ただいま


「全く、レイラ様が心配だったのは分かりますが、あまり他の女性に現を抜かされるのは感心しません」

「親身になって気に掛けるのはいっくんの良いとこだけどぉ~、誰彼構わずっていうのはやめてねぇ~?」

「はい、本当に申し訳ありませんでした……」


 屋敷までの帰り道の最中、俺は本條さんとの接し方についてサクラとリリスから説教を受け続けていた。

 もはや日常的になりつつあるが、誓って別に口説いたつもりない。

 いくらなんでも王女様をどうこうするなんて畏れ多いし。

 とはいえ俺が本條さんを放っておけなかったと理解はしてるので、彼女持ちとして節度を保てということだろう。


 それはまさにその通りなのだが、一方で腑に落ちない点もあるんだけど……。

 少し、いやかなり言い辛いが黙ってるよりはマシだと踏ん切りを付ける。


「えっと、実は二人に言いたいことがあるんだけど……」

「フェアリンさんのことですか?」

「おぉ~もしかしてタトちゃんに告白されたのぉ~?」

「……一応言っとくけど、なんで分かったんだ?」


 半ば予想は付いているが、まだタトリの名前すら出してないのに言い当てた理由を尋ねる。


「彼女が伊鞘君に好意を懐いているのは明らかでしたから」

「それにタトちゃんの表情が明るくなってたからぁ~、いっくんと何か話したんだって丸分かりだったしねぇ~」

「やっぱりそうだったか……」


 俺の問いに対して二人はあっけらかんと答えた。

 同性だけあって早々に気付いていたようだ。

 バーディスさんよりマシだと自負してはいるが、みんなから度々鈍感だと言われて否定し辛くなってくる。


 要反省だが、その前にどうしても晴らしたい疑問がある。


「その、リリスがまさに言った通りタトリから告白されたんだけど……その、怒ったりしないのか?」


 おずおずと口にした言葉を受け、サクラとリリスがむしろ笑みすら浮かべてみせる。


「怒りませんよ。恋人がいると理解した上で告白したのなら、それだけフェアリンさんの想いが強いということです。その覚悟を無視して非難するような浅ましい真似はしません」

「そぉそぉ~。何か企んでる人ならともかくぅ~、タトちゃんが相手なら怒らないよぉ~」

「……そ、っか」


 思いの外にも寛大な二人の感想を聞いて、無意識に入っていた肩の力が抜けていく。

 俺に対する理解はもちろん、彼女達を認めさせたタトリの恋心が齎した結果に安堵する。


 特にサクラの言う通り恋人の存在で諦めるなら、後輩は四年も片想いをしていなかったかもしれない。

 そう思うと答えを出せていない自分が余計に情けなく思えてくるのだが。

 そこは俺が頑張るしかない。


「でも別れ際の感じだとぉ~、告白を受け入れたって感じじゃなかったよねぇ~? 断ったのぉ~?」

「……情けない話だけど俺の中で答えが出てないから、現状は保留にさせて貰ってる」

「そうだとは思いました。仮にフェアリンさんを恋人として迎えたなら、伊鞘君は私達に報告するでしょうから」

「お、おぉ……」


 別に隠すつもりなかったけど、そこまで理解されてると気恥ずかしさが勝る。

 いずれはタトリみたいに思考が読めなくても、俺の考えることを一縷の齟齬も無く見抜きそうだ。

 それとも俺が分かりやすいだけなんだろうか。


 ま、まぁ恋人としての関係が深まってるってことだよな、うん!

 そう前向きに捉えていると、サクラが『それで』と話を続けていく。


「伊鞘君の性格を踏まえると本気で断らなかった時点で、もう答えは出ていると私は思うのですが……」

「一応断ったんだけどなぁ。答えにしても、サクラ達への気持ちと同じなのかって聞かれたら違う感じがしてさ……」

「なるほど。でしたら満足のいく答えが見つかるまでしっかり考えた方が良いですね」

「でもリリ達みたいにいつも一緒じゃないんだからぁ~、あんまり待たせちゃダメだよぉ~?」

「そうだよなぁ……」


 尤もな意見にどうしたものかと嘆息する。


 サクラの意見とリリスの意見は矛盾してるように聞こえるだろう。

 しかしどちらも正しいからこそ、問題をより複雑化させていて悩ましいのだ。

 いっそ彼女達から自分達がいるのだから断れと言われた方がマシだとすら思えてしまう。


「フェアリンさんの告白を受けるにせよ断るにせよ、私達は伊鞘君に答えを強要するつもりはありません。そのような強制された答えでは、関わった全員に悔恨と軋轢を残してしまいますから」

「本気の告白をしたタトちゃんにはぁ~、ちゃぁんと本気の答えで返してあげなくちゃダメだよぉ~」

「……あぁ」


 だがそんな甘えと逃げは許してくれそうにない。

 タトリの告白には俺自身の確かな答えを出すことでしか解決できないのだ。


 時間は掛かるかも知れないが、後輩の想いと向き合う。

 それが今の俺にできる精一杯の誠意だ。


 タトリの件が一段落し、学習会の感想を交えながら三人で帰路を進んでいく内に、スカーレット公爵家の日本邸へと辿り着く。

 三日ぶりに屋敷を見て最初に感じたのは、ホッと胸の奥が和らぐ安心感だった。 

 初めて目にした時は緊張で震えてさえいたのに、今となっては我が家として心安まるようになった自分に失笑してしまいそうだ。


 門を抜けてロータリーを進むと屋敷の玄関が見えて来た。

 同時にその前に立つ、小さな人影も視界に入る。


 夕陽で輝くセミロングの金髪に勝ち気な深紅の瞳を持つ少女──見間違うはずも無い、俺のご主人様にして恋人でもあるお嬢だ。

 彼女は俺達……もとい俺の姿を見た瞬間、大きく目を見開いた。

 程なくして駆け出し、勢いよく俺の胸元に飛び込んで来る。


 軽い衝撃を受けつつケガの無いように抱き留めると、お嬢はゆっくりと顔を上げた。


「おかえり、イサヤ」

「……ただいま。お嬢」


 挨拶を返した俺に対し、お嬢はクスリと微笑む。

 三日ぶりに彼女と触れただけで、言葉で形容できない感動と感慨が胸を暖めていった。

 互いの寂しさを埋めるように抱擁を交わす中、ふと脳裏に過った疑問を口にする。


「迎えのタイミングが良かったけど、いつから玄関前で待ってたんだ?」

「ほんの五分くらいよ。ゲートの検問所にいる自衛官に、イサヤ達が戻って来たら連絡するように頼んでおいたの」

「凄いのか勿体ないのか反応に困る特権階級の使い方……」

「使えるモノを正しく使っただけよ。だって三日も離れていたのよ。一秒でも早く会えるならそうするべきだと思わない?」

「っ……」


 いじらしくも強かなお嬢の言葉にドキッと胸が弾む。

 そこまで帰りを待ちわびていたのか……。


 あまり恋人を寂しがらせるのは良くないと反省していると、お嬢はスッと自然な動きで俺の頬に手を添える。

 不意に訪れた小さくも柔らかな手の感触に、堪らず身を強張らせてしまう。

 そんな俺に構わずお嬢はたおやかな笑みを向ける。


「そういうワケだから、今夜は一緒に過ごして貰うわよ。恋人のお願い、聞いてくれるわよね?」

「……そりゃもちろん。お嬢の仰せのままに」

「ふふっ。学習会であったこと、たくさん聞かせてちょうだい」


 確約を得て気をよくしたお嬢がそう微笑む。

 やがて堪能し終えた彼女は抱擁を解き、俺の後ろで控えていたサクラ達に視線を向ける。


「サクラとリリスもおかえり。イサヤのサポートお疲れ様だったわね」

「ありがとうございます、エリナお嬢様」

「いっぱい頑張りましたぁ~」


 お嬢からの労いにサクラは恭しく腰を折って礼を、リリスはにこやかな笑みを浮かべて返事をする。

 二人の返答にお嬢はうんうんと頷いてから、あることを尋ねた。


「それで二人とも。学習会の間、イサヤは例の後輩やレイラ姉様を誑かしたりしてないかしら?」

「「「……」」」


 瞬間、和やかだった空気がピシリと凍り付いたような錯覚がした。

 問い掛けられるや否や、サクラとリリスは気まずそうに目を逸らしていく。


 ──……忘れてた。


 そういえば学習会に向かう前に、お嬢からくれぐれもタトリと本條さんを口説くなって言われてたんだ!

 現場の忙しさとガイアドラゴンの騒動で完全に抜け落ちていた。


 って待てよ?

 タトリに告白された件と、さっき本條さんを励ました件って、もしかしなくても該当してるんじゃない?

 え、言われたこと両方破ってないか??


 今になって思い出した注意に背いていた事実を前に、全身に汗が滲むほどの焦燥感に襲われる。

 そんなあからさまな俺達の反応を見たお嬢の目がスッと細められていく。


「……へぇ~。私が地球で寂しく待ってる間、そっちは随分と楽しそうだったみたいね?」

「お、お嬢。えと、決して約束を無視したワケじゃなくて、それぞれ深い事情がありましてね……?」

「事情があったとして、あたしが言ったことを破ったのには変わりないわよね?」

「ぇ、あ~……はい」


 吹雪かと思うほどの冷ややかな眼差しで微笑むお嬢に、ガクガクと身体を震わせながら必死に弁明する。

 チラリと後ろの二人に目を向けて助太刀してくれないかと願うが、残念ながらサクラとリリスは無言で首を振るだけだった。

 どうやら自分達が加わったところで、お嬢の説得は無理だと判断したらしい。


「サクラ、リリス。何があったか聞かせてくれるわよね?」

「は、はい。その……後輩のフェアリンさんから告白されたとのことです。返事は伊鞘君の答えが出るまで保留の状態です」

「レイラ様に関してはぁ、学習会中に起きた騒動の原因が自分にあるって気負った彼女をぉ、好きにさせる勢いで励ましてましたぁ」

「…………そう」


 助けるどころか仔細を報告されてしまい、一頻り聞き終えたお嬢は頭が痛そうに一言だけ呟く。


 客観的に言われるとんでもない浮気男みたいだな、俺。

 忘れてた自分が悪いのは百も承知だが、幾分か不可抗力が働いた結果なのでどうか減刑してもらえないだろうか。

 そんな切なる願いを心で浮かべる俺に対し、お嬢は全く笑ってない笑みをこちらに向けて口を開く。


「──ふふっ。今夜がとっても楽しみね、イサヤ?」

「……」


 こっっっっわ。

 息が止まるかと思った。

 明らかにこれから尋問する気満々のセリフだったよ!?


 ガイアドラゴンより圧倒的に怖いわ。


 宣告された猶予までもう半日も無い。

 最後の最後まで、我ながら本当に締まらないモノだと呆れを覚える。

 どんな目に遭うのか分からない恐怖から、ジャジムさんの夕食をロクに味わう暇も無く、改めて激怒したお嬢にこれでもかと説教されるのだった。

 

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