S冒険者による実戦披露


「よし、始め!」

「グゲゲッ!」


 バーディスさんの合図と同時に、拘束から解放されたゴブリンが跳び掛かって来た。

 鋭い爪と牙を尖らせており、もし触れられたら裂傷は避けられないだろう。 


 隙だらけなので、カウンターで剣を振るって終わらせることは出来る。

 だが今は参加者達への実戦披露……そんなすぐに倒してしまっては意味がない。


 というワケでゴブリンの攻撃に対する俺の選択は、ひとまず回避一択。

 左へサイドステップをしてひらりと躱してみせる。


「グギッ!」


 懲りずに跳び込んで来たので、バックステップで距離を取って躱す。 

 鉄柵にぶつからないように注意しながら回避を続けていく内に、ゴブリンの表情からどんどん余裕がなくなっていく。


 もっと削るために、今度はすれ違い様にガラ空きの背中へ剣の柄頭を軽く叩き込む。

 避けるだけじゃ芸がないので必要なパフォーマンスだ。


 体育祭の決闘ゲームで逃げてばっかだとブーイングされた時の反省である。

 ただし余裕を見せても油断はしない。 


「ギギッ!?」


 背を突かれたことで顔面から地面にダイブしたゴブリンだが、すぐに起き上がって俺への怒りを露わに歯ぎしりをする。

 しかし跳びかかっては来ない。


 闇雲に行っても避けられるだけだと学んだからだ。

 だから今度は俺の出方を窺っている。

 子供並みの知能がどれだけ厄介かを如実に見せてくれているワケだ。


 まぁそっちから来いというのなら、遠慮なく行かせて貰おう。


 ずっと持つだけだった剣を構え、一気に駆け出す。


「ギッ!」


 一方でゴブリンは無造作に地面へ手を突っ込み、掴んだ土を俺に向けて放り投げる。

 目くらまし……いや、次の行動への布石か。


 土を警戒して足を止めるか、左右へ回避したところを追撃するつもりだろう。

 手段としてはアリだが生憎とそれくらいは予測済みだ。


 剣の向きを変え、平たい剣脊けんせきで土を払うことで簡単に処理できる。


「グゲッ!?」


 足を止めずに突っ込んで来ると思っていなかったようで、ゴブリンが驚愕の声を漏らす。

 動揺して隙だらけの胴へ蹴りを浴びせ、柵の方へとふっとばす。


「ゴ、ゲェ……!」


 背中から生じた衝撃にゴブリンが苦悶の声を上げる。

 ダメージが大きかったのか地面に蹲って身を震わせていた。


 可哀想……に見えるが、あれはただこちらの油断を誘ってるだけだ。

 警戒を解いて背を向けたり不用意に近付いた瞬間、間抜けだと言わんばかりに襲い掛かる腹積もりなのが透けて見える。

 生きるためなら命乞いも辞さないのも、ゴブリンの厄介な生態の一つだ。


 このまま追撃することも出来たが、敢えて立ち直るまで手を出さない。

 もう少しだけ付き合って貰おう。


「ギーッ! ギーーッ!!」


 やがて俺が乗ってこないと察したゴブリンは、もはや殺さないと気が済まないといった形相で喚き立てる。

 さてと、そろそろパフォーマンスの時間も終わらせよう。


 内心でそう判断している間にも、ゴブリンが爪を立てながら跳び込んで来る。


 それを半身を捩って躱し、隙しかない背中へかかと落としを叩き込む。


「ゴベゲッ!?」


 地面へ腹這いに叩き付けられて愕然とするゴブリンの首に、刃の潰れた剣を全力で振り下ろす。


 ──ゴキッ。


「ガ、グ……」


 斬ることは出来なくとも、首の骨を折ることくらい造作もない。

 目を覆いたくなる角度に首を曲げられて気道が塞がったゴブリンは、酸欠で苦しんで間もなくパタリと動きを止めた。 

 念のため軽く剣で突くが反応はない。

 完全に息絶えている。


 参加者達の反応はどうだろうかと目を向ければ、青ざめた顔色をしていたり目を背けている人がほとんどだった。

 さっきまで不満げだった葛城も気味が悪そうに俺を見つめている。

 サクラとリリス、本條さんでさえ険しい面持ちを浮かべている程なので、地球人の学生達にはかなりキツいだろう。

 まぁそうなるのは無理もない。


 自分達と同じ地球人の俺が臆するどころか、モンスターといえど衆目の中で生物を殺したのだから。

 この光景を作ったのが異世界人だったらこうはならなかった。

 例えるなら狼が羊を狩るような場面より、人間が豚を屠殺とさつした方が不快感が強く残る。

 なので実戦披露を行う冒険者は俺が一番だと打ち合わせて決まった。


 閲覧注意の喚起をしなかったのは、現実から目を逸らさせないためだ。

 冒険者としてやっていくなら討伐依頼は避けて通れないし、その中でモンスター以外にも同業者の死を目の当たりにすることもあるだろう。

 それで気分が悪くなったり、無理だと感じても咎めるつもりはない。

 

 戦闘が終わったと認識したバーディスさんが合掌して参加者達の注意を引く。


「これが冒険者の戦闘だ。気分を悪くしてるところで申し訳ないが、感想や質問があれば遠慮なく伊鞘に聞いてくれ」

「「「……」」」


 質問タイムが始まったものの、重苦しい空気の中で誰も口を開こうとしない。

 もちろんこの状態も想定内。

 サクラかリリスのどちらかに先陣を切って貰う手筈だったが……。


「き、聞いても良いか?」

「! あぁ、どうぞ」


 彼女達より先に手を挙げたのは、俺が指導に当たった班にいる男子の一人だった。

 先を促すと、彼は緊張で表情を強張らせながらゆっくりと口を開く。


「も、モンスターをころっ、倒した時って……どんな感じ?」


 ゴブリンが死ぬ瞬間を思い出しそうになるの避けるためか、言い換えて投げ掛けられた。

 モンスターといえど命は命。

 それを奪った俺の精神状態が気になっているようだ。


 良い質問だな、と内心で称賛しつつ新人の頃を思い返しながら答える。


「そうだなぁ──両手にどれだけ洗っても落ちない汚れが付いた感覚かな。良い気分なんて少しもしない。初めてモンスターを倒した時なんて、丸一日は食欲が失せてたよ」


 出来るだけ分かりやすく伝えたところ、咄嗟に自分の両手を見つめる参加者がチラホラいた。

 想像したのか口元を手で覆う人もいる。

 話を聞くだけでそこまで最悪の気分になるのだから、実際に自分の手で経験したらどうなるのか想像も付かないだろう。


「い、今もあるのか……?」

「あぁ。モンスターに対してはなんとか割り切ったけど、アレを人で経験するのは絶対に無理」

「だからって普通、盗賊や犯罪者まで殺さないって言うかぁ? 中途半端の甘ったれにも程がある」

「あはは……」


 俺の信条に関して不満を露わにするバーディスさんに苦笑で返す。


 初めて相談した時もめちゃくちゃ怒られたっけ。

 そんな甘ったれた姿勢でいたら近い内に死ぬぞとか色々と。

 それでも外すべき急所とか教えてくれた辺り、口に出さないけど親身な師匠で良かったと思っている。


「まぁ今の話でもチラッと出てきたが、冒険者が戦う相手はモンスターだけじゃなく盗賊を始めとした人間もいる。当然、向こうはこっちを殺すつもりで攻撃してくる。殺られる前に殺れっていうのが常の世界だ。少しでも無理だと感じたなら素直に諦めるのを勧めておく」

「「「……」」」


 バーディスさんの締め括りに誰もが口を閉ざす。


 利己のために命を殺せるかどうか。

 冒険者として身を置く上でその問題は常に付きまとう。

 漫画やアニメみたいに武器を手にモンスターと戦う様は、確かにカッコいいし憧れるのも頷ける。

 けどそれは彼らが日常的に命を懸けて戦っているからこそだ。


 少なくともモテたいなんて動機では長続きしない。

 大抵は呆気なく挫折するか、命と向き合う中で新たな目標を見つけるモノだ。


 逆にモテたい一心で続けられるのなら、それも一種の才能と言える。

 そういう意味じゃ俺はバーディスさんの言う通り中途半端なのだろう。

 生活が懸かっていたにも関わらずモンスター相手に割り切っても、人を殺めることだけは今も避けているのだから。


 話も一段落したところで装備を解いてサクラ達の元へと戻る。

 戻って来た俺に対し、サクラとリリスは複雑そうな表情ながら迎えてくれた。


「おかえりなさい、伊鞘君」

「いっくん、大丈夫ぅ?」

「ありがとう二人とも。さっきも言ったけど、モンスター相手なら平気だから」


 既に乗り越えたことだと笑ってみせるが、恋人達の顔色は優れない。

 どう励ましたモノかと思案していると、不意にサクラが両手で俺の右手を握りだした。


 手を包む温もりに戸惑っている間、サクラは俺の手を愛おしげに見つめる。


「──私は、伊鞘君を甘いだなんて思いません」

「え?」

「むしろそんなあなただからこそ、心の底から慕っていると言い切れます」

「お、おぉ」


 唐突な称賛に胸の高鳴りを覚えながらドギマギしてしまう。


 サクラがそう口にする理由に関しては、なんとなく察している。


 定期的に血を得られなかった半吸血鬼ヴァンピールは、純血種よりも強烈な吸血衝動によって理性を失い、最悪の場合は人を殺めてしまう。

 命を奪ってしまう可能性に怯えている彼女だからこそ、俺が決して人間を殺さない信条を理解してくれているのだ。


 堪らなく嬉しく思うのと同時に、背中に落ち着かないムズかゆさを覚えてしまう。


「……単にビビってるだけなのに」

「無作為に命を奪う人よりずっと素敵ですよ」

「ハハッ、それを言われたらお手上げだ」


 反論の余地無く言い負かされてしまい、思わず噴き出して笑みが浮かぶ。

 それにつられてサクラもたおやかに微笑む。


「リリもいっくんがいっくんで良かったぁ~って思ってるよぉ~!」

「うわっと!?」


 和やかな空気に割って入るように、背後からリリスが抱き着いて来た。

 背中に押し付けられる豊満な感触に心臓が大きく弾むが、なんとか堪えて横目で彼女を見やる。

 行動こそサクラに対抗するためだが、俺の意志を肯定してくれるような満面の笑みだった。

 恋人達からの信頼が少しだけ自信に変わる。

 中途半端ながらも間違ってはいなかったのだと、背を押して貰えたような気分だ。


 胸を暖めてくれる実感に救われていると、サクラが俺の背中からリリスを引き離した。


「リリス、まだ学習会の途中なのですから抱き着くのは我慢して下さい」

「えぇ~サクちゃんだっていっくんの手を堪能してたのにぃ~」

「た、堪能なんてしてません!」


 いつもの応酬でさえ微笑ましく思えてくる。

 とりあえずサクラの言うように、まだ学習会は続いているのだ。


 切り替えて仕事に励もう。


 ちなみにそんな俺達の様子を参加者や指導役の冒険者達にガッツリ見られていたワケで。

 羨望と嫉妬を一身に浴びることになってしまうのだった……。


 


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