Re:birth-1
パパが用意した一人暮らしのわたしの部屋はあまりにも広すぎた。父方の祖父を通じて住む場所の指定をしただけで、部屋の希望は訊かれなかったし、どういう意図でこの部屋にしたとかそういうことは教えてもらえなかった。
家具は自分で選び、支払いはすべてパパがしてくれた。瑠奈は東北の大学に行ったので生まれてから初めての離ればなれだった。
小さな仏壇をつくり、そこにママの写真を置いた。駅前の花屋で一輪の花を買い、小瓶に差した。
あの日、ママが死んでから好きにテレビを観られるようになった。一人暮らしの家にも十三型のテレビを置いた。テレビをつけるとパパがクイズ番組に出ていた。パパは、何かを演じる仕事を辞めたらしい。最近のパパは、バラエティ番組で雑学を売りにしているようだった。ちょっと老けた。再婚はしてないらしい。ずっと、左の薬指に指輪をしている。
わたしたちの生家のあった土地は売り払われ、いまは更地だ。
ママが死んでからわたしたち五人は、パパの出したお金で改修した母方の祖父母の家に住んでいた。元々二階建てだった家は三階建てになり、一人一部屋与えられた。
おばあちゃんもおじいちゃんもパパを責めることは言わなかったけれど、一度遊びに来た遠い親戚のおばさんが「自分たちの快楽で子ども五人もつくって」と漏らしたのをわたしは聞き逃さなかった。
目と鼻の先に父方の祖父母の家もあるから、半々に預けられても支障はないと考えていたが、おばあちゃんの話しによると、パパが拒否したようだった。
ママが居なくなってパパの中でわたしたちの価値はなくなり、家も取り上げられ、パパとはこの五年間一度も会っていない。
五年前、パパが撮影から帰ってきた日、ママは自殺した。
わたしたちの誰もママの遺体を見ていないし、お葬式もやっていない。
ただ、部屋に残されていたママの白いドレスが、血で染められていたのは見てしまった。どういう意味があったのかわからないけれど、ママは、結婚式のときに着たドレスを自分の血で染めて死んだ。
あしたは大学の入学式だ。わたしは高校時代から将来についてずっと考えていた。
ママは社会に出て働いたことがない。
パパは十七歳のときから芸能界にいて、ママとは十四歳のときから付き合っていた。恋人の存在を公言し続けながらモデルをし、俳優になり、ママが大学を卒業してすぐに結婚した。
ママは、二十三歳で一生、パパの妻として人生を過ごすことを決めてしまった。
それまでママが必死で勉強してきたことは、パパの妻として生きるママに必要な経験だったんだろうか。
わたしはママみたいになりたくなかった。
大学の入学式は真っ黒なスーツで、ママが生きていた頃は伸ばしていた髪もばっさりと切った。
ママだったらもしかしたら桃色のスーツをわたしに選んだかも知れないし、髪も長いままだったかもしれない。良くも悪くもママはずっとわたしの中に生き続けている。わたしはきっと、ずっとママのことを気にしながら生きていく。
入学式は武道館で行われ、誰がどこの科の誰かなのかまったくわからないまま徒労感だけ負って終わった。
翌日の学部ガイダンスも一人で座り、ちらほらと組みになっているひとたちをぼんやりと眺めながら、どういうひとと友だちになろうかと考えていた。
視線を感じて振り返ると、全身真っ黒な細い男がわたしを見ていたが、目が合うと逸らされた。気持ちが悪くなり、視線を感じても振り返るのをやめた。
数日後、同じ学科の伊代と行動をともにし、彼女と別れたあとひとりでベンチに座って本を読んでいたら「きみ、赤石麻也さんの娘なんだろ?」と声を掛けられた。
「あぁ、はぁ」
こう訊かれるのはもう何千回目だろう。顔を上げるとこの前の細い男だった。
「随分前に麻也さんと共演させてもらったんだ」
男は小さい頭をしていて肩幅が広いけれど細かった。バイキンマンを擬人化したような姿だった。
「あなた、芸能人なの?」
彼は驚いた顔をしたあとに笑った。
「そう、一応ね」
その時点でわたしはもうこの男と関わりたくないと思った。
「この前、テレビ局で麻也さんとすれ違ったよ」
どうでもいい紹介に、わたしは相槌を打たなかった。
「どうしてわたしがあのひとの娘だってわかったの?」
「赤石っていう名字だし、なんとなく似てる。それに麻也さんの娘さんがこの大学だって噂できいてた」
パパに似てると言われたのは初めてだし、わたしは一般人なのにパパのせいで噂になるなんて心外で、気分が悪くなった。
「もう一緒に住んでないの」
「あ、そうなの?」
「他人以上に他人みたいなものだから」
わたしは立ち上がり、その男の前から去った。
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