Mother -3

 喉が渇いて目を醒まし、階段を降りてリビングに入ろうとすると、ソファに座ったママの膝の上にパパが頭を乗せて寝ころんでいた。ママは、わたしたちにするみたいにパパの頭を撫でていた。それを見て、嫌悪感なのか嫉妬なのかわからない感情が沸いた。また、ママがわたしの嫌いな女の顔をしている。


「きよか」


「なぁに」


 いつもの優しいママの声なのに、いつもとは違う気がした。


「俺ちゃんと父親になれてるかな」


「なれてるなれてる。あなたは、家族のためにどんなことでもしてくれてるでしょう」


「俺は子どもたちと切り離されている気がするよ」


 パパのセンチメンタルな声をきいて、よそ者なんだから当然だろうと思った。


 ママは優しく「大丈夫よ」と言った。


 パパは起きあがってママの体を抱きしめた。ママの唇に優しく唇で触れた。何度も何度も唇を重ね直して自分の舌をママの口の中に入れた。それを見て身の毛がよだった。


 パパはママの胸に顔をあてた。ママは、わたしたちにしているみたいにパパのことを胸の中で甘やかした。


 このふたりのやりとりを終わらせたくてわたしがドアを開けるとパパはママの胸から離れた。


 ママが母親の顔で笑う。


「樹里、お腹空いたでしょう?」


「ううん、全然。喉乾いただけだよ」 


「樹里、大丈夫か?」


 さっきまであんなにいやらしいキスをしていたくせに何事もなかった顔をして、恐ろしい。


「大丈夫」


 わたしは無感情にそう言い放った。


 ウォーターサーバーから水を取って、部屋に戻った。


 寝すぎたせいでなかなか寝付けなかった。


 ママとパパが愛し合っているのは世間的にはいいことなのかもしれないけれど、やはりわたしは認めたくないし、ママとパパはセックスなんてしてない。わたしはそう思いたかった。


ずっと眺めていた天井が、回った。


  数日、具合の悪い日が続いた。自分がママとパパのセックスの果てに生まれた子どもだと知ったことが原因だからなのかは微妙だった。ただ、パパは相変わらずわたしたちの居る時間帯に居ない生活をしていたので快適だった。この生活を四歳の妹のららだけが、少し寂しそうにしていた。でも、ほかのきょうだいたちも慣れていったのでららがパパがいないことを寂しがらなくなるのも時間の問題だろう。


 食欲もあまりなく、ろくに給食を食べずに臨んだ体育の授業で、貧血を起こし早退することにした。


 いつもならすぐ電話に出るママもこの日は出ず、わたしはひとりで帰宅することにした。


 二時の高い空から焼き付けるような日差しが痛かった。


 ふらふらになりながら家に帰り、鍵を開けるとパパの靴があった。


 リビングには誰も居なかった。階段をのぼるとママとパパの寝室の扉が開いていた。


 痛がるようなママの声がきこえて、心配でハッとして血の巡らない頭で部屋を覗きこんだ。


「あさや」


 ママがきいたこともないようなか弱い声でパパの名を呼んだ。ママは、わたしたちの前でパパのことを名前で呼ぶことはなかった。


 裸のママが大きく脚を広げて、裸のパパが腰を前後に動かしていた。そのたびママは大声で喘いだ。


 前に、ママがこんなことを言っていた。「みんなが学校に行ってるときにパパが家に居たら一時間でも二時間でもデートするのよ」と。そのときのママの幸せそうな顔がわたしはすごく嫌だった。


 ママは、パパに誘導され、ものすごく下品でいやらしいことばを吐き続けた。ママの喘ぎ声と同じペースでわたしの心臓が飛び跳ねた。


 いままでで一番、死にたかった。でも、邪魔してやりたいという気持ちは生まれなかった。このまま、どういう風になるのか観察していたかった。


 パパは一旦ママを突くのをやめて、ママの体を舐めつくした。その間、ママは「はやく」と求めて、パパは「我慢して」と笑った。


 パパがママの脚を掴んで繋がるとまたママが嬉しそうに声をあげた。


 わたしは我に返ることなくずっとこの地獄を見ていた。


「あさや……、あさや、好きぃっ!」


 普段のママは、仮面をしていた。


 本当のママはこんなにみっともなく感情的をむき出しにする。知らなかった。いつも大声で笑いもしないし、泣いているところも見たことがない。


 わたしはパパには勝てない。いくらママのことを好きでもこんなことはできないし、ママが世界中で本当に好きなのはパパだけだ。


「どこにも行かないで……」


 ママの声に涙が混じっているように感じた。


 パパは笑った。


「俺はどこにもいかないよ」


 きいたことがない優しい声でパパはそう言った。


 この行為の行きつく先を見なくてもいいと思ってしまい、わたしは階段を降りた。頭の中を同じ映像がまわる。ママの真っ白な皮膚の色と、パパの少し浅黒い肌の色ががむしゃらに重なろうとする。頭の中で響く子どもみたいな、女のママの声。どこへ向かうでもなく、玄関を飛び出した。走ろうとしたら、意識を失った。


  その日以来、ママとどう接したらいいのかわからなくなってしまった。朝、パパの姿を家で確認した日は、授業中、時計の針が二時を指すといまごろあの悪夢を行っているんだろうかと考えるようになってしまった。うちにきょうだいが多いのは色欲の強い両親のせいだと思うようになったし、ママはまだ三十四歳だし、もうひとりくらい弟か妹ができるかもしれないと思った。


 だんだんと自分たちのことを、パパが家にいなくてもママが寂しくないようにつくられた愛玩人形のように思えてきた。ママがわたしたちを愛してくれたのは、わたしたちに意味があるからではなく、“愛するパパ”と間にできた子どもだからなんだと思うようになった。仲が悪いよりはいいほうがいいけれど、わたしはパパのことをやっぱり好きにはなれないのだった。


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