地球人が魔法を覚える方法


 実戦披露を終えた次は、現役冒険者への質問タイムだ。

 過去の体験談を聞き、冒険者に対する理解を深めて貰うのが趣旨である。


 どうして冒険者になったのか、一番印象深い依頼はなんだったのか、そんな話題が続く中である質問が挙がった。


「あの、魔法が使えない場合、冒険者としてどこまでいけますか?」

「格闘技のプロレベルでB級下位が関の山だな。それ以上は魔法が使えなきゃ話にもならん」

「格闘技のプロでB級……」

「そんなに厳しいんだ……」


 さも当然という風に返された内容に、参加者達が途方に暮れていく。

 さらに付け加えるならオリンピックの金メダリストクラスで、B級中位に差し掛かるくらいだろうか。


 それだけ魔法の有無というのは冒険者にとって重要なのだ。


「じゃあ魔法ってどれだけ練習したら使えるようになるんですか?」

「おぉ、ついに来たな」


 流れで続けられた質問に対してバーディスさんはやっとかいう風にニヤリと笑う。


 地球人から見て冒険者と同等の憧れを向けられているのが魔法だ。

 習得出来れば異世界のみとはいえ、火や風などを思いのままに操れるのだから無理も無い。


 絶対に聞かれるだろうと打ち合わせでも話題になった程なので、進行が楽で助かったとか思っていそうだ。


「魔法については戦士系の俺より専門に聞いた方が得策だ。つーわけで頼むぜ、クレネア」

「はいはい、任せてちょうだい」


 バーディスさんに指名されて出てきたのは、腰まで伸びた赤色の巻髪が特徴の妙齢の美女だ。

 黒を基調としたローブを着ていて、紫の魔法石が煌めく長い杖を持っている。

 如何にもな魔女の登場に参加者達の……特に男子から小さくないどよめきが湧き上がった。


「──クレネア・ストレーナさ。班の子達は知ってるけど、改めて自己紹介させてもらうよ」


 そう微笑みながら名乗った女性──クレネアさんへパチパチと拍手が送られる。

 体験学習会における指導役として名乗り出てくれた冒険者の中であり、同時に『魔女』の二つ名を持つ俺と同じS級冒険者だ。

 冒険者として最高峰の魔法使いなので、魔法に関する質問があれば彼女が答える手筈になっている。


 早速という言わんばかりにクレネアさんは咳払いをして切り出す。


「さて、どれだけ練習したら魔法が使えるのかって質問ね。答える前にまず、地球では魔法を習得するにはどういう説明がされているの?」

「えっと……感覚的に使える異世界人と違って、地球人は専門家から教わる必要があるとだけ……」


 クレネアさんの問いに、先の質問を投げ掛けた女子が答える。

 教科書に載ってる内容としては、異世界交流が始まってすぐに魔法を学ぼうとした人が殺到したんだったか。


 女子の返答にクレネアさんはうんうんと頷いてみせる。


「なるほど、具体的な方法までは伝わってないのね?」

「はい、なんでも凄く難しいくらいしか知りません」


 おずおずと返された答えに対して、クレネアさんは『あ~』と腑に落ちたような面持ちを浮かべる。


「そう言われるのも当然ね。地球人の身体って魔法を使う以前の問題だから」

「問題?」

「その問題点は二つ。一つ目は地球人の身体に魔力がないこと。これは地球の空気中に魔力の元になる成分が含まれてないのが原因

「あれ、どうして過去形なんですか?」

「お、気付いた? そう、世界交流初期の世代ならともかく、実を言うとキミ達の世代には自覚してないだけで体内に魔力はあるのよ」

「「ええええっ!?」」


 あっけらかんと放たれた事実に、参加者達の誰もが大いに響めいた。

 まさか自分達の身体には既に魔力が存在しているというのだから、その驚愕は無理もない。


「言っとくけど冗談でも何でもないよ? 近年の研究結果から導き出された確かな事実なんだから」

「ど、どういう原理……?」

「今日キミ達も通ってきた、ヴェルゼルド王が世界中に展開している魔法のゲートがあるでしょ? あそこから異世界の空気成分が地球に流れてたみたいでね。十年経った頃には地球全体にまで充満してたそうよ。結果、生まれた頃からその大気で呼吸をして来たキミ達の身体には、魔法を扱うに足る魔力が内包されているってワケ」


 逆言えばそれ以前の世代の地球人が魔法を使いたいのであれば、体内に魔力を取り込む過程を経る必要があるのだ。

 加えて取り込むだけでは意味がなく、魔力の受け皿となる器を作り上げなければならない。

 クレネアさん曰く、これは身体の中でゼロから新しい臓器を生み出すようなモノで、その苦痛は筆舌にし難いほどの地獄なのだとか。

 そういう意味で無自覚ながら器を作り終えてる俺達の世代は、魔法を扱う上で絶大なアドバンテージを持っていることになる。


 その話を聞いた参加者達の面持ちに期待感が浮かび上がっていく。

 もしかしたら学習会中に魔法が使えるようになるかもしれない。


 ただ、残念ながら世の中はそんな甘くないわけで……。


「さて次は二つ目の問題点ね。魔法を使うには自分の体内にある魔力を知覚する必要があるからよ」

「魔力の知覚、ですか?」

「異世界人にとっては呼吸するのと同じくらい当たり前なんだけどね」


 クレネアさんの言ったことは誇張でも何でも無い。 

 異世界じゃ誰もが魔法は使えて当然、むしろ生活の基盤ですらある。

 使えない地球人に対して不便そうだという認識を持っている人も少なくない。


「どうして地球人には知覚出来ないんですか?」

「それはとても単純、地球人には生まれつき備わってない感覚だからよ。これを把握する過程が物凄くキツいから、途中で折れる人が後を絶たないの」

「そこまで……」


 魔法を学びに行った地球人の内、九割が成果無しで帰ってきたと当時のニュース記事や教科書に残っているのだ。

 身に付けられなかった人達は口を揃えて、簡単に習得できる力じゃないと語るだけに留めていた。


 言ってしまえば諦めた理由をそれっぽく語っただけである。

 けれども地球人が魔力を知覚するための練習は本当にキツいとしか言い様がないのも事実。


 こんな話がある。

 世界交流が始まった際、地球人と異世界の人族のDNAが比較された。

 髪や目の色以外、地球に住む人間と全く変わらない事に対する答えを得るためだ。


 その結果、人族の遺伝子は地球人と99.9パーセントが共通しているという発見された。

 血液型も似通っており、医学的には輸血や臓器移植も問題なく行えることも実証されている。


 つまり異世界人に生まれつき魔法が使えて、地球人には使えない違いは残りの0.1パーセント差でしかない。

 しかもこの僅かな差は後天的に埋められる。

 だがそのためには人に『羽根を生やして空を飛べ』みたいな、無茶振りに等しい労力を強いられるのだ。


 加えてそれさえも魔法習得においてはスタートラインでしかない。


「折れずに魔力を知覚出来たとしても、今度は自分にどんな魔法が使えるのか手探りで試していかなきゃいけない。言っておくけれどゲームみたいなスキルなんて都合の良いモノは無いわよ? 希望通りの魔法が使えるとは限らないことは念頭においてね」


 クレネアさんの解説に参加者達から少なくない落胆や悲観が湧き上がる。

 地球人が魔法を使うために必要なハードルの多さに不満があるようだ。

 手間が掛かるという点に関しては同意しかない。


 だがそれはスポーツで例えたら、練習せずに大技を習いたいと言っているのと同義だ。

 下地となる技を使えるだけの基盤があってこそ、誰もが目を奪われる大技に臨める。 

 魔法にだって基礎となる魔力の知覚や適正の把握は欠かせない。


「その……魔法の属性っていくつあるんですか?」

「基本として炎、水、風、地、雷、光、闇の七属性だね。普通の人は二属性、四属性なら優秀、五属性以上は天才ってことになるかな」

「ストレーナさんは?」

「アタシは光と闇以外の五属性が使えるよ。冒険者の中じゃ一番だと自負してるけど、これでも見上げれば格上はいくらでもいるものさ」


 五属性を操る天才に位置するクレネアさんより格上がいる。

 それを聞いた参加者達がざわっと動揺を露わにした。


 冗談みたいに聞こえるが本当なんだよなぁ。

 お嬢は光以外の六属性が使えるし、エルダーリッチーのジャジムさんに至っては全ての属性を使ってくる。

 勘が鈍らないように鍛錬しているとたまに稽古相手になってくれるのだが、実戦でなくて良かったと何度肝を冷やしたか数え切れない。


 言うまでもないだろうが俺に適性がある属性はゼロだ。

 魔法使いとしての才能はゼロと言っても過言じゃない。


 そんな回想をしている間に、クレネアさんが小さく咳払いをした。


「さて、いい加減に知りたいよね? 肝心の魔力を知覚する方法がなんなのか」


 焦らすようなクレネアさんの問いに、参加者達はうんうんと首を縦に振る。

 気になって夜も寝れなさそうなくらい、各々の眼差しに強い好奇心が浮かんでいた。


 その表情を見て気をよくしたクレネアさんはにこやかな笑みで以て告げる。


「主な方法は二つ。一つ目は異世界に存在している精霊と契約すること。かのヴェルゼルド王はこれで魔法を会得したの。こっちなら地球人でも負担なく魔法を習得出来るんだけど……正直に言うと現実的じゃないからオススメはしない」

「どうしてなんですか?」

「精霊との契約そのものが異世界でも希少な事柄だからよ」


 異世界において精霊は架空の存在ではなく、確かに実在する生命体として記録されている。

 だが実際に契約出来た人間は非常に少なく、これまでに両手の指で足りる程度で、ヴェルゼルド王以降も誰一人として成し得ていない。

 

 というのも精霊の存在を知覚することにも才能が必要で、加えて肝心の精霊が自身の目に叶った人物の前にしか姿を現さないので、存在こそ認知されていてもどこにいるのかまでは全くの不鮮明なのだ。

 ヴェルゼルド王のように不老長寿を得ようと多くの地球人が異世界へ殺到したこともあったそうだが、その中から精霊と契約はおろか姿を見た者さえ現れなかったという。

 

 それでも諦めきれずに日夜通い詰める人達に対し、ヴェルゼルド王を通して大精霊である第四妃様からある忠告がなされた。


『精霊は人の魂を見て、その人物を見定める。故に汝らのような醜い欲に塗れた人間の元には決して現れない』


 つまり精霊にだって人を選ぶ意思はあるのだから、そんなに待たれても意味がないと断じたのだ。

 以来、精霊と契約しようという人は激減して今じゃゼロに等しい。


 精霊自ら姿を見せない以上、契約して魔法を習得するのは現実的じゃない。

 

「だからキミ達が魔法を使いたいなら、もう一つの方法が適格だね。その方法は魔法を使える異世界人の協力のもと、体内の魔力を動かして貰うだけよ」

「「「へ?」」」


 あまりピンときていないのか、はたまた予想よりもシンプルだったからか。

 いずれにせよ首を傾げたり目を丸くしていたりと、驚きより困惑が勝っている様子だ。

 参加者達の反応にクレネアさんがクスクスと笑う。


 そして彼女が俺に対してちょいちょいと手招きをする。

 もしかしたら呼ぶかも知れないとは聞いていたが、思いの外早かったなぁ。


 しかしよく考えなくとも当然だ。

 俺は身体強化だけとはいえ、地球人ながら魔法を使えることに変わりはない。


 招待に応じて参加者達の前に出ると、何人かがまたお前かという表情を浮かべたのが見える。

 しょうがないだろ。

 今回の体験学習会において地球人かつA級以上の冒険者は俺しか居ないんだから。


 そんな弁明を内心で述べている間にクレネアさんが俺の背中を軽く叩く。


「キミ達と同じ地球人の伊鞘が魔法を使えるようになったのも、アタシがこの子の魔力に働き掛けて知覚させたからさ」

「ついでに言うとクレネアさんは魔法関連における俺の師匠です」

「自慢の愛弟子だよ~」

「「「ええっ!?」」」


 誇らしげに胸を張って笑うクレネアさんと対照的に、俺は気まずさから苦笑いしか出来ない。

 何せ隣の女性とも浅からぬ仲だと知った参加者の男子達から、またしても睨まれているからだ。

 今日だけで何回目だろうね、これ。


 ちなみにサクラとリリスからも不満げな眼差しが向けられている。

 俺とクレネアさんは純粋な師弟関係なんだけど……あとでまた説教されるのは避けられなさそうだ。


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