俺の魔法の使い方は異常だとか言われるんですが
さて、俺がクレネアさんの弟子だと知らされた参加者達がにわかに騒ぎ始めてしまった。
いつから知り合っただの、本当にただの師弟なのかと主に男子からの質問ラッシュが次々に飛んでくる。
俺としては師匠以外の説明がないんだけど、それだけで納得してくれないみたいだ。
どうしようかと思案していると、クレネアさんがゆっくりと杖を掲げて……。
──ドォォォォンッ!!
「「「っ!!?」」」
晴天にも関わらず上空から落とされた雷で完全に虚を衝かれた参加者達は、一斉に口を閉ざした。
地面に出来たマンホールサイズの焦げ痕からブスブスと上がる黒煙が、魔法によるモノだと察した人から顔色を青ざめさせていく。
ついさっきまでと打って変わって静まり返った集団に、クレネアさんはうんと頷いてから笑みを浮かべる。
「伊鞘はいい子だと思ってるけど、アタシからすれば弟子以上の何ものでもないからね?」
「「「……」」」
「彼女ちゃん達も安心しな」
「「は、はい……」」
その言葉に反論する参加者は誰も居なかった。
普通に怖いからなぁ……これでも低威力かつ直撃させてないだけまだ優しい方だ。
「クレネアさんの言ってることはホントっすよ~。この人の本命は別にいるんで、先輩とはガチの健全な師弟っす」
一同が戦々恐々から沈黙する中、静寂を破ったのは事情を知っているタトリだった。
思考を読める後輩の太鼓判にはサクラ達も納得したようで、ホッと安堵の息を吐いていた。
師弟関係を疑っていた参加者達も同様……いや、下手にクレネアさんの反感を買うのを避けるために口を閉じた感じだ。
「よしっ。全員静かになったね? それじゃ話の続きをするよ」
何はともあれ沈黙を是と受け取ったクレネアさんは、俺の肩を叩きながらニコリと笑う。
「さっき言ったとおり、魔力を知覚するには体内の魔力を操作して貰う必要がある。伊鞘、経験した身として初めて魔力を動かされた時の感想はどうだった?」
「え? えぇ~っと……」
どう弁明しようか逡巡している内にクレネアさんから話を振られた。
出来れば思い出したくないのだが、必要なことなので記憶を掘り返して当時を振り返る。
初めて魔力を動かされた時かぁ~……。
「……めちゃくちゃ痛かった」
「「え?」」
一番記憶に残ってることを口にしたが、耳を傾けていた参加者の誰もがポカンと呆けていた。
「いやもうマジで痛いんだって。使ってない筋肉を無理やり動かされるとか、全身の血管の中でムカデが暴れ回るみたいな、とにかく地獄みたいな苦痛が襲ってくるんだよ。それが二週間くらい続いた」
「大の大人でさえ泣き叫ぶ激痛みたいだからねぇ。何度も言ってるけど、あれでもかなりゆっくり動かしてたわよ?」
「そこは疑ってないですって。ただ魔力を知覚した直後でコントロールミスると、筋肉が
あぁ、思い出すだけでなんか腕とか足がズキズキ痛み出した気がする。
内臓とか色んなとこが破裂しそうな激痛が未だに忘れられない。
「い、いやいやそれは盛ってない?」「でもあの青い顔、本当に辛そう……」「血管の中でムカデが暴れ回るって怖すぎる……」「そこまでしなきゃいけないなら僕はやめとこ……」
経験談を聞いた参加者達の多くが困惑と恐怖を滲ませていた。
俺だってアレが誇張だったらどれだけ良かったか。
とにかく魔力を知覚する段階でかなりしんどかったのは確かだ。
「その上で身体強化魔法しか適正が無かったのはかなり心に来ました……」
派手な魔法を使いたかった当時は軽く泣いてしまったものの、使えるだけでも御の字だと自分を納得させる他なかった。
それでもたまに普通の魔法を扱う人が羨ましく思ってしまうのだが。
「魔法を身に付けた人なら誰でも使える基礎的な魔法だからね」
泣いた俺を慰めたことを思い返しているのかクレネアさんが苦笑する。
その節は大変お世話になり、同時にご迷惑をおかけしました。
内心で師匠に謝っていたら『ぶはっ』と誰かが噴き出す声が耳に入って来た。
「マジかよ、誰でも使える魔法しか使えないとか才能ないじゃん!」
おい今、人のことを思い切り嘲笑したのは葛城か?
さっきの実戦披露で恥を掻かされた恨みと言わんばかりに吐き捨てて来たなぁ。
それにつられて俺のことを良く思ってない男子達からも少なくない冷笑が向けられる。
まぁ適正がないのは事実だから、今さら笑われたくらいでどうでもいいけど。
なのでサクラ、リリス、タトリは頼むから抑えてくれ。
俺のことバカにされて怒ってくれるのは嬉しいけど、今は講義中だから。
視線でそう訴えかけるものの、彼女達は怒りの矛を収めようとしてくれない。
なんならタトリに至っては杖を握りしめて今にも魔法を繰り出しそうだ。
「アッハッハッハッハ!」
そんな彼女達の様相に肝を冷やしていると、クレネアさんが突如として大声で笑い出した。
いきなり笑い出した彼女の反応に葛城や俺を馬鹿にしていた男子、他の参加者達が揃って困惑の面持ちを浮かべる。
やがて笑い終えたクレネアさんは、目元に滲んだ涙を拭いながら息を整えた。
「はぁ~~……ごめんごめん。あまりにも的外れでついね」
「ま、的外れ?」
「そうよ。だって誰でも使える魔法しか使えないのが才能無しなら、どうしてウチの弟子はS級になれたか考慮すらしてないじゃない」
「うぐっ……」
クスクスと笑うクレネアさんの指摘に、俺の階級を失念していたらしい葛城が息を詰まらせる。
鬱憤を晴らすことに躍起になってたせいで抜け落ちていたんだろうか。
もしくは無根拠にバカにされているのか……後者っぽいなぁ。
ところで師匠、目が笑ってないんですけどもしかして怒ってます?
なんて話を遮って聞けるはずもなく愛想笑いを浮かべていたら、葛城が睨みながら俺に指差して来た。
「そ、そこまでいうならコイツはアンタと戦って勝てんのかよ?」
「ん~? つまりアタシと伊鞘で模擬戦してみろってこと?」
「自慢の弟子だっていうなら出来るだろ」
「ふぅん……っま、言葉で説明するより実際に見せた方が手っ取り早いか。やるよ、伊鞘」
「俺の拒否権は?」
「師匠の命令」
「はぁ……わかりましたよ」
最後にクレネアさんと模擬戦やったのいつだったかなぁと思い返しつつ、やるしかないかと項垂れながら了承した。
まぁ時間はあるし一戦だけなら問題ない。
実戦披露の時と同じく刃を潰した両刃の剣を手に、クレネアさんと十五メートルくらい距離を開ける。
通常、距離を開けただけ魔法使い相手に剣で挑むのは厳しい。
だがそれを承知の上で開始位置はここにさせてもらった。
「伊鞘。分かってると思うけど手加減はしないから、そっちも遠慮はいらないよ」
「了解です。先手どうぞ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
杖をこちらに向けて不敵に笑うクレネアさんに、剣を下ろして脱力した姿勢のまま返す。
挑発と捉えたクレネアさんが杖に魔力を込めると、バスケットボールサイズの炎球の魔法が放たれる。
「──フレア・キャノン!!」
ピッチングマシン顔負けの速度で飛んでくる炎の魔法に対して俺は……。
「ほっ」
その場から一歩も動かないまま、飛んできた魔法を斬り払った。
これくらいならなんてことない。
クレネアさんもこうすると分かっていたからか、大して動揺する素振りを見せずに次々に魔法を放ってくる。
しかし俺達の戦う様子を眺めている参加者達はそうじゃない。
現実で目にした魔法が当たるでも躱すでもなく、斬られる光景を見て一同は驚愕で目を見開いていた。
「っ、サンダー・レイン!」
数回避けたところでクレネアさんは悔しそうながら、口元には笑みを作ってさらに魔法を発動させる。
彼女の掲げた杖から数多の雷の矢が俺に切っ先を向け、マシンガンみたいに降り注いで来た。
──よしっ、今。
そう判断すると同時に、魔法で両手足と視覚を強化して一気に駆け出す。
雷の豪雨の中、当たりそうなモノだけ斬り落としながら距離を詰めていく。
「このっ、アイス──」
迫り来る俺にクレネアさんが次の魔法を発動しようとする。
その隙に視覚と両腕の強化を切って両足だけに切り替え、走る速度を上げて瞬く間に間合いを詰めた。
魔法が発動する前に彼女の首元へ剣を寸止めをする。
自らの首元に剣が添えられている様を見て、クレネアさんが小さく息を呑んだ。
この距離で魔法を放っても自身にも被弾してしまう。
自傷を気にしないならともかく、今回は模擬戦なのでそこまでする意味はない。
そう結論付けた彼女は悔しそうにため息をつきながら両手を掲げた。
「降参。ブランクあるどころか強くなったんじゃない?」
「ありがとうございます。公爵家で鍛錬に付き合って貰ってるおかげですよ」
剣を下ろしながら師匠の称賛に礼を返す。
ジャジムさん相手に培われた対魔法使いの経験が活きて良かった。
彼に劣る形ではあるものの、クレネアさんの魔法の精度だって相変わらず凄まじい。
そんな感心を懐きつつ改めて参加者達の様子を見てみれば、みんなポカンと呆けた表情になっていた。
瞬きの間に俺が移動したようにしか見えなかったからだろう。
サクラとリリスは勝利を称えるように笑みを浮かべて拍手をしており、タトリはどうだと言わんばかりに胸を張っていた。
なんで君らの方が誇らしげなんだ……。
内心で彼女達にツッコミを入れている間に、クレネアさんがパンパンと合掌して注意を引く。
「ほら、結果は見ての通りだよ。徹底的に磨き上げられた基礎ほど厄介なモノはないってことね。盤石過ぎて対策し辛いのなんの……」
「だ、誰でも使える魔法を使いこなせば出来るってことだろ? だったらオレでも──」
「あ~無理無理。だって伊鞘の身体強化魔法の使い方って、常人が真似したら高確率で脳か身体を壊す異常な荒技だから」
「「「ええっ?!!?」」」
往生際の悪い苦し紛れな強がりを口にした葛城に、クレネアさんはキッパリと不可能だと断じた。
しかもそれが身体を壊すリスク付きだと訊かされた参加者達が、愕然と動揺を露わに声を上げる。
そんな危険な使い方をしておきながらピンピンしている俺へ、何人かが人外を見るような眼差しを向けていた。
「異常って言い過ぎじゃないですか?」
そこまで言います?
思わずツッコミを入れた俺に、クレネアさんが『アレが普通なわけないだろ』という呆れた眼差しを向ける。
「本人はこう言ってるけど、アタシから見れば明らかに異常よ。普通の身体強化魔法はね、アンタみたいに強化の解釈を拡げて反応速度や思考速度まで及ばせないし、インパクトの瞬間にだけ手足に局所発動なんて以ての外よ」
「な、なんで辻園君は平気なんですか?」
「それはこの子の魔力コントロールのセンスがずば抜けてるから。魔力を知覚するまで二週間で済んだのもそのおかげ。そもそも魔力の知覚って、普通なら早くて三ヶ月くらいは掛かるからね」
「全身を蝕む激痛は三ヶ月続くのが普通……」
「一属性でも適正さえあれば、魔法使いとして大成は確実なんだけどね~。確か地球じゃ『宝の持ち腐れ』って言うんだっけ。ホントに残念だわ~」
「腐らせないようにした結果が今なんですが」
腕を組んで残念そうに唸る師匠に頬の引き攣りを感じながら返す。
意味、微妙に噛み合ってないんだけどそこは指摘しても仕方がない。
「ついでに言っておくと、伊鞘が当たり前みたいにやった魔法を斬るアレも真似しようとしたら、無様に直撃コースだからやめておいた方がいいよ。あれは他の冒険者でも出来ない、伊鞘の魔力コントロールセンスがあって初めて出来る技術だから」
「「「えぇ……」」」
クレネアさんの補足を聞いた参加者達が揃って、俺に対して人じゃない何かを見るような眼差しを向けてくる。
サクラとリリスは否定できないという風に苦笑しており、タトリは然もありなんと肩を竦めるだけで擁護してくれない。
いやだって身体強化しか使えないんだぞ?
使う武器も剣の都合上、魔法対策は必至だったんだから仕方ないじゃん。
今となっては魔法使い相手の方が楽なまであるけど。
余談だが初めて魔法を斬って見せた時、クレネアさんは驚きのあまり某宇宙ネコみたいな顔をしていた。
何はともあれ魔法の習得方法はこんなところだろうか。
解説が一段落し、クレネアさんはスッと右手を掲げながら笑みを浮かべる。
「さてと。これらの話を踏まえた上で、魔法を使ってみたいっていう子はいる? 今なら特別にアタシが魔力の知覚を手伝ってあげるけど……どうする?」
「「「「……」」」」
その誘いに乗る参加者は誰一人として居なかった。
これまで問題行動が目立っていた葛城でさえ黙り込んでいる。
まぁ死ぬほど痛い目に遭うって聞かされて名乗り出る人はいないよな。
無理も無いと苦笑している内に、クレネアさんによる魔法講義は終わるのだった。
========
☆余談☆
クレネアさんの意中の人は、よく婚活に精を出してるので、失敗するように密かに妨害してる
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