後輩が来てからの学校生活
タトリが
転入初日から盛大に注目の的となった彼女は、今では一年生のみならず上級生にもその存在が知れ渡っている。
何せ滅多に地球に来ないことで有名なエルフ──実際はハーフエルフだが──由来の整った容姿はもちろん、明るく元気な振る舞いから人目が向けられるのは当然だろう。
というか一番の理由は俺と密接な関係にあると知られたことが大きい。
また多くの男子から敵視されるんだろうなぁと思いきや、実際は想像していたモノよりずっと大人しい生活が続いている。
その理由は冒険者体験学習会に参加した人達から、冒険者業における先輩後輩だから仲が良いという証言があったからだ。
やっぱり冒険者になればモテるのではと仄かにざわめき出したが、そもそも好かれるほど強くなって実績を積む必要があるだろうと、これまた参加者達からの苦言で呆気なく沈黙していった。
俺が思っていた以上に、あの学習会で齎された影響は大きいらしい。
企画してくれた本條さんには頭が上がらなくなりそうだ。
そうでなくとも王女様なのだから元より気軽に上げられる相手でもないんだけど。
しかし何も問題が起きていないワケでは無い。
「聞いて下さいよ先輩~」
昼休みに第一校庭の端にあるベンチでサクラとリリスと過ごしていた際、タトリが項垂れた様子でやって来るなり、俺の後ろから寄り掛かるように身を預けながらそう切り出した。
冒険者時代でもこうしてダル絡みをして来ていたが、彼女の想いを知った今ではなんとも言えない緊張に身が強張る。
決して左右──左にサクラ、右にリリス──から向けられた威圧の視線に怯えているワケでは無い。
無いったらないのである。
「……何かあったのか?」
「こっちに来る前に男子から『なんで伝えた場所に来なかったんだー』って詰め寄られたんすよ」
「で、タトリはなんて返したんだ?」
「応える気のない告白に行くワケないってだけ言って逃げてきたっす」
「相変わらず辛辣……」
とは言ったもののタトリの人間嫌いを思うと無理もない。
まぁどのみち断るのに呼び出しに応じて、変に期待させたなって余計な恨みを買うよりマシだろう。
こんな風に転入してからというものの、彼女に対する告白が後を絶たないらしい。
一度や二度ならまだしも、一週間でこうも絶え間なく続け様に告白されては情緒もへったくれもないに決まってる。
特に他人の思考が読めるタトリの場合、告白の度に内に秘められた欲望を否応なしに見せつけられているのだ。
最初こそ丁寧に断っていたそうだが、今では人間嫌いを隠しもせずに拒絶したり呼び出しに応じないようにもなった。
それだけ手酷くフラれると広まってるはずなのに、未だに告白が止まらないのだから学習しないというかなんというか……。
「あとで揉めるようであれば、いつでも助力しますよ」
「しつこい告白はリリ達にも経験あるからぁ~、遠慮無く相談してねぇ~」
「うえ~ありがたいっす~!」
気持ちを察したサクラとリリスから投げ掛けられた慰めに、タトリは目を潤わせて感激を露わにする。
不躾な告白に悩まされてきた者同士、親身になってくれるに違いない。
一方で俺はどうにも拭えない疑問に頭を働かせていた。
「それにしてもなんでタトリへの告白が止まないんだろうなぁ」
「ほんとっすよ。タトリは先輩のことが好きだって見て分かんないんっすかね?」
「っ。そ、ソーダナー……」
思わぬ不意打ちに動揺して声が上擦りながら賛同する。
そう、俺は冒険者の頃からの仲であるタトリに告白されたものの、未だに返答ができずにいる。
泉凛高校に転入してきたのも、俺を振り向かせるためのアプローチを重ねるためだ。
つまり告白したところで彼女が靡く可能性は限りなく低い、いやゼロに等しい。
それでもなおアタックを仕掛けてくる理由が分からない……というのが疑問になっているのだが。
「えぇ~、いっくん分からないのぉ~?」
「ん? リリスは答えが分かってるのか?」
「うん~。リリとサクちゃんがいっくんと付き合ってるからぁ~、フリーのタトちゃんが狙われてるんだよぉ~」
「要は妥協されてるってことっすか!? 何様のつもり!?」
「恋人持ちに告白しない良識をタトリにも向けてやれよ……」
原因の一端が俺にもあるとはいえ、揃いも揃って短慮なのには呆れるしかない。
繰り上がりで標的にされたようなモノであるタトリは、その理由に青筋を立てて憤慨を露わにしている。
「もちろんそれも理由の一つですが、他にもありますよ」
「他?」
「この先の時期を考えれば、自ずと答えに行き着くかと」
「先輩、ファイトっす!」
「いやタトリも考えろよ……」
リリスが口にした理由以外にもあるらしく、サクラはヒントをくれたがいまいちピンとこない。
逡巡する俺をタトリが応援してくるが、当事者が思案を丸投げするというのはどうなのだろうか。
まぁ別に良いんだけど。
この先の時期と言えば……。
「……もしかしてクリスマス前に恋人を作りたいから?」
もうすぐ十二月だ、その下旬に控えているクリスマスに恋人と過ごしたいと考えたのかも知れない。
俺もそのつもりだから一番可能性が高いんじゃないだろうか。
そう予想して答えを口にしてみたのだが……。
「ん~惜しいぃ~!」
「当たらずとも遠からず、ですね」
サクラとリリスが思い至った答えとは異なっているようだ。
とはいえ全く外れているのではなく、惜しくも正当に届かなかったらしい。
だったら答えはなんなのか。
疑問が晴れない俺に対し、クスクスと笑みを零すサクラが呼び掛けた。
「クリスマス……正確にはイヴとその前日に開かれるんですよ
──泉凛高校の文化祭……『
「あ~文化祭……!」
言われてしまえば酷く単純な答えだ。
目から鱗が落ちたように驚きと感心が声に出た。
泉凛高校の文化祭『交縁祭』は異世界人留学生を含む在校生720名による、大規模なイベントが十二月二十三日と二十四日の二日間にわたって開催される。
ちなみに命名者はヴェルゼルド王……生徒会長である本條
世界交流における発表の場としても大いに注目されていて、毎年地球と異世界問わず外部から多くの人が訪れて来るみたいだ。
例年大盛況のようで今年も大盛り上がりが予想されるそうだが、そんな文化祭を一人で回るのはあまりにも寂しい。
だから当日までに恋人を作って一緒に回りたい……そんな思いから男子達が挙ってタトリに告白してくる事象が起きているのだろう。
そういった背景を一通り聞き終えた後輩はというと。
「いや普通に迷惑以外のなにものでもないっすよ。自分を慰めるのにタトリを巻き込むのはやめてくれないっすかね」
「俺に言われてもなぁ。まぁサクラ達も言ってたけど、あまり目に余るようなら俺が傍にいるようにしようか?」
「! つまりタトリは先輩のモノだって見せつけるってことっすか!?」
用心するに越したことは無いと提案を口にしたら、タトリは橙の瞳をキラリと輝かせて俺に抱き着く力を強める。
背中から伝わる仄かな温もりと森を彷彿とさせる爽やかな香りにドキッと心臓が揺れた。
思わず身体が強張ってしまうが、その動揺を突かれたら何を言われるか分からない。
あくまで平静を装いつつタトリにジト目を向ける。
「期待してるとこ悪いけど、あくまで護衛だからな? そんな真似したら余計に恨みを買うだけだから」
「心配しなくても、先輩に対する男子達の恨みは既に完売済みっすよ」
「待って!?」
そんなサラッと聞き捨てならない不穏なこと言わないでくれる!?
冒険者体験学習会でマシになったと思ったら、単に表に出てないだけで裏側で燻ってたの?
「だ、誰かから聞いたの?」
「いや告白を断る度に先輩が好きだからって伝えると、みんな揃って頭の中で恨み節を残していくんすよ」
「消えそうな火に逐一燃料投下してたらそりゃそうなるよ!!」
そう言わないと引き下がってくれなかったのは察しが付くけど、もうちょっと穏便に済ませられなかったのかな?
過ぎてしまった以上は取り返しが利かないと諦めるしかない。
冒険者としての話も広まってるから下手なことはないと思いたいけど……念のため警戒だけは怠らないでおこう。
内心でそんなことを考えていると、サクラがムッとしながら背中に張り付いていたタトリを控えめに離す。
「そこまでですよ、フェアリンさん」
「えぇ~もっとくっついていたいっす」
「気持ちは分かりますがあのまま抱き着いていては、伊鞘君への敵意が強まってしまいますよ」
「……はいっす」
毅然とするサクラの言葉にタトリは反抗するものの、俺に悪意が向けられるのは本意では無いからか渋々引き下がった。
一方でこちらに意味深な眼差しを向けてるのは、自分の想いを受け入れてくれたら離れなくて良かったのにと思ってるに違いない。
明確な答えが出るまで待たせてしまっているので、文化祭もだがこちらもどうにかしないといけないな。
とはいえ、だ。
「文化祭かぁ」
「楽しみですか?」
「リリも楽しみだよぉ~。去年はサクちゃんと二人で回ったけど、今年はいっくんも一緒だもんねぇ~」
「タトリも一緒っすよ、リリちゃん!」
「だぁいじょうぶ。分かってるよぉ~」
俺の呟きにサクラが反応を示し、リリスとタトリが期待で目を輝かせながら会話を繰り広げる。
もちろん楽しみに決まっている。
何せ……。
「文化祭って参加自由だろ? その時間で金を稼ぐために今まで
子供っぽくて恥ずかしいが、包み隠さない本心だ。
照れくささを覚えながらも楽しみな理由を彼女達に打ち明ける。
「「「……」」」
だが俺の言葉を聞いた三人は、揃って茫然と俺を見つめて絶句していた。
予想外の反応に困惑をしている内にサクラは俺の左手を、リリスは右手をそれぞれ握り、タトリには無言で頭を撫でられる。
彼女達はその行動に違わない憐憫と慈愛に満ちた眼差しを浮かべており、訳が分からない俺はひたすら戸惑う他なかった。
「え、な、なに?」
「伊鞘君。当日はたくさん遊びましょう」
「ん? お、おぅ」
「いっくん。文化祭でいぃっぱい、思い出作ろうねぇ~!」
「そ、そうだな?」
「先輩。今年はタトリもいるから損はさせないっすよ」
「さ、サンキュー……?」
やたらと強い決意の籠もった語調にたじろぎながらも首肯した。
三人もそんなに楽しみなのか?
そう思っても言えない妙な雰囲気に疑問符が消えないまま、文化祭の日へと時間を刻んでいくこととなった。
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