くと真っ赤なリンゴが差し出されていた。


「お腹が空いてるならこれあげやす」


 ちょっと訛った彼女はさらにずいっと果物をあたしに押し付けるけれど、それを押し返す。


「ありがとう、でもお嬢ちゃんのお弁当だろ?それにあたしゃ肉と酒以外喉を通らなくてね」


 愛想笑いをしてみるけど、あたしの笑顔は一般種族にはウケが悪い。

 しまったな、と思う。こんな小さな女の子だ、不器用なあたしの鬼みたいな笑顔に泣かれないといいんだけど。


「トカゲさんは冒険者なんれすか?」


 女の子はあたしが返したリンゴを少し見つめると、齧り付きながら質問を投げかけてきた。

 随分肝の座った女の子だこった。


「その通りさ、これからバツンバツンと蛮族どもを千切ってやるぞーって都会まで出てきたんだけど。仕事がなくてさ」


 武器を振るマネをしたら案外ウケたのか、女の子はコロコロと笑っている。


「そうですか、トカゲさん強そうですもんね」


「そういうお嬢ちゃんは?」


「私はお買い物です」


 彼女の隣をチラリと見ると彼女の背丈と同じくらいの大きな鞄がでんと転がっている。

 おおよそ、集落で必要なものをお使いに行ってきた帰りといったところか。目的地の住人なら都合がいい。


「ちょうど良かった、集落の近くで新しいまどーきぶんめーとか言うやつの遺跡が出て、そこの蛮族退治の仕事があるって聞いたんだけど。お嬢ちゃん何か知らないか?」


「あー、あそこですかー」


 心当たりがあるのか、手についたリンゴの汁をぺろぺろと舐めながら目をつぶっている。


「確かに恐ろしい蛮族が出たって聞いてやすよ、村の狩人さんでも太刀打ちできないとか」


「ふん!」


 確からしい情報を得て、鼻を鳴らした。馬車代は無駄にならなさそうだ。


「そうかそうか!でも心配ない!あたしが来たからには村の安全は確証されたようなもんだ」


 可笑しくなってケラケラと笑うと、女の子も控えめにふふふ、と笑う。

 この小さな旅のお供との歓談はそれから村に辿り着くまで続いた。


「あ、トカゲさん。もうじき着きやすよ」


外を見ればちらほらと牧草地と家畜たちが見えはじめた。随分長い間女の子と話していたわけだ、喉が少し乾いている。


「お嬢ちゃん、さっきから気になってたんだけどトカゲさんって呼び方どうなんだい?」


「あーー、そうでしたね。私お姉さんみたいな人あんまり見ないもんで。よかったらどう呼べばいいかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 けふん、と喉を鳴らして尻尾を揺らす。

 ごそりと動いたことで全身を覆うウロコが服や馬車の柱に擦り付けられるのを感じた。


「あたしはガランゴロン、リルドラケン竜人の誇り高い戦士さ!気安くガランゴロンと呼んでくれ」


 身の丈2m少しあるウロコだらけの小型の竜種にして人族、それが「あたし」だった。

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