第4話 能力目覚めるまではしんどいだろうけど

「てか、妃水、頭おかしくない? 演練で二級術式使うやつなんている?」

「いないねー。てか、そもそも、二級術式なんて、サポートがなけりゃ到底発動できないのにね」

「そうなんですか?」

「当たり前。詠唱に時間かかりすぎるから」


 説明する気などないように、ピシャリと言い放った茂之先輩の隣で、綾崎先輩が「妃水はなあ、協調性がないってほどじゃないんだけど、あんまり周りのサポートを得ようって感じじゃないんだよな。茂之の攻撃を受けながら詠唱し続けられる集中力とかはさ、ほら、凄いけど。さすがに術式の直接攻撃を受けると防御術式を発動しないといけないから、そりゃ捨て身の戦線でもない限り、詠唱やめるよな」と補足のようなダメ出しをする。


「なるほど……」

「ま、だから二級術式なんて使えなくていいんだよ」

「お前は地の三級も使えないだろ」


 どうやら、綾崎先輩は地属性らしい。術式は、自分の属性以外のもので使えるのはせいぜい一つか二つ。しかも、使いやすさと威力の大きさは自分の属性が段違いだ。加えて、三級以上になると自分の属性でないと扱いがかなり難しくなる。そのため、威力にかかわらず、基本的には自分の属性は四級、そうでない属性は五級程度まで使えれば及第点だとされる。


 要は、茂之先輩は求めるレベルが高いし、二級を扱おうとした妃水隊員もさすが五家に数えられるだけある優秀な人だということだ。


「いやー、まあ、俺のことはいいじゃん。てか、玉頼ちゃん、この後教官面談なんだろ? なんでユースティアに入ったの? てか、J志望なんだよね?」

「え、あ、はい」


 綾崎先輩は自分に向けられた矛先を華麗にかわす。


 Jというのは、ユースティアの鬼討伐部隊のことだ。ユースティアの組織は鬼討伐隊が中心とはいえ、当然、軍服や武器のメンテナンスや肉体の治療が必要となる。そのため、討伐隊のほかに技術部と医療部が存在している。それぞれ「Jusutia」「Technology」「Pathology」の頭文字をとって「J」「T」「P」という通称で呼ばれ、区別されていた。


 ユースティア研修生は、大抵はJ志望──つまり鬼討伐部隊を志望している。それに、演練を見にくる研修生にT・P志望はいない。


 それはさておき、私が、茂之先輩のいる場で答えるべき理由は、一つだけだった。


「……かっこいいと思ったからです」

「何を?」

「茂之先輩をです」

「あーね」

「綾崎は教官面談って言っただろ。お前真面目に言ってんの?」

「え、ま、真面目です!」

「本気で言ってんの? 俺が恰好良いからユースティア目指してんの?」

「……そうです」


 本当は別の理由もあったけれど、茂之先輩に話すのは少し気恥ずかしかった。ただ、お陰で茂之先輩はすっかり呆れ顔に変わる。楽しそうなのは綾崎先輩だけだ。


「……よくそれで目指せるよね。ユースティアはさ、確かにエリートコースだよ。将来が約束される。でも分かってる? 鬼人を倒すことと、ユースティア内で生きていくことはまた別。組織内で嫌がらせがあるなんて当たり前だし、当然差別もいじめもあるし」

「あ、これはねー、マジだよ。出身校と出自と入試成績はめちゃくちゃ差別される」

「ゲッ」


 思わずマズイ声を出してしまったのは、私はごく一般的な高等学校を中退したに過ぎないからだ。


 ユースティア入隊試験の受験資格が十七歳に与えられるということは、通常であれば高校三年生の五月にユースティア入隊試験を受験し、八月に合格発表を受け、高校は前期で中退する、ということになる。しかし、その場合、ユースティア脱退後に残る経歴が「高校中退(つまり中卒)」となってしまう。しかも、そもそも精霊の力が目覚めるのは十八歳なので、十七歳のうちにユースティア研修生となっても、自分に宿っている精霊の力を推し量るには十八歳になるまで待たなければいけない。そのため、ユースティア入隊試験の受験資格が十七歳であるにも関わらず、多くの受験者は十八歳か二十二歳。つまり、高校か大学のどちらかを区切りよく卒業した者ということになる。


 が、それは無名一族の話だ。例えば五家の出身で、ユースティアに入隊しないなど有り得ない、一族内では言語道断だ。同様に、五家ほどでないにしろ、幼い頃からユースティア入隊を促す家もある。そういった、ユースティア入隊を前提としている人のためにある学校が「訓練学校」だ。イメージとしては、五年制の中高一貫校なので、十七歳で卒業でき、かつ、高校卒業の経歴も持つことができる。


 十八歳になるまで精霊の力は目覚めないので、基本的には教育課程に差はない。ただ、ユースティア幹部に就任しているOBOGという圧倒的人脈を持つことができる。それに……、高校中退・中卒の経歴よりどっちがいいかって話だ。


「先輩……そんなんじゃいじめられちゃうじゃないですか!」

「だから言ってんじゃん、よくそんなんで目指せるねって」


 そう言う茂之先輩も、無名校とはいえ訓練学校の出身だ。挙句、五家の一人を押さえての首席合格。いじめるには恐れ多い。


「あと、怪我したら一気に転落人生。知ってるでしょ、鬼人に怪我させられて、治らないケースもあるって。どんなに功績を積み上げても無駄なんだよ。各地に駐在しては実戦だから体力も要る。差別とかじゃなくて女子にはキツイよ。ユースティア、特にJは」


 実際、ユースティアの女性隊員は少ない。茂之先輩のいうとおり、それは男女差別ではなく、ただ女性の体力であえてユースティア本隊員を選択する合理性がないからだ。例えば、ユースティアに入りたいだけなら、医療部か技術部に入るだけでも事足りる。


「男の人生と女の人生って違うから。肉体も違うし。女には女にしか分からない障害が待ってると思うよ。俺は男だから分からないけどね。だから俺に憧れただけならやめたほうがいいかもね」


 ぐっと唇を噛む。憧れる先輩の真剣な──それは、助言だった。軽口ばかり叩いていた綾崎先輩も、さすがに口を噤んでいた。


「……考えときます」

「何より、死ぬ可能性もあるし」

「先輩に心配してもらえるなんて本望で悶え死ねます」

「まあ玉頼がいいならいいと思うけど。Jにならない選択をするなら研修生の今のうちだねって話だし」


 沈黙が落ちた。綾崎先輩がちょっとだけ気まずそうに私と茂之先輩を見比べ「あ、そうだ。俺が言えたことじゃないけど、玉頼ちゃん、術式はまあまあ真面目にやったほうがいいよ」と無理矢理話題を変える。この演練を通して分かったけれど、綾崎先輩は結構気遣い屋だ。


「もう十八歳だっけ?」

「いえ、まだ十七歳です……。十二月に十八歳になります」

「あー、そうなるとまあまあ不利かもな。一応、十八歳未満でも精霊の力が使えるように腕輪バンドの貸与はあるけど」

腕輪バンド? どう使うんですか?」

「精霊の力の補助! 文脈で分かるでしょ」

「それは分かりましたけど! 何をどう使うのか分からないじゃないですか!」


 キャンキャン噛みつく私に「簡単にいうと触媒だよ。十八歳未満でも精霊の力が使えるようにってね」と綾崎先輩だけが優しい。しかしなるほど、ユースティア研修生は各地で実地研修に励む(つまり鬼人との戦闘も当然に想定されている)のだから、精霊の力は必至。ただの鬼人なら刀だけでもなんとかなるけれど……遠距離攻撃ができる術式に頼れるなら、それに越したことはない。そのための武器ということだ。


「十八歳未満が精霊の力を使えないのは、まだ力が目覚めてないからであって、無能とは違うから。あらかじめ精霊の力が込められた道具があれば、精霊の力は使えるんじゃないか、という仮説が立てられてね。一応、使われるようになったのは二十年くらい前じゃないかな」

「意外と最近なんですね」

「ユースティアも科学技術も、精霊の力の有無以外には差はないからねえ」

「その腕輪って自分の属性以外の属性も扱えるんですよね?」

「そうだね。でもあんまり過信しないほうがいいよ。急に与えられたって使いこなせるようなもんじゃないから」

「あー、そうそう。俺は全然使いこなせなかったね。だから扱いに困ったら言いなよ、使いこなせなかったぶんコツは掴んでるつもりだし」

「そう言ってて結局使いこなせなかったやつが教えてどうすんの」

「私は火属性の術式を先輩に教えてもらいたいです!」

「なんで俺が」

「あ、でも風属性を極めれば先輩と共闘できるのも……」

「しません」


 どれだけ想像したところで、研修中に使うことができる精霊の力は所詮借り物で、私自身の精霊の力が目覚めるのは三ヶ月先。それ自体は、どう頑張っても縮めようのない時間だ。


「ま、能力目覚めるまではしんどいだろうけど、頑張りなよ」


 茂之先輩は三月生まれ。その助言は、先輩自身の経験談に聞こえた。

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