冒険者体験学習会、無事に終了しました
吸魔によって魔力が回復したタトリが発動した転移魔法により、俺達は無事に戻ることが出来た。
心配を掛けたサクラとリリス、バーディスさんとクレネアさんに無事な姿を見せられて良かったと思う。
俺としてはタトリとの関係でサクラ達と話したいことが山ほどあるが、今はまだ体験学習会の途中だ。
尤も騒動によって二日目の予定は一旦白紙になり、明日の午前中に総括を済ませてから解散すると、帰り道の際にバーディスさんから聞かされている。
参加者達の精神的な疲労を考慮すると、その方が良いだろうと俺も素直に納得した。
あと葛城に関しては逃げたりしないように拘束されてるらしい。
タトリの告白ですっかり忘れていたが、アイツの処罰については学校側も一考するようなので、俺から何かする必要は無いだろう。
そんなワケで街の宿屋に戻って来た俺達を出迎えたのは、先に戻っていた参加者達だった。
「フェアリンさん!?」
「無事だったんだ……!」
「良かったぁ……」
特にタトリと同じ班だった三人は目尻に涙を浮かべるほど安堵を露わにしていた。
そこまで心配されてると思っていなかったのか、当のタトリは困惑を滲ませながらもゆっくりと愛想笑いを作る。
「えと……心配かけて、申し訳なかったっす」
「いやいや、フェアリンさんが謝ることないじゃん!」
「悪いのはドラゴンを怒らせた葛城だし!」
「私達を逃がすために囮になってくれたんだから、心配するに決まってるでしょ!」
「……」
各々からの言葉にタトリが目を丸くする。
思考が読めない俺でも、三人が本心から彼女に感謝しているのは明らかだ。
嘘偽り無い賛辞を向けられたタトリが遅れて言葉を呑み込むと、サッと俺の背に隠れながら彼らへ顔を覗かせる。
「み、みんなも……無事で、良かったっす……」
分かりやすい照れ隠しにその場に居た全員が和やかな気持ちになる。
タトリって思考が読めるからこそ、素直に褒められるのに弱いんだよなぁ。
俺が褒めた時もよく顔を逸らしてたっけ。
いじらしい反応を思い返していたら、思考を見ていたらしいタトリに背中を摘ままれる。
痛い痛い、記憶に蓋をしたんでやめて。
心の中で浮かべた謝罪を受け取った後輩が『フンッ』と怒りの矛を収めてくれた。
後で青痣ができてないか見ようっと。
互いの無事を確かめ合ったのち、一日目と同様に各自の部屋に戻っていった。
ベッドに横たわった瞬間にドッと大きな眠気に襲われる。
タトリのことで話したかったけど、吸魔を受けたのもあって流石に疲れた。
恋人達に優しく見守れながら、あっという間に眠りにつき、気付けば既に陽が昇っていたのには驚いたものだ。
着替えと朝食を済ませ、学習会の総括を行うために冒険者ギルドへと集まった。
葛城を除いた参加者が全員いることを確かめたバーディスさんが口を開く。
「今回の学習会を経て改めて冒険者を志すのも諦めるのも、そいつの自由だ。ただどちらにしても、自分の選択に責任を負えるようにはなっておけよ。人生なんてのはあの時あぁしておけばって後悔の連続だ。それでも選んだのは自分なんだってことを頭の片隅に入れておけ。でなけりゃ、ここにいねぇバカみてぇに恥を撒き散らすだけだからな」
どれだけみっともない姿を晒したのか、葛城に言及されるや少なくない失笑が出る。
張り詰めた空気を弛緩されてから、バーディスさんは締め括りに移った。
「次に会う時は依頼を持って来るか冒険者になった時だろうが、まぁこんなこともあったなって笑い話になれば良いと思う。んじゃ、解散だ」
湿っぽい言葉を嫌う彼らしい、ぶっきらぼうながらも思いの籠もった挨拶で以て冒険者体験学習会が終了した。
あっさりとした終わり方がだが、変にプレッシャーを与えないという意味では最良と言えるだろう。
「それじゃバーディスさん、クレネアさん。三日間ありがとうございました」
「よせよ。お前にそんな畏まられると変な気分になるわ」
「照れてるだけだから気にしなくて良いよ、伊鞘。サクラちゃん達も元気でね」
「はい、ストレーナさん」
「ありがとうございましたぁ~」
肩の荷が下りた参加者達が地球へ繋がるゲートの検問所へ向かう馬車に乗る中、俺達もバーディスさん達に別れの挨拶を交わしていく。
ゲートを通ればいつでも会えるとはいえ、やはり親しんだ人と別れる時は寂しくなる。
「先輩……やっぱり帰っちゃうんすか?」
「うん。かなり自由にさせて貰ってるけど、俺のご主人様のところに帰らないと」
そしてそれはタトリにも言えることだ。
依頼を終えて帰ると言ったら、まだ一緒に居たいなんて我が儘を何度も言われたっけ。
しかし俺達は学生かつ地球での生活があり、特に俺はお嬢の奴隷であるため長く彼女の元を離れられない。
同年代でも生活圏の異なるタトリと離れるのは仕方の無いことだ。
もちろん彼女もそのことは理解しているが、でも納得できるかどうかは別の話。
現に眉を顰める程に不満を露わになっている。
前にも増して度合いが強い気がするのは、好意を伝えたからなのか、もしくは行方不明扱いになってた時期のせいか……。
とはいえ希望に応えられない以上、こういう時は決まって慰めるワケで。
ふぅ、と息を吐いてからゆっくりとタトリの頭に手を乗せ、髪が乱れないように優しく撫でる。
「!」
自分が撫でられてることに気付いた後輩が小さく肩を揺らすが、程なくにへらと緩みきった笑みを浮かべた。
そうして不満が和らいだところにいつもの言葉を口にする。
「──可愛い後輩が寂しくならないように、また来るよ」
「……はいっす」
渋々といった調子ながらタトリは別れを受け入れてくれた。
頬が赤いのは……見なかったことにしよう。
左右に並んでる恋人から物凄い視線の圧が感じるし。
キミら、タトリを認めてるのかそうじゃないのかどっちなんだよ。
そうは思っても口に出した瞬間、異世界でもう一泊するのが確定しそうなので黙っておく。
何はともあれタトリと別れた俺達は、ゲートを通って三日ぶりに地球へと戻ってきた。
伸びをしながら吸う空気が馴染み深いモノになったことで、帰って来たという実感が胸に湧き上がっていく。
あとはこのまま帰宅するだけだが、最後にもう一人だけ挨拶をしておきたい人がいる。
サクラとリリスと共に件の人物の姿を探し、間もなく見つけることが出来た。
「お疲れ様です、本條さん」
「あ。辻園くん、サクラちゃん、リリスちゃん。今回は色々と手伝ってくれてありがとね」
呼び掛けた相手は冒険者体験学習会の企画者である本條さんだ。
「こちらこそ有意義な場を企画して下さってありがとうございます」
「確かに大変だったけどぉ~、それ以上に楽しかったぁ~」
「そうだね、誰も欠けることなく終われて良かったよ」
サクラとリリスの賛辞に、本條さんは笑みを浮かべて返す。
元はといえば彼女から『冒険者になればモテる』という噂を知らされたのが切っ掛けだ。
結果から見ても目論見は成功したと言える。
だというのに本條さんは浮かない顔色だ。
どうしてなのか思案して間もなく答えに行き着く。
もしかすると……。
「葛城のこと、気にしてるんですか?」
「!」
図星だったのか彼女が目を丸くして俺を見やる。
「……ビックリした。心でも読んだの?」
「たまたまですよ。ただ、言わせて貰うなら悪いのはアイツ自身で、本條さんが気負うことはないです」
「頭では分かってるんだけど、もしものことを思うとどうしても、ね……」
せめてもの慰めの言葉に、本條さんは力なく苦笑する。
学習会の参加者は希望した人の中から生徒会が内部審査を行い、選出された面々だ。
具体的な抽選方法を知ってるワケじゃないが、その時に葛城が選ばれてなければ騒動は起こらなかったのかもしれない。
企画者としてその可能性を無視出来ないのだろう。
しかしそれでも俺は彼女に非は無いと断ずる。
「──魔法があっても未来で起こることは誰にも分かりません。いくら生徒会長で王女様でも万能ってワケじゃないんですから。できないことを求められても迷惑でしょ」
「でもだからって全員が納得するワケじゃないし……」
「非難を口にしない人がいないとは言いません。事実と結果として騒動は起きてしまってますから」
「うん……」
「でもトラブルが起きた際の対処法は、打ち合わせで限界まで摺り合わせています。その上で起きたことの責任は、本條さんじゃなく起こした当人が負うべきだ」
そもそも学習会とはいっても冒険者業を行う以上、危険であることは募集用紙にも記載されている。
参加した時点で危険は承知の上だと容認したのも同然なのだ。
企画者が危険を軽視していたならともかく、本條さんは極力負傷を避けるように細心の注意を払いながら、バーディスさんと企画を詰めていたの俺は見ていた。
だからこそ彼女が気負うことはないのだと確信を持って言える。
「立場とか関係なく本條さんも一人の人間なんです。だからもし周りから色々言われて限界だって思ったら、いつでも呼んで下さい。愚痴でもストレス発散でも付き合いますよ」
「……っ」
俺の言葉を受けた本條さんは目を丸くして、パチクリと何度か瞬きを繰り返したかと思うと、顔を逸らしてから小さく息を吐く。
心なしか顔色が赤い気がするが、言及するより先に彼女が口を開いた。
「はぁ~……これは確かに効くね~」
「効く?」
「なんでもないよ辻園くん。気持ちはありがたいけど、いくら私が王女様だからってそこまで気に掛けなくてもいいんだよ? それに、恋人を放って他の女の子と会うなんて悪いことさせられないしね?」
「あ~それもそうでしたね」
指摘された正論に反論できず頭を掻く。
現にまたしても左右から刺すような視線を感じる。
違うんですって、決して浮気とかそういう気は一切ないんですって。
背中の冷や汗で悪寒が走るも、気を取り直してせめてもの訂正を試みる。
「けど、俺が気に掛けるのは王女様だからじゃなくて、本條さんだからですよ」
「ぇ……」
「最初に見せて貰った資料、まだ打ち合わせ前だったのに完成後とほとんど変わってなかったじゃないですか」
初めに呼び出された時に貰った、冒険者体験学習会のプレゼン資料を思い返す。
あのきめ細やかさは冒険者に対してかなりの理解がなければ作れない。
俺はもちろん、資料を見たバーディスさんも手を付けるところがないと驚いていた程だ。
「前もって入念に調べておかないとあの完成度は出てこない。それだけの努力が出来る人だと知って、地位と立場を抜きして尊敬するべきだと思ったから、少しでも助けになりたい。そんなあなたを慕う大勢の一人の意見として受け止めて下さい」
「辻園くん……」
俺はキミの味方だと。
そう示すことで少しでも本條さんの気が晴れて欲しい。
その気持ちが届いたのか、彼女は潤わせた瞳でこちらを見つめる。
そして小さく息を吐いてから、照れくさそうにはにかんだ。
「──も~。キミ、冗談を本当にする気なの?」
「冗談?」
なんのことなのか分からず聞き返すと、本條さんは首を傾げながら上目遣いをして言う。
「もしかしたら私もエリナちゃん達みたく、うっかりキミに恋させられちゃうかなってこと。確かにゼロじゃないとは言ったけど、まさかそっちから好感度を稼ぎに来るなんて思わなかったなぁ」
「……ぅえ、あ」
言われた瞬間、遅れて記憶が引き起こされる。
……言ってましたねぇ、生徒会室に呼ばれて本題に入る前の雑談で。
サクラ達も同じタイミングで思い出したのか、ハッとしてからジト目で俺を睨み始めた。
引いたはずの冷や汗が再び全身に流れる錯覚で身体が寒くなる。
「いや、違いますからね!? そんなつもりは微塵もなくて、ただ本條さんが心配なだけですから!!」
「それは分かってるけど、むしろ下心が無いからこそ威力が増してるんだよねぇ。サクラちゃん達が好きになるのも頷けちゃうよ」
「理解されたようで何よりです。ですのでレイラ様、私達はそろそろ失礼させて頂きます」
「これ以上いっくんとお話してぇ~、万が一があったらいけませんからぁ~」
決して他意は無いと付け加えたものの、何故だかサクラ達に同情される流れになった。
憐憫を向けられた二人に両腕をがっちりと掴まれ、本條さんからそそくさと距離を取らされる。
「ふふっそれもそうだね。だから最後に一言だけ」
そんな俺達の様子をみて笑みを零しながら、本條さんは告げる。
「──ありがとう、辻園くん。そう言って貰えて気が楽になったよ」
その笑顔に強がりは一切見えず、本心から口にしたと分かった。
彼女の憂いを絶つことができたのなら、結果的には良かったと言える。
それでも本條さんと別れてからサクラ達の説教は避けられなかった。
我ながら最後まで締まらないなぁと反省する他ない。
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