生徒会室にて


 タトリ・フェアリンさんが泉凛高校に転入し、食堂で辻園くんへの好意を堂々と明らかにした後の放課後。

 私──本條麗良れいらは、生徒会室で書類仕事を進めていた。


 はぁ~それにしても、食堂のアレは本当に面白かったなぁ。

 辻園くんには申し訳ないけれど、外から見る分には飽きそうにない。

 三人の恋人と新しい恋人志望の女の子……どう折り合いを付けるのか楽しみが増えて頬が緩みそうになる。


 一方であぁいう風に誰かを本気で好きになる姿を見ていると、少々羨ましくも思ってしまう。

 高校二年生……漫画やアニメでは青春の象徴として挙げられる年頃だ。

 なのに現実では恋愛のれの字すら無縁の有り様だった。


 理由としてはなんてことない、異世界を救った英雄の娘、異世界の現王家の第一王女。

 生まれ持った立場故に相手は畏縮してしまうか偶像視して、私と距離を開けて接してくるのがほとんどだからだ。

 両親を恨むわけではないけれど、もっと青春らしいことがしたいと思わずにいられない。


 来月に控えているクリスマス前の文化祭なんて、高校生活の花形ともいえる。

 気になる人と一緒に回ってみたいけれど、きっとそう都合良くいかない。


 ただ全く当てが無いわけじゃないけどね。


 辻園くんはまだ緊張が見えるけど、少なくとも私を一人の女の子として認識してくれる貴重な異性だ。

 彼の雰囲気がそうさせるのか話していて気楽だし、軽口にも付き合ってくれるノリの良さも好感が持てる。

 まぁ流石にエリナちゃん達の中に割って入る気は無い。


 仮に加わろうとするなら、相当な想いを懐かない限りは彼女達が認めたりしないだろう。

 そう考えるとフェアリンさんはかなりいい線いってるんじゃないかな。


 何はともあれ、彼らの今後には目を離せそうにない。

 次はどんな話になるのか期待していると、生徒会室のドアがノックされる。


「どうぞ~」

「お邪魔するっす~」


 入ってきたのは転入して来たばかりのタトリ・フェアリンさんだ。

 憧れの辻園くんを驚かせられたのが嬉しいのか、機嫌が良さそうに見えた。


 彼女は私と目を合わせて明るい笑みを向けて来る。


「会長さん、転入の手続きとか色々やってくれて助かったっす。おかげで地球でも先輩と過ごせるっす」

「んっふ……! んん、礼には及ばないよ。転入試験を受けて合格できたのは、紛れもないあなた自身の実力だもの」


 送られた感謝の言葉になんてことはないと返す。

 冒険者体験学習会の後、フェアリンさんから私達の通う高校に行きたいと言われた時は驚いたモノだ。


 申請書の準備や転入試験の予習など協力を得た彼女は、こうして無事に泉凛高校の一年生として地球に足を踏み入れた。

 私の称賛を受けたフェアリンさんは、照れくさそうに頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。 


「割とギリギリだったみたいっすけどねぇ。地球の歴史とか難しすぎじゃないっすか?」

「っ、苦手な教科があれば、辻園くんに聞くのはどうかな? 彼、特待生だから勉強は得意なんだよ」

「マジっすか!? それなら勉強を口実に近付けるチャンスっす!」

「ぅっっ~~っ、はぁ、はぁ……そう、だね……!」


 成績アップじゃなくて、辻園くんと過ごせる方が嬉しいんだ……。


 込み上げてくる笑いをなんとか堪えるけれど、そろそろ限界が近いかも。

 息を整えようとしても、不意に脳裏に過ってくるせいで思い出し笑いが中々止まってくれない。


「……さっきから笑いすぎっすよ?」


 笑わないように我慢していたら、フェアリンさんから呆れた眼差しで見つめられる。 


 だって、だってねぇ……!


「無理だってば! その、違和感すごくて笑えちゃうんだから」

「こっちとしては早く慣れてもらいたいんすけど? これからも会う度に笑われてたら不審がられるじゃないっすか」

「それは分かってるけど……と、とにかく普通に話してくれる? じゃないと私、息が止まりそっ、アッハハハ!」

「はぁ……」


 ついに耐えきれずに噴き出してしまった私に、フェアリンさんは呆れて目を伏せながらため息を吐く。

 瞬間、スイッチを切り替えるように彼女の纏う雰囲気が一変する。

 明るく賑やかだった表情が粛然とした雅な面持ちになった。


 何も姿が変わったりしたワケじゃない。

 ただ着けていた仮面を外しただけだ。

 本当にから見ても感心する演技力だと思う。

 意外と人を見ている辻園くんでさえ見破れないのだから。 


 ──彼女にとって、A級冒険者のタトリ・フェアリンという少女は仮の姿。


 全てが嘘ではないけれど、本来の姿は別にある。

 今はその普段隠している本性を露わにしたのだ。


 閉じていた目を開けた彼女は、別人かと思うほどの佇まいで私を見やる。


「全く……これでよろしいのでしょう? レイラ

「うん。やっぱりそっちの方がしっくり来るよ、ちゃん」


 ようやく聞き慣れた調子を前にして胸を撫で下ろす。


 ──タニア・ティル・


 それが彼女の本当の名前であり、秘めていた本当の姿。

 私にとって大切な妹……つまり第二王女に位置する王族の一人だ。


 そう、辻園くんは後輩が実は私と同じ王女だと知らないまま告白されたのである。


 ただ彼に限らず知らないのも無理もない。

 何せ私と違って公の場に姿を見せたことがないため,彼女は地球と異世界の両方において知名度はゼロに等しい。

 生まれつきの能力故に人前に出ることを嫌って、滅多に城の外に出ようとしないのが最たる理由だ。

 なので大半の人は第二王女の存在こそ知っていても、それが目の前にいるタニアちゃんだとは結び付かない。


 流石にずっと引き籠もっているのはどうかと心配したお父様が、身分を隠して冒険者活動をするように勧めたんだけど、正直に言うと当時はすぐに辞めるだろうと思っていた。

 それこそ勧めたお父様本人でさえも。


 けれど予想に反してタニアちゃんは三ヶ月になっても……いや、その時期から積極的に冒険者活動に乗り出すようになった。

 何か志が変わるような出来事があったのか、あの時は家族全員の興味関心が向けられていたっけ。

 万が一を避けるため常に遠くから監視していた密偵の報告に挙がった人物こそ、現在はスカーレット公爵令嬢の奴隷である辻園伊鞘くんだった。

 しかも人間嫌いなタニアちゃんが恋愛感情を向けてることも知らされた時は、家族みんな揃ってとてもビックリしたモノだ。

 特にお父様は嬉しそうな悲しそうな、とにかく複雑そうな表情をしながら辻園くんの身辺調査を命じた。


 もし碌でもない人だった場合を警戒したんだろうね。

 でも他人の思考が読めるタニアちゃんが好きになる時点で、何か企んでるような人じゃないのは明らかだ。

 実際どれだけ調べても家庭環境以外、辻園くんの欠点が見当たらなかった。

 むしろ同じ地球人ながら冒険者として活躍する彼に、お父様もすっかり興味を持ってしまった程だ。


 それがまさかエリナちゃんの奴隷になって、三人の恋人もできるなんて思わなかった。

 しかしせっかくの妹の初恋なのだ、簡単に諦めて芽を潰させるなんて勿体ない。

 そんな身内贔屓の理由もあり、進展の場としてちょうど学校に広まっていた冒険者にまつわる噂を利用させて貰ったのが、冒険者体験学習会の本来の切っ掛けだ。


 もちろんガイアドラゴンの件など全てが思い通りだったワケじゃない。

 それに学習会や転入試験の手配こそしたけれど、そこから辻園くんとの関係を深めたのは他でもないタニアちゃん自身の成果だ。


 今まで頑なに来たがらなかった地球に行こうと決意したのも良い傾向だと思う。

 そう感心する私に、タニアちゃんは凜とした面持ちで話を続ける。


「本当に気を付けて下さいませ。先輩にわたくしの身分に感付かれては、せっかく縮まった距離が遠退き兼ねませんもの」

「う~ん。私と接した感じだと、時間を掛ければ慣れて貰えると思うよ? 理由をちゃんと話せば理解してくれるんじゃないかな」

「それは分かっておりますわ。キチンと時期を見て真相を話すつもりではあります」

「ふぅ~ん」


 正直、四年以上も身分を明かせていない時点であまり説得力は無い。

 早い内に説明していたら、エリナちゃん達に先を越されることは無かったかもしれないのに。


 言わない理由としては多分だけど、嘘を付いてる後ろめたさと避けられたらどうしようっていう不安が原因かな。

 この調子だとまだまだ無理そうだ。

 そんな呆れを察したのか、タニアちゃんはわざとらしく咳払いをしてドアの方へ身体を向ける。


「コホン。とにかく。学校では表向き生徒会長と転入生としてよろしくお願い致しますわ」

「もう帰るの? せっかく地球でも会えたんだからもっと話そうよ」

「ありがたいお誘いを断るのは忍びないのですが、生憎と先輩達に学校周辺を案内して貰う先約がありますので」

「申し訳なさなんて少しも感じて無さそう~。完全に辻園くん最優先じゃん」

「当然ですわ」


 素気なく誘いを断られたので、ちょっとだけイジワルしようと思ったのに躱されたどころか、辻園くんより優先順位が下だと平然に口にされてしまった。

 からかってみたものの、タニアちゃんは照れる反応すら見せずに再び息を吐く。


 瞬間、さっきまでの粛然とした雰囲気が霧散し、私が不慣れな方の仮面を着ける。


「──んじゃ、そーゆーワケなんで失礼させて貰うっす」

「んっ! ……あ、あまりサクラちゃん達を怒らせちゃダメだよ~」


 込み上げる笑いを抑えつつ、生徒会室を出るタニアちゃんを見送った。

 静寂に包まれた部屋が寂しく感じるものの、私は意識を切り替えて書類仕事を再開する。


 内容は来月のクリスマスイヴ前に開かれる文化祭のこと。

 異世界人の留学生を受け入れる特殊な学校なだけあり、文化祭の中身もかなり多様化している。

 それらを纏めるのは中々骨が折れるけれど、きっとその労力に見合うだけの大賑わいになるのは間違いない。


 そんな泉凛高校の文化祭において、辻園くん達はどんな出来事に遭遇するんだろうか。

 語り部じみた感想を浮かべていると、つい口元が緩んでしまう。


「ふふ。楽しみだなぁ」


 一人だけの生徒会室でその呟きを耳にした人は誰もいない。

 期待で弾む胸のリズムでペンを走らせながら、私は書類を書き進めていくのだった。




 ========


 ども、青野です。

 これにてヤバエサ5章、終了です。


 いやぁ~長かった(笑)

 昨年の12月1日に週一で更新を再開して、8月1日に一区切り。

 半年以上掛かっとる!


 冒険者周りの設定を開示したり、動かすキャラクターが多かったりしたので必然的に文章量が嵩んでいった結果ですね。

 次回の6章はもう少し調整頑張ります()


 そしてその6章ですが、書き溜めした後にまた週一で更新して行こうと思います。

 大体一ヶ月後くらいには開始したいですねぇ。

 筆遅い上に新作も書きたかったりするのでどうしてもね……。


 あとがきはここまでにさせて頂こうと思います。

 次章、もしくは新作でお会いできることを祈っています。

 ではでは~。


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