噂の終息と新たな火種


 冒険者体験学習会が終わって数日が経った。


 参加者達の口から冒険者活動における過酷さと厳しさが早々に広まり、自分には無理だと次々に引き下がっていたのだ。

 特に葛城のやらかしによるガイアドラゴンの暴走はかなり影響したようで、もしその場にいたらという恐怖を懐かせるには十分過ぎる程だった。

 皮肉にもヤツの軽率な行動によって、想定よりも早く『冒険者になればモテる』という噂は終息を迎えたのである。


 その葛城に対して生徒会及び学校側が下した処罰についてだが、結論から言うとアイツは退学することになった。

 危うく多数の人命を失いかねない騒動を起こしたのだから当然だろう。

 それにしてはまだ軽いのだが、退学なんてのは下された罰の内の一つでしか無い。


 葛城は泉凛せんりん高校を退学させられるだけに留まらず、地球から異世界に追放される結果となった。

 具体的には地球への帰還禁止令が出され、今後は異世界で生活するワケだ。

 身一つで放り出される上、家族との接触も禁じられたので支援も受けられない。

 当然スマホも使えないから享受できる娯楽も限られるため、元高校生にとってはかなりキツい環境だろう。


 一応、最低限暮らしていくための就職先はあるものの、アイツが態度を改めなかった場合はそこも遠くない内に追い出されるかもしれない。

 仮にそうなったらブラックリスト入りによって冒険者にもなれないので、奇跡でも起きないと詰みは避けられなくなる。

 いずれにせよもう関わることはないのは確かだ。


「そんなワケだから、白馬が心配するようなことは何も無いよ」

「それを聞いて安心した」


 昼食の際に俺から諸々の経緯を聞いた白馬は、安堵の息を吐きながら目を伏せる。

 噂の件で心配を掛けたので、こうして安心させられて何よりだ。


 そう胸を撫で下ろしていると白馬から『そういえば』と話し掛けられる。


「馬鹿馬鹿しい噂が消えた一方で、伊鞘の評判が上がったようだな」

「え、上がった? 下がったワケじゃなく?」


 思いも寄らなかった話題に困惑を隠せない俺に、白馬が呆れたような眼差しを浮かべる。


「嫉妬を向けられすぎて感覚が麻痺しているな。僕がそんなくだらない冗談を言うと思うか?」

「いや思わないけど……ちなみにどんな風に言われてるんだ?」

「まぐれなどではなく、確かな実力と人柄でS級冒険者になった努力家。端的に纏めると概ねこんな感じだったな」

「おぉ……」

「特に女子からの評価が大きくなったようだ」

「えっ!?」


 てっきり男子からだけだと思っていただけに、女子からも評価が上がってると聞いて驚愕してしまう。

 勘弁してくれよ、お嬢達に説教されるのはもうこりごりなんだけど。

 そうでなくとも恋人がいるのに言い寄られても迷惑でしか無い。


 面倒極まりない光景を幻視している時だった。


「──その件ですが、私とリリスがいる手前、恋慕というより尊敬と偶像の念が強いそうですよ」

「リリ達の目が黒い内はぁ~、いっくんに余計な虫を付かせたりしないんだからねぇ~」

「あ~ビックリしたぁ、そっちならまだ安心だ。教えてくれてありがとう。サクラ、リリス」


 より詳細を教えてくれたのは、注文していた料理を取りに行っていたサクラとリリスだった。

 俺が知らなかった新しい噂について把握していたようだ。

 自分のことなのに蚊帳の外なのもいい加減に不安になってきたなぁ。


 まぁその点は後回しにするとして。


 さすがに二大美少女の彼氏に迫る度胸は無いらしく、恋愛的な意味では無いと知って安堵する。

 ただでさえタトリからの告白に未だ答えを出せていないのだから、これ以上悩み事を増やされても困るだけだ。


 そう思うとタトリの出した勇気は、単なる告白に留まらない相当なモノだったのだろう。

 尚更答えが出ない自分が歯痒くなるが、こればかりは時間を掛けるしかない。


「なんだ伊鞘。心配することはないと言っておきながら、何か新しい悩みがあるみたいだな」

「……悪い。ちょっと強がった。本当は噂以上に厄介な状況になってる」

「気にするな、親友のためなら話くらい幾らでも聞いてやるさ」

「サンキュ、白馬」


 頼りになる親友に感謝しつつ、意を決してタトリに告白されたことを話した。

 一頻り聞き終えた白馬は、なんとも難しい面持ちを浮かべる。


「むぅ……その後輩については何度か話に聞いただけだが、ひとまず一言だけ良いだろうか?」

「おう、どんと来い」

「意識するのが遅すぎだ、馬鹿者」

「……はい」


 ついに親友にすら突っ込まれてしまい、言い返すことなく項垂れる。


「自己暗示で好意に気付かないようにしていた……フェアリンさんの能力と環境的に仕方が無いとはいえ、彼女があまりにも可哀想です」

「ホントにねぇ~」

「うぐ……」


 おまけにサクラ達からも追撃を放たれてしまう。

 事情を聞いたお嬢からも『バカじゃないの?』って言われたばかりに、言葉のナイフが深々と刺さっていく。


 そりゃ悪いと思ってるけどさぁ……でもだからって申し訳なさから告白を受けたところで、タトリは納得などしないしむしろ傷付けてしまう。

 もちろん三人もそれが分かってるから、苦言は口にしても後輩を受け入れろとは言わないのだ。


「まぁ答えを出すのは伊鞘だ。僕からは後悔しないようにとしか言えん」

「──分かってるよ」


 そう、結局は俺が決めることなのだ。

 でなければ告白してくれたタトリに失礼だし、俺だって後悔することになる。


 考えることしかできないのなら、答えが出るまでひたすら考え抜く。

 それだけの話だ。


 心の中で改めて決意し、サクラとリリスが両隣に座ったので食事を始めた時だった。


「なぁ聞いたか? 一年のクラスに異世界人の転入生が来たんだってよ」

「もうすぐ文化祭の時期にか? 珍しいこともあるんだな」


 不意に後ろの席にいた二人組の男子からそんな話題が聞こえた。


 異世界から来た転入生……確かに珍しいな。

 まぁ二年生の俺達には関係ないか。

 そう思いながらサラダを食べ進める。


「で、だ。その転入生、なんと美少女なんだ。それも緋月さん達に並ぶレベルの」

「マジか」


 へぇ、サクラ達と並ぶくらいって相当じゃないか?

 もし今年のミスコンに出たら、次代の学校一の美少女になれそうだ。

 サクラとリリスが彼氏持ちになった今、男子達からの注目も集まるに違いない。


「なんでこの時期にって思うけど、むしろ文化祭はベストイベントだ。学校案内も兼ねてその子と一緒に回れるかもしれないぞ

「おぉ、かなり興味出てきた。どんな子なんだ?」

「よくぞ聞いてくれた! なんと地球じゃ滅多に見掛けない、あの──」


 いよいよ核心に触れようとした瞬間だった。






「──あーーっっ!! 、やっと見つけたっす!!」

「へ、んぐふっ!?」 


 聞き覚えしかない声が聞こえたと同時に、背中から何かが勢いよく負ぶり掛かって来た。

 その衝撃で危うく口に含んでいたプチトマトを吐き出しそうになるが、一度口に入れたモノを出さない執念でなんとか堪える。


 あっぶねぇ、吐き出すどころか下手したら喉を詰まらせるとこだった……。

 ドキドキと焦りから逸る鼓動をなんとか落ち着かせながら、抱き着いて来た人物にジト目を送る。


 というかそもそもだ……。


「……なんで地球にいるんだ、

「えへへ、来ちゃったっす♡」


 こちらの睨みに然して堪えた素振りを見せずに、タトリはあざとい笑みを向けて来る。


 見知った人物の登場にサクラとリリスが目を丸くして唖然としており、白馬も珍しくギョッと驚いた表情でこちらを見つめていた。

 もちろん食堂にいた他の生徒達も俺とタトリに注目していて、賑やかだった喧騒が嘘のように静まり返っている。


 正直に言えば俺だって思考を放棄したいくらい驚きを隠せない。


 何せタトリは人間嫌い故に地球に行くのも嫌がっていたのだ。

 俺が誘っても断固拒否していたので、まさかこうして現れるとは思ってもみなかった。


 そしてトドメと言わんばかりに直視を避けたい現実を突き付けて来るが、彼女が着ている服装だ。


 白いシャツに紺色のブレザーを重ね、胸元には青色のリボンが着けられている。

 茶色のチェック柄が特徴のスカートはミニ丈であり、細い足を白タイツが覆っていた。

 つまりタトリの服装はどこからどう見ても、俺達の通う泉凛高校の制服なのだ。

 ちなみに青色のリボンは彼女が一年生だという証である。


 そういえば奇しくもさっき男子二人が噂していた、美少女の転入生も同じ一年なんだっけ。

 ……いやいやいやいや、嘘だろ。

 そんなことあるのか?


 既に許容量間近の脳がこれ以上の理解を拒もうとするが……。


「あ、こんにちわ辻園くん。早速フェアリンさんと会えたみたいで良かったよ」

「ほ、本條さん……?」


 ここに来て生徒会長である本條さんが食堂に訪れ、俺達の元へと歩み寄って来た。

 ニコニコとお淑やかな笑みを浮かべているが、今の俺にとっては何一つとして楽観視できない。


 だって考えても見ろよ?

 わざわざ生徒会長様がタトリと一緒に来たってことはさ……。


「タトリ・フェアリンさんは、今日からウチの高校に一年生として転入して来たの。こっちでも先輩として色々と気に掛けてあげてね?」

「……」


 現実はどこまでいっても非情なのだと思い知らされるワケでして。

 ついにキャパオーバーを迎えた俺は絶句する他なかった。


 そんな茫然自失な俺の頬をタトリは無遠慮にペシペシと叩いてくる。

 おいやめろ痛いわ。

 現実を受け止める時間くらいくれよ。


「っていうかヒドいっすよ先輩! タトリがわざわざ地球に来た理由なんて一つしかないじゃないっすか!」

「わ、悪か──」

「タトリも先輩の彼女にして貰う一歩として、一緒に過ごす時間を増やすためっすよ!!」


 今になって地球の高校に来た理由を尋ねたことに憤慨したタトリは、周囲の人達にも聞こえる声量で俺への好意を言い放つ。

 成り行きを眺めていた誰もが呆気に取られ、騒がしかった食堂は静寂に包まれた後……。




「「「「「ええええええええええええええっっ!!?」」」」」 



 地震が起きたのかと錯覚するほどの絶叫が響いた。

 そりゃそうだ、異世界から来た転入生がいきなり公開告白をしたようなものなのだ。


 その相手にしたって二大美少女と付き合ってる俺なので尚更だろう。


 あぁ、なんだかせっかく上がった男子達からの評価がゼロどころか、マイナスになった気がする。

 サクラはもう止められないと肩を竦めていて、リリスはケラケラと腹を抱えて笑っている始末だ。


 地球に帰ったらしばらくは平穏になるかと思いきや、タトリの転入によってそれは叶わなくなったらしい。


 ──覚悟しといて下さいっす先輩! ぜぇ~ったいに! タトリのことも好きにさせてみせるっす!


 思えばあの宣言を口にした時から、泉凛高校への転入を計画していたのだろう。

 完全にしてやられたと頭を抱えたくなる俺に、タトリはニマリとした笑みを浮かべて口を開く。


地球こっちでも後輩としてよろしくっす、先輩♡」


 ……俺に平穏な学校生活はいつ訪れるのだろうか。


 そんな届かなくなりそうな願いを脳裏に浮かべつつ、騒ぎが落ち着くまで食堂から動けなくなるのだった。


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