#6 聖夜の文化祭で高らかに愛を叫べ!

夕焼け空の下で愛を叫べ


 マジックアワーと呼ばれる時間帯がある。

 それは日没後、または日の出前の数十分ほどで観測できる薄明を指す撮影用語だ。

 ソフトで暖かみのある淡いオレンジ色の空が特徴で、芸術的な写真が撮れるとして写真家の間では有名だという。


 なぜその言葉の解説を始めたのか、それは泉凛せんりん高校において有名なジンクスと深く結び付いているからだ。


 年に一度、十二月の二十三日と二十四日で開かれる泉凛高校の文化祭……『交縁こうえん祭』の終盤、黄昏時に両想いの男女が告白し合うと永遠の愛が約束される。

 いわゆる告白イベントのような噂が広く伝わっているのだ。

 決して眉唾などではなく、過去に実践して結ばれたカップルが後に結婚した事実が幾つも報告されている。


 つまり何が言いたいのかというと……。


「──好き、ですの」


 夕闇に染まった淡い空の下で、今まさに一人の女性から想いを告げられた。


 相手は大きな波を描くような腰まで伸ばされた長い金髪、エメラルドのように円らな翡翠の目、ツンと尖った長い耳を持ったエルフの少女だ。

 夕焼け空に負けないほど赤く染まった頬と、緊張と怯えから泣きそうなほどの潤いを帯びた瞳から、嘘偽りない本音の告白だと悟れる。


 訳あって泉凛高校の女生徒の制服を身に纏っているが、本来は学校に通うどころか地球に籍を置いていない異世界の貴族である。

 そんな彼女が地球の、それも泉凛高校にいるのは理由があった。


「初めて地球に来た日、従者とはぐれて途方に暮れていたアタクシを助けて下さった貴方様は、何度も読み返した本に書かれていた白馬の王子様その人のようでしたの」


 彼女が口にした出来事はよく覚えている。

 まさかそれが切っ掛けで異性として好意を向けられるなど思ってもみなかった。

 ましてや……自分にとっても予想外の感情をもたらしたことも。


「レイラ王女様のお力添えで貴方様と再会して、短くとも同じ時間を過ごしてく内に冷めるどころか、愛念は深まるばかりでしたの」


 異世界で最も長生のエルフである彼女からすれば、三日という時間は刹那にも等しいだろう。

 しかしそんな僅かな時でさえ、掛け替えのない宝物を慈しむように吐露する。


 そんな想いを向けられて嬉しくないはずがない。

 告白をされた経験は何度もあるのに、胸を焦がすほどの歓喜で心臓がバクバクと高鳴っているのがその証拠だ。


「もちろんアタクシと貴方様で立場が異なるのは理解しています。ですが、それでもこの想いを諦めたくは無かったのです」


 貴族の中でも最上位に値する公爵令嬢の彼女と、どこにでもいる平民でしかない自分。

 あまりにも大きい身分差であり、本来なら互いの顔すら知らないままだったかもしれない。

 だがなんの偶然かこうして面識を持ち、あまつさえ好意を寄せ合うようになった。

 それは見方によっては奇跡とすら呼べるだろう。

 恐らく交縁祭前の自分に言ったところで信じないどころか、嘘を付くなと罵倒すらしてしまいそうなほどだ。


 そんな感傷が胸で燻る中、彼女は自身の右手でもう片方の手をギュッと握る。


「どうか、正直な気持ちを聞かせて欲しいのです……」


 彼女が口にしたのは告白の返事だ。

 自身の手を握ったのは押し寄せる失恋に怯えているのだろう。

 返答を求める声音は震えていて、迫る瞬間に表情を強張らせていることから容易に窺える。


 本当に自分でいいのか。

 未来でもっと相応しい人物が現れるのはないか。

 彼女を幸せにできるのだろうか。


 幾つもの不安と疑念が浮かんでは消えていく。

 答えを出したくとも喉から言葉が紡げるかさえ覚束ない始末だ。


 しかし震える彼女も同じ気持ちだと思うと、真剣な場だというのに気付けば頬が緩んでいた。

 その表情の変化を目にした彼女の翡翠の瞳が丸く開かれる。

 よほど驚かせてしまったらしい。


 心の中で密かに謝罪したのも束の間、彼女は希うように両手を重ね合わせてから口を開く。


「アタクシと結婚を前提に付き合って頂けませんか?





 ──様」


 より明確な意味を露わにした告白に僕が出した答えは……。

 


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