クラスの出し物と交縁祭のウワサ
昼休みが終わってから午後の授業が始まる……が、一ヶ月後に控えた
その期間で各クラスの出し物案と準備をこなしていくのだ。
「つーワケで、今から2-C組の出し物を決めるよ! 案がある人はドンドン言ってね。けど良くないのはバツにすっから、そこんとこよろ~」
ホワイトボードの前に立ったクラス委員長であり竜族の少女であるフレア・ドラグノアが、赤い髪を揺らしながら溌剌とした調子でクラスメイト達に呼び掛ける。
文化祭実行委員会にも名乗り出ており、こういった行事に関してはとても積極的な姿勢を示していた。
出し物の案かぁ……去年はどうしていたっけ。
記憶を探ってみても思い出せそうにない。
やばい、当日は休んでたけど流石に準備くらいは手伝ってたはずなのに……あとで
少なくともこの段階では役に立たないと沈黙を選択することになった俺を余所に、案があるらしいクラスメイト達が次々と手が上げていく。
「お祭りの屋台みたいなお店やりたい!」「体育館の舞台で演劇!」「お化け屋敷にしよう!」「メイド喫茶! メイド喫茶一択だろ!?」「バンドとかどう?」「当日は遊びたいから展示とかでよくない?」「映画撮ろうぜ!」
一つの案が出る度にフレアがホワイトボードへ書き込んでいく。
竜族の身体能力の高さ故か、淀みなく滑らかな動きで書かれた字は妙に達筆だ。
そうしてアイデアが出尽くした時には、ざっと二十は並んでいた。
ここから実行が難しい、または学校から出る予算に収まらないだろう案を添削していくことになる。
最終的に残った案で多数決を行い、クラスの出し物を決定するのだ。
ホワイトボードに書かれたアイデアを眺めていたフレアは、う~んと唸りながら思案を始める。
「ん~……まず体育館を使った舞台演劇とかバンド演奏は、他のクラスからも希望が殺到してて、来週辺りで舞台の使用権を抽選で決めるんだって。外れた時のことを考えたら、ゴメンだけどこの二つはナシで!」
「ええっ!? で、でも体育館で思いっきり演奏してぇよ」
「演劇は教室でもやれるけど、せっかくやるなら舞台でたくさんの人に見て貰いたいなぁ……」
「これから演奏曲とか劇の内容とか決めても、抽選に当たらなかったら台無しっしょ。それでクラスの皆の時間がパァになるのは萎えじゃん?」
「う……」
意外とロジカルな理由で説明された没に、演劇とバンド演奏を提案した二人は反論できなかった。
当たらない前提で話すのは厳しいんじゃないかと思わなくもないが、クラス全員で楽器や劇の練習をしても体育館が使えませんでしたなんて番狂わせでしかない。
更に言えば練習や準備に費やした分、他の出し物を進めるための時間も削られてしまう。
時間が減ったせいでクオリティが下がっては、せっかくの文化祭が満足に楽しめなくなる。
極論、バンドや演劇を提案したどちらかに不満が向けられかねない。
そんな不和を避けるためだと聞かされては、意地を張って食い下がっても時間を浪費するだけだ。
「次は……展示もバツね」
「え、どうして?」
「そりゃ当日は遊べるだろうけど、展示するテーマと内容を決めて纏めてってさぁ……ぶっちゃけつまんなくね? 文化祭なんだから準備も含めて楽しまなきゃ。高二の文化祭は一回しかないんだからさ」
「……なるほど」
展示については頷くしかない。
準備段階にすら入ってない状態で盛り上がらないと分かってて、あえて残す必要も無いということだろう。
提案した男子も目から鱗という面持ちで首肯していて、こちらも特に揉めずに却下となった。
「メイド喫茶もナシっと」
「ええええっ!?」
「そりゃねぇよ!」
「定番中の定番だろ!?」
「ロマンがわかってねぇなぁ?!」
うぉ、うるさっ!?
メイド喫茶も没にされた瞬間、クラスの男子の大半が大いに嘆きを露わにする。
どんだけ期待してたんだよ。
でも確かにお嬢から借りたラノベでも、文化祭とはいえばメイド喫茶というほどに有名だ。
それが没にされてショックなのは分からなくもない。
フレアはどんな理由で没と決めたのだろうか。
その疑問を解くためにも彼女の言葉に耳を傾ける。
「定番だからオッケーなんて誰が決めたん? 仮にやるとしたら女子に掛かる負担がパないのはわかるっしょ。男子がやることだって裏方なのも無いわ~」
「う」
なんともご尤もな返答に、嘆いていた男子達がたじろぐ。
メイド喫茶をやる以上、メイドに扮した女子達がメインを飾るというのは自明の理だ。
だがそうなると接客を務める女子達に負担が集中してしまう。
クラス皆での協力が必至なのにそんなことになっては本末転倒だ。
独りでに納得していると、フレアが『それに』と前置きして告げる。
「どうせアンタらが見たいのは、メイド服着た
「「「うぐっ!?」」」
フレアの指摘に図星を衝かれた男子達が揃って呻き声を漏らした。
うわぁなんて分かりやすい……。
あまりのバカさ加減に呆れながら横目で恋人達を見やる。
サクラはムッと顔を顰めていて、リリスは表面上こそ笑ってるが内心はどうでも良さげだ。
まぁ二大美少女の彼女達なら容姿はもちろん、本職故の洗練された振る舞いから人気が出るのは間違いないので、恐らくは売り上げにも多大な貢献をするだろう。
でも裏を返せば接客業務の大半が二人に集中したり、トラブルに巻き込まれやすくなることを意味している。
それで恋人と一緒に文化祭を楽しめないのなら、メイド喫茶は没になった方が俺も好都合だ。
「二人もいい顔してないし、メイド喫茶は没ってことで」
「そ、そんな……!」
「この世に神はいないのか……」
「クソッ! 辻園は毎日緋月さん達のメイド服を見てるってのに、オレらはダメなのかよ!?」
説得も虚しくメイド喫茶の没が決定したことに、男子達は私怨丸出しな捨て台詞を吐いていく。
そりゃ毎日見てるけど、あくまで同じ職場だからであって俺の趣味とかじゃないからな?
まぁその点に関して優越感を覚えてないかと言ったら嘘になるけど。
何はともあれ出されたアイデアの添削が進み、多数決を行った結果、俺達のクラスはお化け屋敷を行うことになった。
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「へぇ~先輩達のクラスはオバケヤシキなんすね」
放課後、教室にやって来るなり出し物を知ったタトリが感心する素振りを見せる。
「タトリのクラスはどうなんだ?」
「こすぷれきっさっていうヤツっす」
「へぇ~タトちゃんはなんのコスプレするのぉ~?」
「タトリは何も着ないっすよ」
「へ?」
冗談かと勘繰るが、タトリの目は本気だった。
まさか去年の俺みたいに参加しないつもりなのか?
そう思ったのだが……。
「えぇ~つまりタトちゃんは全裸ってことぉ~?」
「ブッ!?」
「んなワケないっすよ!!?」
わざとらしく驚きながら揚げ足を取るリリスに、タトリが顔を真っ赤にしてツッコミを返す。
一瞬だけ想像してしまったが、幸いにも後輩の意識はリリスに向いていたので思考は見られていない。
……サクラからはジト目を向けられてしまっているが。
片手だけ口元に上げて謝罪のジェスチャーをすると、プイッと目を逸らされてしまう。
これは後の吸血は覚悟しておいた方が良いかもしれない。
そんなことを考えている中、コホンとタトリが咳払いをする。
「文化祭二日目の『みすこん』ってのに出ることになったんで、クラスの方に居ないってだけっすから」
「え。ミスコンなんてあるのか?」
そんなイベントがあったことに驚きを隠せず聞き返す。
とはいっても去年サボってた俺が知らないのはある意味当然なのだが。
「そもそもみすこんってなんなんすか?」
「広義的には最も魅力に溢れた女性を選ぶコンテストとされています。交縁祭においては、泉凛高校で一番慕われる女子生徒を決めることになっていますね」
「ちなみにぃ~、リリとサクちゃんが二大美少女って呼ばれた切っ掛けだよぉ~」
「……あまり良い思い出はありませんが」
「あ~……」
にこやかなリリスの言葉に反して、サクラは困ったように苦笑いしていた。
言われてみれば確かに、去年の文化祭以降に二人がそう呼ばれ始めた気がする。
でもサクラがミスコンに参加してたなんて意外な話だ。
リリスならノリノリで出るのは想像付くけど、当時のサクラだと興味が無いってバッサリ断ってたはずなのに。
その疑問を察してか、リリスは朗らかな調子で答えを口にした。
「リリは自分から参加希望したんだけどぉ~、サクちゃんは出てないのにリリと同率で一位になったんだぁ~」
「そんなのアリかよ……」
なんで出てない人への投票を有効にしちゃったんだよ。
当時参加した人からすれば理不尽極まりなかっただろうなぁ。
「あれからというものの明らかに周囲の見る目が変わりました。正直、今からでもフェアリンさんには辞退を勧めたいほどです」
「うえぇ……」
彼女が良い思い出は無いと語るのは無理もないだろう。
恐らくはクラスメイトの推薦もあっただろうが、今でさえ鬱陶しい回数の告白テロに遭っているタトリは、更なる加速を予感してげんなりとした表情を浮かべている。
しかし、彼女はふと何か閃いたような面持ちになった。
「ん? でもそれってつまり、タトリがサクラちゃん達に代わって学校一の美少女になれるってことっすよね?」
「え、えぇ。私もリリスも今年は出ませんし、投票されても無効にするよう実行委員会に伝えていますので、フェアリンさんが一位になれる可能性は十分にあるかと……」
「よっし!」
サクラの返事を聞いたタトリは勝ちは決まったという風に力拳を作る。
一体何を考えてるのか問い掛けるより先に後輩は答えた。
「サクラちゃんの気遣いはありがたいっすけど、みすこんは出るっす」
「えぇ~大丈夫なのぉ~?」
タトリの意志表明にリリスが怪訝な声を漏らす。
サクラのように告白が加速しないか心配なのだろう。
その疑念に対してタトリは腕を組みながら続ける。
「大丈夫になるようにみすこん優勝って箔が必要なんすよ」
「どうゆうことぉ~?」
「冒険者として新人だった時、タトリを見下すヤツらは大勢いたっす。けどA級になった頃には文句を言われなくなったんすよ。おかげで厄介事が減って気楽になれたっす」
「なるほど。肩書きに気後れする人は増えるでしょうね」
「そゆことっす」
「おぉ~」
意図を悟ったサクラの解説で理解に至ったリリスが感心の声をあげる。
まぁ本当に気後れを起こして告白が減るだろうが、それは本当に僅かなだけかもしれない。
というか告白減らしはあくまでついでのような気がする。
むしろタトリにとってミスコン一位における本当の狙いはもしかすると……。
なんて考えたところでタトリは俺にニマリと妖しい笑みを向ける。
「それに……タトリが一年生の中で一番可愛いって証明すれば、先輩からの見る目もちょっとは変わるんじゃないんっすかね?」
「っ、どう、だろうなぁ……」
予感した通りのアプローチにどう返せばいいのか判断できずに言い淀んでしまう。
じ~っとサクラとリリスから訝しげな眼差しが向けられてるので、俺は気を紛らわすためにも咳払いをする。
「ゴホン! 言っておくけど俺がサクラとリリスを好きになったことに、二大美少女がどうのとか関係ないからな」
「ふぅん……っま、タトリとしては交縁祭の間もガンガン押していくつもりっすよ」
「……程々にしてくれよ?」
仮にタトリがミスコン一位になったら男子達からの憎悪は、もう直接相手取らないと解消できないかもしなくなる。
そうでなくとも彼女の攻勢にはなんとも対応しづらいのだ。
彼女持ちなのだから毅然とした態度で断るべきだとは分かっているが、タトリは『それがどうした』というスタンスなので意味が無い。
いや、もっとはっきり拒絶しない俺の態度が悪いんだろうけども。
サクラ達からそれとなく、タトリも受け入れてみないかって立ち回られてる感じがするんだよなぁ。
現に……。
「そぉゆぅことならぁ~、交縁祭でタトちゃんにピッタリの噂があるよぉ~」
「噂っすか?」
「うん~」
若干悪ノリが混じってる気がしないでもないリリスの言葉に、タトリが首を傾げて聞き返す。
もう噂って単語にトラウマが生まれそう。
そんな心の嘆きに構わずリリスは告げる。
「
「おおっ!」
……やっぱ今年もバックレようかな?
碌でもない噂の存在を知らされた俺の脳裏に、逃避の二文字が浮かんだ。
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