一日目終了……でも夜はこれから♪



 魔法の講義が済んだ後、クレネアさんを始めとした冒険者による魔法の実演が行われた。

 五つの異なる魔法を巧みに操るクレネアさん、面倒くさそうながらも土を隆起させたり光の玉を浮かべるタトリなど、知り合い達の扱う魔法に参加者達は大いに歓喜していく。


 ついでにサクラとリリスも実演に加わった。

 ジャジムさんから護身用として魔法を教わっているため、冒険者達と遜色ない魔法を披露している。

 ただ彼女達は戦闘経験が皆無なので、実戦に立った場合だとプロには敵わないだろう。

 尤も公爵家に身を置いている以上はそんなことにならないと思うけど。


 そんな魔法の実演を終えた後、街にある宿屋へと戻ってきた。

 城下町でトップクラスの部屋数とサービスが提供されている洋風ホテルで、学習会のために多数の部屋を確保している。

 異世界じゃあまり触れられない電気設備や大浴場などもあって、貴族はもちろん地球からの旅行客も多く利用する人気の宿屋なのだ。


 本来の冒険者活動を経験して貰うなら野営の方が則しているのだが、それは明日の夜だけとなっている。

 何せいきなりテントも無しに月明かりの下で寝ろと言われて寝れるはずがないし、暖かい風呂じゃなくて水浴びになるのは避けられないし、なんなら虫がイヤだのモンスターが来たらどうするだの苦情が想像出来たからだ。


 異世界で作られたキャンプ場を利用する案も出たが、それでは安全圏に寄りすぎて野営の実態より遠ざかっているので却下された。

 その代わりにテントと寝袋だけは用意してある。

 世界交流のおかげで野営もかなり快適になっているのだ。


 そのため指導役と参加者全員分のテントを用意されているものの、それだけでもかなりの金額が掛かっている。

 これに人数分の食事料も加わるのだから、実際の金額を見るのが堪らなく怖い。

 依頼主である本條さんが父親……ヴェルゼルド王に支援を頼んでなければ普通に二泊とも宿屋で終わるところだった。


 バーディスさんはやっぱり生温いなんて文句を言っていたけど、あまり一日に詰め込み過ぎては二日目に差し支えるという観点から、一日目は宿屋で静養させるのが良いと思っている。

 むしろ先に宿屋アメの心地良さを実感した後で、野営ムチの厳しさを経験する方が諦めも付きやすくなるだろう。


 部屋割りに関してはギルドが決めている。

 修学旅行よろしく男女別かつ一部屋で二人以上になるように調整し、消灯時間後に部屋を行き来しないように見張る冒険者も配備済みだ。


 そういった背景を思い返しつつ、宿屋に戻った参加者達と共に食堂で提供されているビュッフェにて夕食を楽しんでいた。

 班行動ではなく自由に席に座り、好みで盛り付けた料理に舌鼓を打ったり、学習会における感想を伝え合ったりと明るく賑わっている。 


 俺はというと昼休憩と同じくサクラとリリス、タトリを加えた四人で集まっていた。

 相も変わらず嫉妬や羨望やら好奇の眼差しが向けられているが、一々気にしたところでキリが無い。

 それよりも料理を堪能した方がずっと有意義だ。


 サクラとリリスからクレネアさんとの関係を詰問されつつ、異世界産の料理を味わっていった。 


 夕食の後は消灯時間まで各自に割り当てられた部屋で過ごすことになる。

 部屋を行き来したり大浴場に入っても良い夜の自由時間だ。

 参加者達の中には、初めて異世界で一泊するという人も少なくないだろう。


 俺も夏休みとかは異世界にいた時間の方が長かったくらいだ。

 なんなら地球で過ごすよりもよっぽど穏やかな日々だった記憶しかない。


 そんな俺にも泊まる部屋は割り当てられている。

 宿屋の中でも広めで、特に際立つのは入ってすぐに目に入るだ。

 ご丁寧にもも用意されている。


 そう、


 この部屋に泊まるのは俺一人じゃなく……恋人であるサクラとリリスの二人と同室なのだ。

 ギルドが気を利かせたのか、はたまた公爵家に身を置く者への忖度か、いずれにせよ男女混合になったことは違いない。


 とはいえ個人的にはそれで良かったと思っている。

 部屋を行き来する手間が省けたし、サクラ達も異性に部屋を尋ねられる心配も無くなったからだ。

 そして何より……食後のデザートを求める彼女達に気兼ねなく応えられる。


 ──つまりは仕事エサの時間だ。


 部屋に入るなりベッドの上で四つん這いになった二人の彼女が迫ってくる。


 期待と不安が入り交じった眼差しでサクラがゆっくりを口を開く。


「伊鞘君の血、吸わせて下さい……」

「あぁ、もちろん」

「! ありがとうございます」


 サクラの要求を快諾すると、彼女は嬉しそうにはにかみながら返した。

 つられて俺も頬を緩ませたのも束の間、不意に頬へ手が伸ばされる。


 視線だけで見やれば、それはリリスの手だった。

 目が合った彼女は紫の瞳を愉しそうに細めながら妖しく笑う。


「リリもいっくんのせぇき、いっぱい欲しいなぁ~♡」

「逃げたりしないよ」

「あはぁ~」


 こちらも同様に快諾したところ、リリスはニコニコと明るい笑みを浮かべる。


 そのまま右腕にサクラを、左腕にリリスを抱き抱えながら彼女達と交互にキスを交わす。

 付き合い始めてから吸血と吸精をする前には、こうしてキスをするのが当たり前になっていた。 


 キスをしたサクラは恥ずかしそうに目を伏せ、リリスはニンマリと幸せを噛み締めるように頬を緩める。

 そんな反応の違いを見せてくれる愛おしい恋人達のために、俺は今夜も文字通り一肌脱ぐのだった。



 ========



 お風呂に入る前に先輩をからかいに行こうと、タトリは彼の泊まっている部屋まで足を運んでいた。

 交際こそ認めはしたものの、自分を差し置いてイチャつかれるのはやはり受け入れがたい。


「もっと早く告白してたら、何か変わってたんすかね~……」


 誰に言うでもなくそう独りごちる。

 たらればの話でも口にしてしまうくらいにはタトリの中で尾を引いていた。

 けれど仮に先輩に告白したとしても、フラれるのは分かり切っていたことだ。


 何せ当時のあの人は碌でもない両親のためにお金を稼ぐ方が大事で、恋愛に現を抜かす暇なんてなかった。

 それでも少しくらいタトリを意識してくれても良かったのにと思う反面、色恋を匂わせるような思考をしない先輩の隣はとても居心地が良かったのも事実だ。


 何か最悪なことが起きれば、パパの力を借りてでも先輩を助けよう。

 そんな悠長に構えている内に先輩は両親のせいで奴隷にされて、よりにもよって公爵家に買われてしまったワケだが。

 奴隷になってからの方が生き生きとしているのは、なんとも皮肉な話だと憐れみを覚えずにいられない。

 しかも恋人を三人も作るなんてどう予測しろというのだ。


 すっかり出遅れてしまったけれど、今まで躊躇っていたアピールをたくさんして先輩を振り向かせてやる!


 そう意気込みながら着いた彼の部屋の前で、ドアをノックしようとした瞬間だった。


『あはぁ~。今、身体がビクンってしたねぇ~♡』

『う、あぁ……っ!』

『我慢するの辛い? でも良いって言うまでダメだよぉ~』


 ドアの向こうからそんな声が聞こえて来たのは。


「……は?」


 あまりの衝撃に茫然としてしまう。

 遅れて思考を取り戻したけれど、心臓が二つの意味でドキドキしてまるで落ち着かない。

 考えれば考えるほどワケが分からなくなってくる。


 いやいや何してるんすか!?

 恋人と同室だからって外泊先で一日目から破廉恥なことを!?

 むしろ外泊してるからこそ思い切り盛り上がってる系っすか!?


 しかも相手はリリちゃん……サキュバスって。

 もうそれだけで部屋の中で行われていることが信憑性を増してるじゃん。


 サクラちゃんの思考を読んだ時に、先輩が彼女達と既にそういうことをしてるのは知っていた。

 付き合ってるんだからそれくらいは仕方ないって呑み込んだけど、実際にヤってる場面に遭遇するのは訳が違う。


 えぇやだ気まずいっす……。

 それに彼女とはいえ先輩が他の女子とシてるとこなんて見たくない。

 ここは大人しく出直すしか無いか。


 そう思って踵を返す寸前だった。


『れろっ……伊鞘君の、美味しいです』

『お、大袈裟じゃないか?』

『このツンとした匂いがスパイスというかアクセントになっていると言いますか……』

『お、おぉ……』

「!!?」


 あっっれぇ、二人きりじゃなかったんすかぁ!?

 まさかの三人で楽しんでた?

 美味しいって何がだろう……血なのかアッチなのか声だけじゃ何も分からない。


 ま、まだタトリの勘違いっていう可能性も──。


『んっふふ~♪ サクちゃんもすっかり慣れてきたねぇ~。初めの頃はいっつも顔真っ赤にしてたのにぃ~』

『こ、恋人なのですから努力するに決まっています。いつまでもリリスに負けていられませんから』

『俺としてはもう少しお手柔らかにお願いしたいんだけどね』


 あ、これもう勘違いしようもないくらいヤってるっすね。


 ドアの向こうから聞こえてくる無情な現実に、タトリは虚しく立ち尽くすしかなかった。


 あぁ……あの恋愛のれの字に欠片も関心を向けなかった先輩が、本当に色付いちゃってるっす。

 付き合いの長さ以外にタトリがリードしてるとこ無くないっすか?


 けれども同時に不思議な感覚が胸を打っていた。

 ドア一枚を隔てた先で先輩が二人の彼女に迫られている光景を想像すると、とても悲しいはずなのにどこかドキドキしてしまっている。

 歪な感情の板挟みに頭がおかしくなりそうだ。


 否、もうおかしくなっているのかもしれない。

 だってタトリは目から涙が零れてるのに、口は弧を描いて笑っているのだから。


 ははは、なんすかこれ。

 もしかしてコレが小さい頃に姉様から教えて貰った『脳破壊』ってやつっすか? 

 どうやらタトリは大好きな先輩が他の女に染められていく様を想像して、すっかり変になっちゃったみたいっす。


 あ~~……もうお風呂とかどうでもよくなって来た。

 いっそこのまま部屋に突撃して、タトリにもおこぼれが貰えないか頼んでみようかなぁ。

 でも先輩のことだからきっと『そういうのは好きな人に言え』とか言いそう……。

 むしろ好きな人が先輩だってぶちまけるのもアリかもしれない。


 などと考えながらもタトリの手はゆっくりとドアノブへと伸ばされていた。


 地球の宿屋だと『おーとろっくしき』っていうのがあるみたいだけど、この宿屋にはまだ採用されていない。

 過去に別の宿屋で実践したところ、うっかり鍵を部屋に忘れて外に出てしまう異世界人があまりにも多く、従業員が対応に追われ続けて疲弊してしまったからだ。

 だから普通の鍵でも異世界なら防犯は十分……っていう訳でもない。


 懐から取り出した鍵型の魔法具をドアの鍵穴へと宛がう。


「よいしょ」


 ──カチャリ。


 この通り、トラップ解除の魔法具さえあれば簡単に解錠出来てしまう。

 一個につき一回しか使えない希少品だけど、元より先輩の部屋へ入るために用意していたから少しも惜しくない。


 鍵が開く音だってどうせ夢中になってる三人には聞こえないだろう。


 どうにでもなれと諦観したまま先輩の部屋へ入ったタトリの視界に入ったのは……。



「んちゅ~♡」

「うひぃっ!? ちょっ、耳たぶを甘噛みしないで!」

「ズルいです、私も伊鞘君の耳を舐めます」

「ぉおっ、っま、両方からは……!」


 上半身を裸にされた上に目と両手足を縛られた先輩が、二人の彼女に両耳を責められてる謎のプレイの真っ最中だった。


 リリちゃんは唇の先で先輩の耳たぶをあむあむと弄っていて、サクラちゃんはピンクの舌を先輩の耳の中へと艶めかしく入れている。

 予想していた行為はしていなかったけど、それと大差ない程度の戯れに興じていた。


 目隠しされてる先輩はともかく、サクラちゃんとリリちゃんは先輩の耳に夢中でタトリの侵入に気付いていない。

 肩透かしを食らったのと、全然こっちに気付かない三人に沸々と怒りが湧いて来てしまう。


 だからタトリは大きく息を吸ってから告げた。



「紛らわしいんっすよ!!!!」

「「「!!?」」」


 三人からすれば唐突な大声に揃って驚き、目を丸くしてタトリへと視線を向ける。

 サクラちゃんは火傷しそうなくらいに顔が真っ赤になり、リリちゃんは驚きこそしてもニンマリと愉しそうに微笑み、先輩はショックのあまり口から何か浮かんでいた。


 ようやく気付いた三人の反応は文字通り三者三様だった。 

 ……ちょっとだけスカッとしたのはここだけの話っす。


 

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