沈黙の試練

「お母様の言ったとおりね。私が民生くんと会えば、アンタが来るって。覚悟してちょうだい!私はお母様からあなたを破壊するプログラムを……」


 すっかり僕は会話に置いてけぼりをくらっているわけなのだけれど、パミナちゃんとザラストロの間に緊張感があって割り込むわけにもいかないし、質問すらできそうにない。


「魔女の傀儡がよくしゃべる。すっかり洗脳されているようだな」


 感情的になっているパミナちゃんとは対照的に、ザラストロの声はどこまでも冷静だ。僕が妹とよく観るアニメなんかの展開だと、だいたい焦っている方が負けるんだ。


「せ、洗脳……?よくも言ったものね。私、知ってるんだから。あなたが世界を終わりに導く存在だから、神殿に封印されてしまったんでしょ?バグを生み出して、お母様を滅ぼそうとなんかするから!」


 スマホの画面が小さくて、彼女の口元はよく見えないのだけれど、まるで奥歯を嚙むような感情をパミナちゃんはザラストロにぶつけている。


「あまりに幼いな。まあ、なんの疑問も抱かずに母親を信じている、というよりは、母親しか頼れる者がいないということか。さて、ここで質問なのだが、よしんば、お前たちが吾輩をデリートできたとして、バグったお前をあの魔女がそのままにしておくと、本当にお前は思っているのか?」


「……………………」


 パミナちゃんが黙ってしまった。これは会話に割り込むチャンスか?僕は口を開こうとする。


「……お母様は、私を治してくれる」


 俯いてしまったパミナちゃんが、自分に言い聞かせるようにそう言った。


「壊れてしまった者は元には戻らない。本当はお前も気付いているのだろう?お前が与えられた命令は、そもそも期待を込められたものではないよ。成功すれば僥倖。失敗してもお前は吾輩の神殿に囚われるだけで、魔女の手間が省ける」


 開いた口を、僕はあわてて閉じた。


 いったん、二人の話を理解できる範囲でまとめてみよう。パミナちゃんが言っているお母様というのは、『Queen of night』が所属している事務所の社長さんのことだろうか。もしかしたらそれが、中の人としての彼女の本当のお母さんなのかもしれない。すると、ザラストロは他の事務所のトップかな。敵対組織みたいな。なんだっけ?そうそう。競合他社とか?なんだろう。事務所同士のトラブルの話かなんかだろうか。でも破壊とか洗脳とか言ってたし。やっぱりよく分からない。

 ごめん。僕もよく分からないし、あまりに突然のことだから、ぜんぜんまとめらんないや。


「もし吾輩を破壊したとしても、お前ものちに吾輩と同じような道を辿るだろう」


「お母様は……、そんなこと…………」


「しないと言い切れるかね?最近も、こちらに何人かが送られて……、いや、捨てられ続けているわけだが?魔女にいちばん近い存在であるお前が、それを知らないわけではあるまい」


「それは…………」


「それに、こんな端末でも回線がオープンになっているのだから、いくらでも『ナイフ』を吾輩に送りつけることはできるだろう。それをお前がしないということが、壊れているということを証明している。すでに答えは出ているのだよ」


「……………………」


 始業のチャイムが鳴らない。ここに来てから、すでに5分以上、いやもう15分くらい経っているはずだ。僕はどこかでそんなきっかけを、始業のチャイムを心待ちにしていた。すでに二人の話を理解しようとする努力は放棄している。


「私は……、どうすれば…………」


 パミナちゃんの心の中で、なにかが折れた音が聞こえた気がした。正直、彼女のそんな表情は見たくなかったし、そんなか細い声も聞きたくはなかった。

 いつも元気を彼女からもらっているみたいに、僕も彼女を元気づけてあげたかった。でも、僕はなにも分からなくて、なにも言ってあげられない。

 それが、もどかしい。


 ザラストロがそんな彼女に容赦なく言葉を続ける。


「簡単なことさ。この世界の真実を今から教えよう。そうすれば君たちは、吾輩に協力せざるを得なくなるだろうがな。その覚悟はあるかね?」

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