Mother -4

 わたしが中学二年生になって、ママとパパが三十七歳のとき、パパが初めて写真週刊誌に撮られた。相手は二十三歳のモデルの女の子と食事をしていたそうだ。


 わたしはそのことについて知らなかったけれどクラスメートから言われて知ってしまった。


 きょうだいの間でのパパの好感度はずっと低かったのでそのことについてめちゃくちゃショックを受ける者は誰もいなかったし、このことについて話し合わなかった。パパが帰ってきてそのことについて触れなかったし、ママが目立ってショックを受けているようにも見えなかった。


 ただ、このころから毎日のように家に宅配便が届くようになった。ママが注文した化粧品や美容グッズの類だ。


 三十七歳のママは劣化することなく十分に綺麗だったし、わたしはママのことを世界で一番綺麗だと思っていた。


 まず、料理の味がおかしくなって、ママはぼーっとすることが多くなった。


「ちょっと塩味濃いよ」と上の弟の高也が言うと「だったら食べなくていい」といままでだったら考えられないような荒い口調でママは言った。


 部屋は散らかるようになったし、ママはソファで寝ころぶ時間が増えた。前までは食事の後すぐに食器を片づけていたのに食器は山積みのまま、すぐに寝室に篭もるようになった。


 一度、わたしと瑠奈はよかれと思って食器を洗ったけれど翌日ママに「余計なことしないで」と怒鳴られた。


 ママが別人になってしまったのはパパのせいで、本当にパパが憎たらしくてしょうがなかった。


 パパはまたしばらく帰ってこなかった。


 ママはわたしたちに携帯電話を買ってくれたけどインターネットで検索ができないように制限されていたから、パパの情報を入手することもできない。


 中学校のパソコン室でパパの名前を検索し、パパのブログを読んだら、京都に一ヶ月泊まり込みで撮影をしているようだった。


 調べたらすぐに出る情報なのに、わたしたちはそんなことも知らなかった。


この世界でパパの情報を知っている他人がたくさんいるのに、血が繋がっているわたしはそのひとたちよりきっとパパのことを知らない。


 わたしたちはパパの連絡先を知らなかった。ママが居なければわたしたちとパパは親子でさえ居られない気がした。


 その撮影からパパが帰ってくるまでママの頬はこけ、美容グッズや化粧品を大量に買い込んだ割には髪の艶が落ち、肌もぼろぼろだった。それを見てどんなに化学を駆使したところで、こころが病に冒されてしまったら美しさは保てないものなんだろうと思った。


 かわいそうだったのが末っ子のららだった。ららはまだ小学校に入ったばかりで、その頃のわたしと瑠奈に比べたらママの愛情がまったく注がれていなかった。


 一週間後、パパが帰ってきた。


 パパは何も知らない様子で、まったく気に病むことなくリビングに笑顔で入ってきたが、家の様子がなんとなく違うことにすぐに気づいたようだった。


 ママは夕飯をつくることをやめ、わたしたちは毎日デリバリーを注文していた。この日は釜飯だった。


 パパは「なんでデリバリーなんて取ってるんだ」とは訊かなかった。弱り切ったママの様子を見て、すべてを把握したようだった。


 わたしたちはパパが買ってきた八つ橋や抹茶プリンを別にありがたいとは思わず受け取り、夕飯の後に食べた。


 ママはソファを動こうとせず、パパが「話そう」と誘っても首を横に振った。いつもなら、愛しさに溢れた眼差しでパパを見ていたのにきょうは、パパのことを見ようとしなかった。


 わたしも空気を呼んで各々に部屋に戻るように言うべきだと思ったがしばらく眺めるだけでしなかった。


 瑠奈とららと三人で風呂に入った後、瑠奈とふたりでリビングのパパとママの様子を見に行った。


 ママはずっと泣いていた。パパはずっと困りながら笑っていた。それが何十分も続いていた。


「してないんじゃない?」


 わたしとほぼ同じ声の瑠奈がそう言った。


「パパは浮気なんてしないんだと思う」


 悔しいけれど、そのパパの顔を見てそうなんじゃないかと感じた。でも、ママは何を言っても信じてない様子だった。


 瑠奈が立ち上がった。


「行こう」


 もうこれ以上見ていても仕方ないとわたしも思っていた。


「なんか、子どもみたい」


 瑠奈が冷たく言い放った。


「普通の家に生まれたかった」


 自分とまったく同じ顔の瑠奈がそう言ったとき、わたしはずっとこの家が「異常」だと言うことに気づいていなかったのだと知った。


 部屋に戻り、ベッドに入った。「異常」なのはこの家だけでなく、わたし自身もそうだ。多分、わたしはママのことを異常に愛していた。


 階段をのぼる音がした。


 部屋の扉をうっすらと開けるとパパがママの手を引いて歩いていた。ふたりは寝室に入った。


 悔しかった。あまりの悔しさに泣いた。


 きっと、パパがママのことを慰めるのだろう。


 子どもは五人居て、毎日顔を合わせている。かけることばなんて誰も見つけられなかった。というか、何を言っても誰もママのこころになんて触れられない。


 どうして、わたしたちじゃ、どうして、わたしじゃだめなんだろう。わたしたちはママから生まれたのに。

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