愛しの先輩が目の前で彼女達に染められてる図


 ──タトリは一体、何を見せられているんだろう。


 視線の先で繰り広げられている光景を前に、タトリは己にそんな問いを投げ掛けていた。


「ほらほらぁ~。タトちゃんの前でどれだけ我慢出来るかなぁ~?」

「ぐ、やめ……ろ!」

「い、伊鞘君。あまり動かないで下さい……」


 半裸で目と両手足を縛られた状態でベッドに転がされてる先輩、それを眺めながらクスクスと笑うリリちゃん、先輩の頭を押さえて膝枕をするサクラちゃん。

 どう見ても特殊なプレイの一環にしか思えないが、これはあくまで彼女達への吸血と吸精が目的らしい。


 なんでタトリが普通にお邪魔しているのかというと、第三者に見られる方が精気がより濃くなるというリリちゃんの案が理由だ。

 先輩とサクラちゃんが抗議するものの、今日で濃いのを貰っておけば次回までに余裕が出来ると説き伏せられてしまった。

 その方が先輩の負担も減るとあっては二人とも受け入れるしかなかったのである。


 だったら肝心のタトリが断れば良かったのではないか。

 そう思われるのかもしれないけど、たった一筋の魔が差したことで受け入れてしまった。


 S級冒険者故に大半の人もモンスターも敵わない先輩が、戦闘力皆無な女子に一方的にされるがままな様子が見れる。

 胸に痛みと同時に仄かな興奮も走るという、未知の感覚が過ってくるのだ。

 その様相を間近で目に出来るチャンスなんて、果たしてこの先の人生で幾つあるだろうか。


 むしろこれを機に眼の力をフル活用して、先輩の性癖を知り尽くせるのでは?

 そしたらワンチャン、タトリに振り向かせられる可能性だって出て来る。

 あまりに蠱惑的な提案に逆らえるはずもなく、可愛いタトリはサキュバスの手を取ってしまったワケだ。


「先輩、タトリは悪い子っす……」

「悲劇のヒロインみたいなセリフ言う暇あるなら止めてくれない!? そもそもお前、悩む素振りすらなく快諾してたじゃねぇか!!」

「だってこんな絶好な面白ネタを逃す手はないじゃないっすか」

「欠片も繕う間もなく本音が漏れちゃってんだけど!?」


 止めたら先輩が乱れゲフンッ、攻められて悶えるとこが見れなくなる。

 こんな機会を逃すなんて人生の損でしかない。


 なんて一人で言い訳を浮かべていると、サクラちゃんが先輩の顔を上向けにして徐にキスを交わした。


 あ、今なんか心にピキってヒビが入った気がするっす……。


「んむっ……は、あむ……」

「ぐ、ぅ……っ」


 しかもただのキスじゃない。

 互いの舌を艶めかしく絡め合う深いヤツだ。

 え、うわぁそんな風に動かすんだ……。


 息継ぎをしながらキスを続ける二人の思考は、完全にお互いのことしか見えてない。

 好きとかで埋め尽くされてて、見てるだけでも非常に甘ったるくて喉がコーヒーの苦さを求め始めていた。

 もうピンクの中で一番のピンクかと思うほどのまっピンクだ。 


 っていうか先輩、異様に手慣れてない?

 それだけ彼女達とキスをしてきたのかな……う゛っ、そう考えたら心のヒビが大きくなった……!


 不意に走った痛みから胸を押さえている内に、サクラちゃんが先輩から顔を離す。

 一瞬だけ二人の口の間に銀の糸橋がなんかめちゃくちゃエロかった。


「ぷはっ、はぁ~……」

「ふぅ……それでは伊鞘君、そろそろ良いですか?」

「あ、あぁ。いつでも始めてくれ……」


 切なそうに紅の瞳を細めるサクラちゃんは、恥ずかしそうに口元を手で隠しながら問い掛ける。

 どうやらキスを経て吸血欲が我慢の限界を迎え掛けているみたいだ。

 いつものことなのか、先輩は息を整えながら赤い顔色で受け入れる体勢に入った。


 この雰囲気で始めるのがエロいことじゃなくて吸血って倫理観がおかしくなりそう。

 どう見ても吸血のついで一発耽りそうなんだけど。


「それじゃ今回はぁ~リリが後ろになるねぇ~」

「さ、サンキュ……」


 タトリが困惑している間にリリちゃんが先輩の両脇に腕を回して、抱き抱えるように身体を起こした。

 ただそうなると必然的に、彼女のでぇっっっっかいのが当たることになる。

 抱き着かれた瞬間、先輩の身体が一瞬だけ跳ねたから分かりやすい。

 というか思い切り柔らかさに反応した思考が見えたし。


 ……タトリが抱き着いてもあんな風に意識されたことないのに。


 余計なダメージを負っていると、サクラちゃんが先輩の足に跨がって向かい合う姿勢になる。

 そのまま彼女は無防備な先輩の右首筋へと顔を埋めた。


「っ、く……」


 先輩が苦悶の声を漏らした様子から、吸血するための牙が刺さったのだろう。

 あの人でも痛みを誤魔化せないってことは、仮にタトリが受けたら泣いてしまうかもしれない。

 注射を受ける光景を想像しただけで悪寒が止まらなくなりそうだ。


「んんっ、ん、ぅく……はぁ、おい、しー……」

「ぁ……ぐっ、ふぅー……」


 こく、こく、とサクラちゃんが喉を鳴らして先輩の血を吸っていく。

 先輩の血がそれほどに美味なのか、吸血中の彼女は至福を噛み締めるように甘い吐息を漏らしている。

 最初は痛がってた先輩も、段々と頬に朱が増していって息が荒くなっていた。


 半吸血鬼ヴァンピールが純血種と遜色ない吸血を行えている様子に、思わず驚いてしまう。

 サクラちゃんが懸命に練習したからか、はたまた苦痛に耐え続けた先輩の忍耐力か……もしくは吸血衝動を越える強い感情のおかげか。

 いずれにせよ、予想よりも遙かに危険性の少ない吸血が出来ていた。


 それはそれとして密着してたり、洩れる声や吐息が無駄にエロい。

 見てるだけでかつてないくらいドキドキしてしまうし、果たして自分がいて良いのだろうかと疎外感すら覚える。

 まぁ今の二人はタトリのことなんて欠片も意識してないんすけど。


「ぷはっ。はぁ、はぁ……ごちそう、さまでした……」


 小腹が満たされたサクラちゃんが先輩の首筋から顔を離す。

 その表情はとても満足そうで、上気した頬はお酒に酔ったように仄かに赤い。

 紅の瞳もポヤンと微睡んでいて、吸血が終わったにも関わらず先輩の胸元に顔を埋めてスリスリと甘えている。


「ん~……伊鞘君の身体、汗でちょっとひんやりしててきもちーです……」

「そ、そうか……」

「おぉ……」


 サクラちゃんって、普段はクールなのに吸血後は目に見えて甘えん坊になるんすね。

 同性のタトリでさえ動悸の声が漏れるギャップに、恋人の先輩の思考は砂糖よりも甘い愛おしさで埋め尽くされている。


 これを何度も受け続けて、付き合うまで手を出さなかった先輩の理性ってどうなってるんすか。


「それじゃ次はリリの番だねぇ~。このまま後ろから攻めちゃうよぉ~」

「ふあっ! ちょ、リリス!?」


 しかし間髪入れずにリリちゃんが先輩の両脇腹を指で撫でたため、ピンクの思考が霧散して驚愕に染められる。

 それに構わず彼女は両手で先輩の身体を巧みに撫でていく。


「ん~っしょ。ん~っしょ」

「ぐ、ぅ……くすぐったい……!」


 リリちゃんが艶めかしく指を動かす度に、先輩がビクビクと身体を震わせる。

 際どいところは避け、一定以上の快感には至らせない絶妙な焦らし加減もあり、思考の桃色度合いが再び濃くなっていた。


 これが吸精?

 なんか思ってたのと違う……いや、残念とかそういうのじゃないっすから。

 浮かびそうになった邪念を払いつつ、吸精の見学を再開する。


「あはぁ~♪」


 反射的に身を捩ったり苦悶の声を漏らす先輩の反応に、リリちゃんは紫の瞳を嗜虐的に細めて笑う。

 そしてタトリへ意味深な視線を向けてから、彼女は先輩の耳元に唇を寄せる。


「ねぇ、いっくん。何か忘れてなぁい?」

「な、なにを……?」


 囁き声で投げ掛けられた問いに対し、先輩は息を切らしながら聞き返す。

 彼の理解が追い付くより早く、リリちゃんはクスッと笑みを零してから告げた。


「──今ぁ、タトちゃんに見られてるってことぉ」

「あ」

「っ!」


 驚きのあまり先輩の思考が真っ白になる一方、名指しされたタトリも思わず姿勢を正す。

 数秒の間を開けて、やがて彼の脳裏は羞恥を表す紅色で満たされた。

 尤も思考を視るまでもなく、先輩の顔色は真っ赤なのだが。 

 というか目隠しされてるのも相まって、そこはかとなくやらしい感じだ。


 そんな先輩は顔を逸らして……見えてないのでタトリの方に向ける。

 逃れるはずが自ら迫っているような姿に、無意識ながら生唾を呑み込んでしまう。


 未知の興奮に困惑していると、先輩はフルフルと首を震わせながら口を開く。


「ま、ぇ、ぅ、み……っ見ないでくれ、タトリ……!」

「~~っ!?」


 赤い顔で痴態から目を逸らすよう懇願された瞬間、タトリの脳髄に大きな稲妻が落ちたかと思うほどの衝撃が走った。

 当たり前だけれど知り合ってからの四年間で、先輩がこんな表情を見せてくれたことは一度もない。

 キュンキュンとかつてないくらい心臓が締め付けられて、今すぐにでも先輩を抱き締めて大丈夫だと宥めてあげたい一方で、もっと恥ずかしがる先輩の姿が見たいという欲求が湧き上がってくる。


 まさに庇護欲と加虐欲がせめぎ合っているのだ。

 ドキドキと胸から溢れ出る高揚感に戸惑っている間にも、リリちゃんはクスクスと愉しげに笑いながら先輩の身体を指で撫で続ける。


「ぐぁっ、やめ……っ!」

「もぉ~そんなこと言ってもだぁめ。タトちゃんに見られていつもよりエッチな気持ちになってるのぉ、リリにはお見通しなんだからぁ♡」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「あはぁ~」


 容赦ない言葉責めに先輩が喉を枯らさんばかりの悲鳴を上げる。

 思考にも余裕の無さが顕著になっていて、九割の恥ずかしさと一割の快感で埋め尽くされていた。


 うわぁ……リリちゃん、すっごい悪い顔してるっす。

 先輩が何度か彼女をサディストサキュバスって呼ぶのも納得だった。

 けれどタトリから見れば、打てば響く先輩のリアクションにも問題がある気がする。


 あれだけ良い反応をされると、その……リリちゃんみたいに弄ってしまう気持ちが分かってしまうのだ。


「ねぇねぇいっくん~。そろそろ我慢するの限界になってきたよねぇ~? ひと思いにスッキリしたいよねぇ~~?」

「で、でも、タトリがまだ……」

「恥ずかしのぉ?」

「当たり前、だろ……」

「なのにどぉしていっくんの精気はどんどん濃くなってるのかなぁ~? 不思議だねぇ~」

「……へ?」


 息も絶え絶えといった調子でか細い吐息を漏らす先輩に、リリちゃんはトドメを刺すようにゆっくりと耳元で囁いた。


「んっふふ~気付いてないのぉ? いっくんはねぇ~、後輩の女の子に恥ずかしぃとこ見られて興奮してるぅ~──変態さん、だからだよぉ♪」

「~~~~っ!!?」

「あはぁ~パンッパンだぁ~。それじゃ~……頂きまぁす♡ あむっ」

「ひんっ!?」


 今にも爆発しそうなくらい顔を真っ赤にした先輩の隙を衝いて、リリちゃんは無防備な耳たぶを甘噛みする。

 甲高い鳴き声と同時に先輩の身体がビクンと大きく跳ねたかと思うと、段々と強張っていた手足が脱力していった。

 思考もピンクから透明に近い白へと変わっている。


 十中八九、リリちゃんに精気を吸われた影響だろう。

 その彼女は極上の料理を堪能する如くフニャリと締まりのない顔をしていた。


 サキュバスの吸精やっべぇっすね……。

 見てるだけのタトリでも新しい扉のドアノブに触れそうだったのに、吸血に飽き足らずこんな吸精も食らったら、あの朴念仁の先輩でも堕としてしまえるのか。


 感歎とも戦慄とも覚束ない曖昧な心持ちでいる内に、精気を吸い終えたリリちゃんが先輩から顔を離した。


「あはぁ~美味しかったよぉ~いっくん♡」

「……そりゃ良かったね」

「お疲れ様でした伊鞘君。拘束を解きますね」

「ありがとう、サクラ」


 満足げに微笑むリリちゃんへ先輩はハァハァと息を整えながらの返事をするが、それは疲労困憊から言葉にする気力がなくて端的になっていた。

 そんな先輩をいつの間にか素面に戻っていたサクラちゃんが労い、彼女の手で手足を縛っていた縄と目隠しが外されていく。

 解放された先輩は軽く手首を振りながら、タトリの方へ気まずそうな眼差しを向ける。


 恥ずかしさよりも色濃く思考に浮かぶ罪悪感。


『タトリ、絶対に引いたよなぁ……。見損なったとか言われたら何も言い返せる気がしねぇ……』


 その思考を視た瞬間、火照っていた胸が急速に冷たくなっていくのが分かった。


 どうして勝手に失望したとか考えるんだろう。

 途中で出ていかなかったんだから、少しくらい興味あるとか思ってくれても良いじゃないっすか。


 頭は冷静で、けれども堪えようのない怒りが沸々と込み上げて来る。

 気付いた時はもう先輩達から背を向けていた。


「……もう行くっす」

「え、タトリ?」


 先輩の呼び止める声も無視して、タトリは部屋を出て本来の目的地であった大浴場へと駆け出す。


 あぁなんて最低な態度だ。

 傷付くって分かってたのに、自分から首を突っ込んだ挙げ句に八つ当たりなんてヒドい後輩っす。


 早くシャワーで全身を濡らしたい。

 そうすれば、両目から零れる涙が気にならなくなるから。 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る